第66話

 時がくるまではそっとしておこう、そう思ったけど……。

 気にしないと思いつつ、気づいたらクレトのことを考えている。

 命狙われているかもしれないなんて。

 遊園地でなぜクレトの生い立ちと関係あるって思ったのか、それを口にした私に返ってきた言葉が「聡い」だったのか。


 それに、あんな交換、それも人目を避けてのヤバイ感半端ないものを目にして、気にならない方がおかしい。

 向こうがこちらに気づく前に思わず隠れたんだろうけど、いつも人目を気にしているのだろうか。

 それとも、何かあると思っていたとか? まさかね……。


 以前、クレトは何と言っていた?

 確か私が「狙われているの?」と聞いたら「終わったはずだ。絶対じゃないけど」って言った。

 あそこは学園じゃない、たまたま二位になって行った遊園地。それも行く日だって言いだしたのはクレトじゃなかった。

 関連性が全く見えない。


 あーー!全然わっかんないーーーーっ!

 私は頭を掻きむしりたい衝動に襲われたけど、さすがに髪が痛むようなことは避けた。結構、冷静?

 そうそう、その後言った言葉で気になったのがあったよね。「至上過激派」だったかな。

 貴族第一主義とか魔力至上主義者がいるというのは聞いたことがあったんだけど、至上過激派なんて初めて聞いたんだ。


 副学園長がもしその過激派だとして、生徒を狙ったのなら、なぜ生徒を狙ったのかも未だに謎。そういえば、八組がクラス対抗で二位だったのは、目立つ行為だった? 今頃、気づく。

 はぁ。もう過ぎたことだ。仕方ない。それに投票結果が良かったのは、たぶん生徒に人気があったからだろうし。


 

 私はいろいろ考えたすえ、兄を訪ねていた。兄ではなく執事のホセのほうだけど。


「魔導服のことですか?」


 迎えてくれたホセは変わらない笑顔で聞く。王都でのポーションの販路も魔導服の窓口も全てホセにお願いしている。

 服はなんと先日の三年生のスキー合宿で使われた。ランバートと伯爵が動いたそうだ。

 その結果、在庫がないほどの売れ行きだと言う。確かに、その三年生にランバートは在籍しているけど、早くね?

 恰好良くて、頭脳明晰、行動力もあるとかどんだけ優秀なの。


 私は出されたお茶の香りを楽しみ、口をつけてから答える。


「今日はその事じゃないの。ホセなら王都のこともよく知っているのかなと思って。至上過激派って聞いたことあります?」

「ええ。確か数年前に大きく動いて失敗し、今はない貴族第一主義の流れをくむ過激派ですよね」

「え? 今の副学園長がその過激派じゃないの?」

「その可能性はあるでしょうけど、過激派だと自分から言う人はいないかと。それぞれの主張は一見であっても、素晴らしいものでないと誰も派閥に属そうとはしませんし」 


 至上過激派が失敗していたことも知らなかったけど、それぞれの主張は一見であっても、まともなんだ。そこすら知らない。


「過激派の失敗って具体的に知ってますか?」

「シャイン、なぜ知りたいの?」


 兄が困ったように声をかけてくる。


「副学園長が至上過激派だという噂を聞いたので、気になっただけです」

「その話は他ではしちゃだめだよ。失敗というのは、反乱を起こそうとしてすぐに鎮圧された四年以上前の出来事だよ」

「目的は?」

「主権交代と法制改革」

「何のために?」

「建前はこの国のために」

「本音は?」

「自分たちの利権のために」


 国ごと動かそうとしたなら、かなり王族に近い事件だったと思うのだけど。いや、王族そのものか。


「王族を動かそうとしたんですか? それとも一部の王族から出たこと?」

「利権を狙える位置にいる輩であるのは間違いないだろうね」

「掲げる理想や正義のため、ですか」

「そう。だから論じても結論が出ることはまずないよ。シャインが社会に目を向け始めたのはいいことだろうけど、裏側から見る必要もないよね」


 待て、自分。何を知りたかった?

 言葉自体がまだ難しくて、分かったつもりで流されている。

 えっと、目的は至上過激派のことを知るため。これ以上聞いてもいい返事をもらえそうにない。


「お兄様、私専門用語すぎて分からなかった言葉も多いので、その話は終わりにします。ホセに王都での販路の話を聞いてもいいでしょうか?」

「それはまだなんだ。服のほうが、先に売れ始めてしまったからそちらのほうだけで、まだ手一杯だよ」

「そうなのですね。急ぐことでもありませんし、春にならないとポーション作りも始まりませんから」


 私たちはその後、夕食まで雑談をして過ごした。

 春には行事が目白押しなんだとか。

 初夏にある領地対抗戦しか知らないけど。

 でも、私の頭の中は、先ほどの派閥ことで脳内妄想勃発中。


 パンにはジャムもチョコも卵もツナもあうね、のようなノリで「貴族第一主義? なにそれ、立派すぎるわぁ。世界の人を導いていくれるんでしょう」ときて「人類ってみんな違ってみんないいよね」には「それいいねっ! 魔力至上主義もね、人類のために貢献する人を育てようって考えなの~」別の人が「うわっ、最高じゃん。魔力なくても、できることをしたらいいよねぇ」「まじ神……」とか続かないかなぁ、とか。

 でも、人を殺してもいいという派がいたら「それ食べ物じゃないよね」風に「悪は悪だよね」と言える冷静さは欲しいかな。


 私はパンにはゆで卵派。あなたはチーズ派。住み分けいいね、みたいなノリで、私イケメン派、あなたは禿派、住み分け最高じゃね? とか。


 先生が仲良くしましょうね、と言いつつ競争ばかりしないといけない社会じゃなくて、テストの答えを協力して教えあえる学園を――あ、これ自分の希望でしかない……。

 

 兄から「先ほどから上の空だけど、面白いことでも考えてるの?」と聞かれて焦る。


「い、いえ。春には試験もあったなと思っていましたの」

「シャインなら余裕だろう?」

「騎士コースも受けてますし、分かりませんわ」

「じゃぁ、週末は一緒に勉強しようか」


 わーいと兄に抱きついた。リタも誘おう。

 春は目の前。滞っていたポーション作りも再開できるだろう。

 窓の外の蕾をつけた木々を見ながらそう思った。

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