第108話

 父との話は、私の視点で伝えただけで一たん終わった。

 襲撃にあって、まだ驚いて冷静ではないだろうと、気付いたことがあったら後でもいいなさいと言われた。

 誰が襲撃したのか、という私からの質問に対しては「まだ分からない」とのことだった。


「バングルのおかげで命拾いしました。ありがとうございます。護衛もいなかったら、危なかったかもしれません」

「……あれは、王族でも欲しがる程の物だからね。屋敷一つが飛んだな」

「そんなに貴重なものだったのですか!!? 壊れてしまいました……」

「命が助かったなら、それでいいんだよ」


 シュンとする私に父が笑いながら言う。

 確かに、自然に腕が動いていた。

 何の魔導具か知らないまま、常時身に着けているように言われてもらったのが、いつだったか。


「何の魔導具なのですか?」

「身代わりの魔導具と言われていたよ」

「そんな便利なものがあるのですね。でも、水に溺れても身代わりにはなってくれなさそうですし、火事にも弱そう……。屋敷が買える程のお値段って、まさかお父さま、ぼったくられて――」

「ははは。そうかもしれないが、シャインの命を救ったことにはかわりない。どんな毒でも吸収したり、命が危ない時には身体をつつむ空間が生じて、火にも水にも対応するとは聞いていたが、その効果を見れるのは一度だけ。試すこともできない代物だからね。ぼったくられていた可能性もなくはないだろう」


 体を包む空間ができるですと??


「ダンジョン産ですか……」

「当たり、だ」


 闇魔法の魔導具だったらしい。貴重なものがなくなった。

 はっ!

 もし、私が寝間着に鎖帷子の機能をつけていたら、バングルは無事で、もっと危ない時には、チート的な機能を発揮する状態を見られたかもしれないってこと!?

 くぅ! 惜しいことをした! 

 いやいや、そんな危ない目に何度もあうなんて、ない……? 襲撃されたばかりだし、誰が何の目的でしたのかも分からないのだ。


 これはもう、今後私にヲシテ文字で、服という服にでも防御の魔法をかけろということか?……誰かに知られたら困るは困るのだけどねぇ。今さらかな。

 鎖帷子の服だって、製法してから作ってあるけれど服を再度、子供用に袖のサイズを変えようとしたら切れずに困ったことがあった。だから、孤児院のニックたちは袖を折り曲げて使っている。

 量産もしているし、防御も目立たないくらいのものなら、全ての服に仕掛けよう。


「家の方の修理はすでに手配してある。だが、安全面で色々足りなかったようだ。その追加もさせるから少し日数がかかるだろう。期日は後で報告があり次第伝えるよ」


 父も私と同じで、安全面を強化するつもりらしい。

 ま、私はこそこそと隠れてするけど。


 上の兄に言うと驚いて飛んできかねないから、直接会う時に折りを見て私から伝えなさいとのことだった。

 そうかなぁ? 

 上の兄、ピオニーは無口だから性格が分かり難い。

 兄と婚約者へ婚約のお祝いを贈ったら感激してくれたらしく、その後プレゼントが大量に学園に送られてきたのには驚いたけど。



 そういえば、誰が何の目的で襲撃したのかまでは分からないが、ずっと思っていたことがある。それは、改良ポーションの製造方法を人々に開示するかどうかということ。

 何しろ、抗生物質の効果がある。ペストに効いたことで、効果があるのは分かったし、神経毒のほうもすでにサソリなどにも効いていると報告が入っている。

 作り方も、上級ポーションに混ぜる方法だけ教えたらいいし、一つは毒物だ。取り扱いは薬師を通すしかないだろう。抗生物質だけでも、一般人が手に入りやすいといいのだけれど、全体に開示するとポーションとしては上級のものが十五個も手に入ることになる……。

 その改良ポーションを作っているのは、三人。父も知ってはいるが、作ったことはない。開示するとしたら、問題になるのは――


「お父さま、薬剤側が襲撃者を派遣したとは考えにくいですか? 神経毒と抗生物質の効果があるポーションはババさまが製法を伝えてませんよね」

「上級改良ポーションの独占を嫌ってか? 製法の秘密を知ってから、殺そうとするならともかくその前に殺しはしないだろう」


 そう簡単ではないか。

 薬剤師ギルドが嫌がったとしても、人を助ける組織が人を襲うというのも、考えにくくはある。

 ただ、最初に襲われたのが祖母だったし、結局は私も狙われたのだから……!


「そういえば、ホセたちは大丈夫でしょうか!!? 兄たちも王都の窓口を管理してくれています! 兄たちが襲われたらどうしましょう!」

「大丈夫だ。薬剤師ギルドの方へは、製造者はババさまとその家族としてある。落ち着きなさい。フェルミンたちが狙われる可能性は極めて低いだろう」


 その言葉に、ソファーから身を乗り出していた腰を下ろしほぅと息を吐く。

 良かった。兄たちには迷惑がかからなそうだ。

 いや、すでに屋敷にお世話にはなるのだけど。かえって私と一緒にいれて嬉しいと言ってくれる兄だもの。ここは甘えよう。……甘えているのはいつものことだけど、さ。


「追跡は失敗したようですが、何か分かったことはありますか?」

「今のところない。追跡はしたが、町の城壁の外にいたから姿すら捉えるのが難しかったそうだ。焦げ跡から何か出ないか、また矢の出どころなどの調査は領主の方へもお願いしてある。だが、一見して証拠になりそうなものはなかったらしいから、期待はしないほうがいい」

「そうですか」

「誰が襲ったのか、その相手が見えないのは恐ろしいだろうが、この屋敷までは手を出しにくいだろう。護衛も強化するようにする。そんなに心配することはないよ。安心して過ごしなさい」


 私は父に祖母たちのことまでお世話になることの礼を言って部屋を出た。

 むぅーん。

 どうしようか。


 あ! リタのこと忘れてた!

 私は急ぎタブレットで連絡をする。ルカからも連絡が入っていたようだが、先にリタだ。


「リタ、ごめんね。急にお屋敷のほうへ行くことになってしまって、伝えるのをうっかりしてた!」

「うん、大丈夫。馬車が出たのは気付いていたし。こっちのほうはすでに人がたくさん来ているわよ。あとね、ルカが聞いたらしくて駆けつけてきたの。今一緒に片づけしている。シャインから連絡あるかなぁと思ってタブレット持ってきていて正解だった」

「え? 今、私の家の方にいるの?」

「うん。錬金術はできないけれど、重いものを運んだりはできるから」


 通話している後ろががやがやして、少しうるさい。

 いつものように、のんびりとした口調に癒される。ふふふと笑うリタの声がもう、かわいいったらない!


「ありがとう! でも、気を付けて片づけてね! お礼は後でするから!」

「魔法を使ってるだけだから、大丈夫。お礼はいつももらってるよ。ふふ、ルカもそう言ってる。あぁ、うん。あのね、家のことは気にせず今は休め、だって」


 ルカは有事の時こそ、役に立つ。って言ったら、普段から役に立ってるだろって怒られるかな。

 ルカは私が困っていると手を差し伸べてくれる。いつもそう。

 うん、ありがたい。持つべきものは厨二的な友人。おかげで学園生活も楽しい。そういえば、実年齢ももうすぐで中二になるんだ。ぷぷぷ。

 私はそんなアホなことを考えて、気分が少し晴れ、ニマニマしながら言う。


「ルカに、シャインさまがありがたーく思っているぞ、と伝えて」


 伝える話し声が聞こえて来た後に、可愛いらしい音から野太い声に変わった。すでに声変り第三段階を迎えたとか言いながら、声すら進化したとうるさい厨二的な誰かさんの声。

 命が助かった今は、野太く変わってしまったルカの声を聴けることすらもなんだか嬉しい。

 言ってなんかあげないけど。


「シャイン、無事で良かったな。でよ、放火とか言ってるのが聞こえたんだが、大丈夫なのか? 俺が護衛するか? その時は無料でするから、さま付けで呼ぶとかは、なしな」

「あはは。ルカがもし正式に護衛の依頼を受けても、私をシャインさまと言うところ想像もできないよ? あ、でもいいかもね。父にお願いして報酬払ってもらって、さま付けで呼んでもらおうかしらぁ~」


 ニタニタと笑いながら言うと「全然平気そうじゃねーか」とリタに換わられてしまった。

 ちぇ。もう少しルカとバカ話ししたかったのに。

 ルカと話をしていたいなんて、私もついに焼きが回ったかな。それくらい襲撃がショックだったのだろうか。リタとルカのおかげで普通に笑っていられる自分が嬉しくなる。私は周りの人たちに本当に恵まれている。命は狙われたけど、周りの友人にこんなに恵まれることだって、奇跡かもしれない。

 私はリタにお礼を言って通話を終え、やれることを始める。

 先ずは――


 自分も含め、家族の服をこっそり魔導服に変えよう。早くしなきゃ、もう夏休みは終わる。私は自分の部屋へと足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る