第109話

 

 鍛冶屋見習いから、新人扱いになったというイバンを訪れている。

 鍛冶屋には炉があった。

 そう、炉があるのだ。イバンは「当たり前だ」って言ってたけど、では、私が作った剣はなに? 火を使ってないのだけど、と思った。

 口には出さなかったけれど。


 明日には王都へ向かうので、夏休み最後にイバンたちに会いたかったのもある。

 その前に見学させてもらったのだけど、やはり以前にちらっと見たときと同様、炉を使って作業している。


「ねぇ、剣を作る過程で使うスキルが錬金術よね? イバンの鍛冶屋としてのスキルはどこで生かしているの?」

「途中でも使うけど、最後の仕上げの時なんかは絶対だな。それをするとより強度が上がるんだ。時間短縮にもなるしな」


 ふぅむ。

 強度が上がるってことは、不純物がなくなるか、金属の結晶の方向を整えることで強度を高めているのかもしれない。

 鉄を鍛錬する場合、何度も叩いて不純物を飛ばしたり、結晶の方向を整える必要があるけれど、その過程が省かれるということかな。


「俺が造ると、時間も短くていいし、鉄の状態もいいと言われているんだ。シャインたちと魔法の練習をしたからかもな。錬金術に関しては、はっきり俺も知らない」


 そう付け加えるイバンの言葉に、魔力の大きさも関係するのかも、と思い至った。平民だから最初の工程から最後まで炉なしで作るには、大量の魔力が必要でできないのかもしれない。

 ようやく、炉なしで作ってしまった自分が一般的ではないけれど、たぶん魔力量の違いではないかと気付き、少しほっとした。


「そっか。錬金術って土と光の複合魔法だよね。なぜ火じゃないのかって思ったこともあったけど、光の魔法を使うことで温度の高さや振動を利用してるのかもしれないね」

「……? 振動とか分からないけど、確かに炉の火の温度の高さは重要で製造秘密の一つではあるな」


 なんでも、作ろうと思えば炉があるし、形だけは錬金術のスキルがなくても、誰でも作れるのだそうだ。でも、品質は違ってくるらしい。

 私が作った剣は、成分を知っていたことと、魔力の高さで偶然できてしまった代物なのかもしれない。


 その後は友人たちと楽しい時間を過ごした。と言っても、店や市場で買ったお菓子や串焼きなどを持ち合って、広場で食べただけだけど。

 我が家の放火事件で、みんな心配してくれていたようだったから、元気な姿を見せれて良かった。男子ばかりなので、お菓子を食べ終わるとそれぞれ「またな」とあっさり帰っていく。それぞれの道に進んで頑張っているようで、なんか恰好いいなと思った。


 

 次の日。

 王都の宿舎へ着いた後は、やはり噂で聞いたらしいビアンカたちに心配された。


「え? なぜ知っているの?」

「あら、シャイン、私の情報網を甘く見ないでほしいわ」


 顔を若干持ち上げてふふっんと得意そうに口の端を上げるビアンカの言葉に、苦笑が漏れる。


「元気そうだし、心配する必要もなかったわね」

「アリシア、だから、言ったじゃないの。シャインなら絶対大丈夫だって。殺されても復活して出てきそうだもの」


 いやいやいや、私だって、殺されたらおしまいだよ?


「復活って。ビアンカが優しいのか酷いのかよく分からない」

「あら、シャインってポーションの達人じゃないの。不老不死のポーションも作れそうだから、復活のポーションもありかなぁって思っただけ」

「それより、シャインを元気づけようって話になってね。王都で夏の間にできたっていうスィーツ店で新しいお菓子買ってきたのよ?」

「わぁ! ありがとう。アリシア、ビアンカ! 早速いただきましょう!」


 私たちは侍女たちに準備してもらい、テラス席に腰を下ろした。

 移動と始業の準備で忙しいはずだが、すでに全てを終えて優雅にお茶を入れてくれるローサ夫人たちはさすがだと思いながらも、私は何のお菓子が出て来るのかが気になって仕方ない。


「これはねぇ、触感が新しいらしいの。プルプルしているらしいわ」

「プルプルなら、シャインとたまに作るギモーブのような感じでしょうか?」 

「違うわ、リタ。それらは冷たいでしょう? でも、冷たくないのにプルプルしているのよ。若干ひんやりはしているかしら」


 アリシアとビアンカがリタに説明してくれる。

 アリシアの侍女が持ってきてくれたものを見て、分かった。

 グミだ、あれ。

 そういえば、グミは初めて見る、かな。前世での知識ではあったはずだけど。


「ゼリーよりも硬いらしいの。夏場でも溶けないらしいわ」


 そう言ってアリシアが一口食べて見せる。

 私も小さなその粒をフォークでぷにっと突き刺し、口に運ぶ。グニグニっとした感覚と、口の中に広がる果物の甘さ。

 やっぱりグミだ。

 ゼラチンの量が多く、夏の気温でも溶けなくはなるはずだけど、他にもペクチンなど固めるための何か他の物も入っているのかもしれないなと、割と硬めの触感に思う。

 リタたちは、おいしいわねと笑顔で会話している。

 確かにおいしい。でも、小さいから物足りない……。


「ふふ。シャインには、量が足りないのでしょう?」

「他にも焼き菓子を買ってあるから、それもいただきましょう」


 そう言って、アリシアたちが侍女に目配せを送る。

 私、物足りないって顔に出てた? 少し恥ずかしくなったけれど、他にもお菓子を食べれるなら、良しとしよう。


「伝統のお菓子はやはり有名店のがおいしいわよね」


 そう言って、出すのはフィナンシェ。

 独自に挽いているというアーモンドと発酵バターで作るフィナンシェは確かにおいしい、香り高いお菓子だ。シンプルなだけに、たぶん材料の良さなどが違いに出るのだろう。レモンの香りがするマドレーヌは学園でも買えるが、フィナンシェは売ってない。

 アーモンドの香りがほのかに漂う。


「アリシアとお隣のお店で頂いたミルクレープが最高でしたの。日持ちしないので、買っては来れなかったのですけれど」

「今度一緒に食べに行きましょう」 

「ぜひ! 召喚獣に乗ったらすぐですわね!」


 ビアンカたちの言葉にさっそく便乗した。

 やった! お茶をしに王都にお出かけって、私もようやく女の子らしい感じがする。今度の舞踏会も練習からきちんと出ようと思ってる。

 私は思わずガッツポーズを作ってしまい、机の下でローサ夫人からそっと手を押さえらえてしまった。……浮かれすぎた。

 こほん。


「ところで、放火犯の手掛かりはまだつかめてないのかしら?」

「早く捕まらないと、安心できませんわよねぇ」


 ビアンカたちが心配してくれる。放火犯自体は殺されている。だが、公には逃げたことになっている。跡形もなく、殺されたのだし、逃げた仲間がいるのだから間違いではないだろう。

 ただ、跡形もなく殺せる武器というのが実際には王都の方では出回っていたらしく、組織としてではなく、個人での恨みの可能性も出てきてしまった。跡形なくと言っても、胆石が残ることもあったり、地面には脂が染みたようになるらしいのだが……。

 うぅ。ぞっとする。


 今回は逃げた主犯が襲撃者に直接依頼をしたが、襲撃者が捕まり自分の犯行が明るみになるのを恐れ、襲撃者を殺して逃走したかもしれない、とのことで。

 個人的な恨みというのも理解しずらいのだが、ポーションだとしたら領主たちが狙われていないのはなぜかということになるらしい。売っているのも、領主が卸すからどこの薬屋でも売ってはいるのだ。一般の人は知らない。でも、私の周りではババさまが作ったと知っている人は多い。一個買ったら一個おまけなんてうちだけだし。

 王都付近で出回っていた武器ということで、アンブル領の最近の発展を良く思わない者の犯行かもしれないが、貴族の、それも騎士団を持つ領主を狙うのは大変だったので、その下の私たちが狙われたのではないかとも推測されたそうだ。


 ただの嫉妬から狙われるなんて、と思うが、アンブル領は比較的安全だが、確かに王都の方では盗賊だって出る。人が多ければ、それだ事故も事件も多くなるし、治安が悪くて事件が多い地域もある。

 この国は一応王政ではあるのだが、それぞれの領主の力も大きい。もちろん、召喚獣の違いで分かるように、れっきとした王族としての力があるのは確かだけど。領地を治めているのは領主だ。そうそう領主に刃を向けるのはできないだろう。

 個人でも、組織であっても……。


「シャイン、秋限定のマロンと、こちらのチョコ入りのプチフィナンシェも召し上がって。眉間にしわがよっているわよ」


 見えない敵が怖いな、と考え事をしすぎたようだ。アリシアの言葉に応える。


「限定品に、チョコ入りもあるのですね! いただきますわ」


 にっこり笑顔で答えたら、「それでこそシャインですわ」とビアンカに言われてしまった。

 でも、ビターな感じのチョコが思ったよりおいしくて、驚いたし、マロンはマロンペーストのおかげなのかほっくりした甘さが心地よく、自然と口は弧の字を描いた。


「焦がしバターを使っているそうですわ」


 あ、ビターチョコではなくて、焦がしバターの風味だったのかも。どちらにしろおいしい。

 紅茶のおかわりを頼む前にちゃんと新しいものを入れてくれる侍女たち。リタはローサ夫人にしてもらう度にお礼を言うから「いちいち言わなくても大丈夫よ」と言うとビアンカたちから「シャインだってローサ夫人が来るまでは同じだったわよ」と言われた。そうだったかな? 自分のことって気付かないんだね。


 美味しいお菓子に香り高いお茶。そこに親しい友人たちとの楽しいおしゃべりですっかり心は目の前に広がる秋空のように高く晴れていた。    

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