第5話

 知らない単語は母に聞き数日かけてちまちまと小冊子を完読したので、次の本をねだってみる。実践の方法が載った魔法の本が読みたい。


「母さま、他の魔法の本も読みたい」

「倉庫に本がいくつかあるから、読んだらいいわよ」

「ありがとう!」


 あっさりと魔法関連の本を読む承諾を得た。たたたっと二階の倉庫へ駆けあがる。倉庫の隅に本が並べられておいてあったが、手を伸ばしても全然届かない。木箱をずるずると引っ張ってきて上る。

 

 魔法の字を探すと『魔法基礎全書』と『魔法陣とは』、『魔導具への誘い』がある。どれも初級ぽいタイトルにこれなら読めるだろうと、薄っすらと被っている埃をふぅっと吹き飛ばす。ごほごほごほっ……間違って吸い込んじゃったよ……


 自分の部屋に持っていき、パラパラとめくってみると結構動画がついている。『魔法基礎全書』には十以上の動画がついていた。音声はないが、動画がついているだけでも分かりやすい。十五秒くらいの繰り返しの動画が半ページを埋める。


――失敗例の小動画が一番気に入った。

 火が吹いてススコゲになった顔と前髪だけ縮れて、ごほごほっと咳をしながら、若干涙目のおじさ、、教授ぽい方が何かの液体や道具たちを指さし、腕を×にクロスしてカメラに向けてくる。

 この動画掲載が必要かどうかは別にして、動画内のあれらは混ぜたら危険ってことは十分伝わった。体当たり実験がごくろうさますぐる。


 ふと、気になる。薬草のポーション作りでも小爆発とかあるのかなぁ? 説明文を見たが、分からない単語が多すぎる。


――うん、本を読むのは時間がかかりそうだね。先におやつとしよう。



 我が家の目の前には雑貨屋があり、そこが親友リタの家。大きな瞳は新緑の輝きを放ち、プリン色の髪はふわふわって背中で揺れてるリタはとても可愛らしい。ちびの私よりもさらに小さいのもかわいさに拍車がかかってると独り思ってる。


 彼女はあまり体が丈夫でないので、家で大人しく刺繍や編み物、たまに料理もお手伝いしていることが多い。絵も上手だし、リタが吹くオカリナの音は彼女の雰囲気のようなとても澄んだ音を出す。

 力はなくても、手の器用さを生かして作ってくれる軽食はどれもおいしい。


「今日のおやつは何かな」


 普段は次の材料になるようなものを、台所から失敬してお隣に向かう。ま、何を持って行っても喜んでもらえるからいいんだけど。 

 

 リタの家の裏口でスキップを止めて声を張り上げる。


「たのもーー」

「開いてるよ」


 クスクス笑う声がする。中に一歩踏み出すと甘い香りと共にふわっと笑うリタが迎えてくれる。

 今日は生成り色のワンピースだね。裾の刺繍は彼女が刺したものだ。パブリーフのふわっとした袖がリタの線の細い可愛さを強調して似合っている。


「山葡萄のジャムを作ったの。まだアツアツだけどすぐに食べる?」

「昨日私が摘んできた葡萄? いいね、おいしそう~」


 鍋に近づいてクンカクンカしてしまう。

 今日のリタは体調よさそうでホッとする。

 食べる準備をしながら、おしゃべりに花を咲かせるのが楽しい。


「この香りをかぐと、まさに昨日自分で作って失敗した葡萄たちを思い出すよ。天に召されしその御身が健やかなることを――」

「焦がして捨てたの?」

「それは前回。昨日のは、半生だったけど食べて昇華させてあげたよ。もちろん焦がした前回の葡萄もお腹から昇華していったよ」

「……しょうかってそう使うんだ」

「おいしいものを残したらもったいないからね」

「……シャインの場合はおいしいもの限定なのね」


 呆れたような表情をした後に、ふふふと笑うリタがおいしそ、、違った! 可愛すぎるよ。甘い香りとお腹が空きすぎて、頭がちょっと変になりかかったようだ。


「実は、もしかしたら葡萄ジャム作ってるかなって思ってね、クラッカー持ってきたんだぁ」


 ジャッジャンーと紙袋をさいてテーブルにそのまま置いたけど、リタが皿を持ってきて綺麗にならべてくれた。

 水を準備したら、輪切りのハチミツ漬けレモンを入れてくれる。

 

――ナイス女子力。同じ六歳とは思えませんな。リタのほうがよっぽど貴族の子女ぽいよ。

 

 こんなにかわいいリタはみんなに人気があって、特に男の子たちはリタと遊びたがり、「リタは今日もかわいいね」ってよく言われている。「リタは」のはの部分で私を見て強調されると、目が三角になってしまうんだけどね。


 ……いいんだ。私にはおじさま達がいるからね。おじさまイコールむさいおっさん冒険者とも言うけど、ね! お菓子をくれる人は善人なのだ! 

 あー、嫌なことを思い出した。こういう時はおいしいものを食べるべし。


 ベリーを載せたクラッカーを頬張る。口いっぱいに広がる甘酸っぱさが鼻に抜ける。


「クラッカーの塩味と合うね」

「うんうん、リタが作ると温かい山葡萄ジャムもおいしいよ」


――前世のおいしいレシピを思い出したら、リタにお願いしなきゃ。

 

「リタ~」

「リタ、いるー?」

「僕のリタちゃーん」


 ざわざわと騒がしくなったと思ったら、リタを呼ぶ声がする。蹴られたい動物ものも一匹混じっているらしい。

――噂もしてないのに、思い出しただけで来るとか、やめて。


「わぁ、いい匂い~」

「今日は何?」

――おい、勝手に入ってくるなっ


 ずかずかと入ってきた大小五名のろくでなしは、我が物顔で空いてる椅子に座ったり、お菓子に手を出す。今日もリタのお菓子を巡るライバルの登場に歯をギリギリ言わせる。


「手を洗った?」

「大丈夫」

「ここに来る前に洗ったから綺麗だよ」

「綺麗なのはリタの瞳だね」

「今日のおやつもおいしいね」

「おい、それ俺のだ」

――違う! それは私たちのおやつ!


 お菓子を後ろに隠そうとはしたんだけど、私の飲み物をルカに飲まれて取り戻す隙をついてマリオに皿ごと取られていた。ピーターの背中が寒い発言に気を取られたのもあるが、こういう時の奴らの連係プレイは見事だ。


「あぁっーー! それは私のおやつなの! 食うなーっ」

「はぁ? シャインなに言ってるんだよ。これはリタが作ったものだろ」

「こんなおいしいのシャインは作れないからな」


――うぐっ……なぜ失敗したことを知っている? で、でもクラッカーは私が持ってきたんだぁ! あ、山葡萄も元々は私が摘んできたんだった。


 リタは鍋にまだ残っていた山葡萄ジャムも持ってくる。鍋に群がるハイエナどもを見て、貴重な山葡萄ジャムがすぐに消えることを予知できた。とうとう超能力も身に着いたらしい。


「リタぁぁああ、せっかくのジャムがぁあああ」

「ごめんね、シャイン。採ってきてくれたのに。でも、みんなで食べたほうがおいしいね」


 ジャムはもっと食べたかったが、ふんわりと笑っているリタの顔を見ると、リタがいいならいいやと思ってしまうから不思議だ。


「お前ら、片づけちゃんとしろよ」

「リタの家だからな、分かってるよ」


 どうやらすでに全て食べられたらしい。ルカの号令にチビハイエナたちはさっさと片づけを終える。


「リタ、これから遊べそうか?」

「今日はすることがあるの」

「えぇー。残念だぁ」

「しょうがないだろう。さ、行くぞ」

「また明日な、リタ」


 それぞれ好き勝手なことをいいながら帰っていく。私も今日はお店番だった。


「リタ、今日もおいしかった。ありがとう。また明日ね」

「うん、またね」


 手をひらひらとふってリタの家を出た。まだ食べ足りないお腹のため、ボールに山盛りのトマトにハチミツかけか、チーズ添えオリーブオイルかけにするか悩みながら……。

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