第84話

 魔物討伐三日目の朝、すっきりと目覚める。

 私は一人用建物を使っている。

 ふふふ。きちんと水回りも揃っている優れものの小屋もどきなのだ。

 ドアも窓も、トイレと流しもある。さすがにシャワーは付けてないけど。マジックアイテムのようなこの建物は、私が使っている学園内建物の中に造っておいたものだ。転移魔法陣の上に造ったから、好きなところへ転移させることができる。二メートル四方しかないけれど。ベッドも机も壁面収納型で家具はそれだけ。クローゼットすらない。建物自体にも転移魔法陣を組み込んである。だから、泊まった後、元の学園内の私専用の建物へ飛ばせる。特に今はホセも使わないので誰かが下敷きになることもない。心配なら、学園に戻ってから呼び寄せればいいだけ。


 前等部で騎士コースを取っていたから、野営でこの建物を使っていた。最初は、野営する場所に直接箱のような建物を出した。ドアや窓のガラスや蝶番などの小物が結構いるのだけど、それらまでは出せずに不便だった。試行錯誤の結果作った簡易建物だ。魔物対策の仕掛けもその後いろいろ付けてあるからダンジョン内でも使えるはずだ。


 洗顔していると、学園の生徒だということで、洗濯など私の面倒を見てくれる女性が来た。誰から言われたのか聞くと副隊長付きの貴族から言われたのだと言う。お酒の効果? あれは消毒用なんだけどな。お菓子もあったからかな?

 もちろん断った。彼女だってやる事はいっぱいあるだろうから。私は自分のことは自分で出来るし。していいのかは分からないけれど、何も言われていないのをいいことに、私はリタに連絡を取って、魔法陣で洗濯物のやり取りなどもしていた。あ、自分でできてはなかったか。リタがいてくれてこその余裕だった。

 申し訳ないと思ったけれど、リタは長引いていることを心配して、自分が役に立つことがあるのが嬉しいと言っていた。天使リタちゃんに甘える。


 二つの騎士団と地域の冒険者、学園の生徒まで出動したのに、まだ終わらない。ダンジョンが広かったことと、魔物の出現がバラバラであることや大型魔物もいるようで、一部だが、本来の魔物より凶暴で動きがすばやいらしく、手こずっている状態のようだ。


 朝からたくさんの日持ちするお菓子がリタより届いたから、半分は医療班に、半分は生徒たちに届けることにする。失敬したお菓子もまだあるし結構な量だ。

 転移魔法陣は私宛にして描いて置いたのがあったから、それをリタは利用している。ヲシテ文字の魔法陣、まじ万能。

 クルミのビスコッティなど日持ちのするお菓子は患者さんたちにも行き渡ったようで、お礼を言われた。



 治療の現場に初めて同行することで、緊張していたらしく、召喚したニーズから『大丈夫?』と聞かれてしまった。ニーズに抱きついていたら、落ち着いた。

 第三医療部隊は四つに分かれている。四人ずつの構成だ。人数がいればあと一組欲しかったそうだ。人手が足りずに昨日も夕方遅くに帰還したのだろう。

 二人以上治療できる人がいるが、他は騎士や補助の人だとか。

 前線で戦う騎士の中にも治療魔法を使える人はいるし、ポーションも持参しているが万全ではないし、広範囲に渡る魔物出没に、医療部隊も分かれて対応している。騎士だけでなく冒険者たちも参加しているから、ポーションを届けながら、患者がいればその場で治療したり、医療班に運んだりと医者も兼ねた救急救命士のようだ。

 隊長自身が出ているのを見ると、現場は大変そうだと覚悟はしている。


 私は昨日言われた通り、隊長の部隊に入れてもらう。ピエールという男性は召喚獣がいないので私に同行してくれることになった。移動中に話も聞ける。


「シャインは規格外のようだな」


 ニーズに乗ろうとしたら隊長にそう言われた。ニーズのことなのか建物のことなのかは分からない。名前を憶えてもらっているのが、嬉しいけど。


「フェルマー隊長は治療の腕だけでなく、剣の腕も確かだ。隊長から学ぶことも多いだろう」

「ピエールさんは治療魔法使われるのですよね?」

「私は召喚獣がないのを見ても分かるとは思うが、町の薬剤師なんだ。治療魔法も使えるから、以前から面識のあるフェルマー隊長に声をかけられてね」

「隊長は普段は何をされているのでしょう?」

「騎士団の医療班に所属だよ。そこでは医療班第二隊長と呼ばれているらしい。以前は騎士として活躍していたそうだけど、酷い足のケガの後遺症後は医療班に移ったと聞いているよ」

「え? ご自分で治療も出来るのに、後遺症が残ったのですか?」

「他の人を助けるために、魔力を使い果たしたと部下から聞いたよ。部下たちから慕われているのもそういう理由があるんだろうね」


 魔心臓が三つあるのを見ても、隊長は高位貴族だろう。

 でも、その相手を治療した後、自分の足の事はしなかったのだろうか。魔力だって時間が過ぎれば回復するのに。

 話をしながらも、目はどこかで戦いがないか、過ぎる地上に人の姿がないか辺りを伺うピエールの様子に、私も魔力を目に集める。


「十一時の方向だ」


 隊長の言葉に進路を少し左に変える。

 見えてきたのは、簡易テント。そこには学園のマークを付けた旗がはためいていた。

 降り立つと、学園の生徒たちが遠回りに寄ってくる。知り合いがいたらうれしいな。見かけたことのある先生が近づいて来て隊長と話をしている。

 すぐに私は手にいっぱいの風呂敷を抱えて近寄ると、近くにいた生徒たちが駆け寄ってきて、その荷物を持ってくれた。

 個人でポーションを百個持ってきたと隊長から聞いていた先生から声がかかる。


「ポーションだけではなさそうだが?」

「お菓子の差し入れもありますから。魔法陣があれば必要ないかもしれませんが、持ってき――」

「やったー! お菓子だ!」


 生徒たちの歓声に私の声はかき消された。

 うぉ⁉ お菓子なかったのかな?

 びっくりした顔をしていたのだろう、隣にいた生徒が教えてくれた。


「さすがにお菓子までは前線で出ないからね。栄養が最優先な上に、何があってもいいように、簡易食、携帯食がほとんどなんだよ。まだ僕たちが出て四日しか経ってないというのもあるだろうけどね」

「ええ⁉ それは大変ですね……」

「合宿で体験することだよ。野生の動物を自分たちで刈って捌いて料理するよりはましかもね。それよりこんなにたくさんありがとう」


 さすが騎士。上級生ともなると、そこまで経験しているのか。

 私の場合、少しずるをしているからなぁと、自分の野営のときの簡易建物とか魔法陣でリタに送ってもらった食べ物を思い出し、少しじゃないかと思いなおす。


 シーツに包んでいたお菓子に、「これ王都でも高級菓子で有名なところのショコラボンボンだろっ」とか「王宮ご用達の焼き菓子だ!」とかって声が聞こえる。

 やっぱり最初にいたあの医療班はなんかいろいろと間違っている。

 まぁ、上級生たちが喜んでいるからいいかな。私もたいがい間違いばかりの人間だしね。

 今更なことを先生に聞く。


「ケガは大丈夫なのですよね?」

「あぁ、ガンマ・デルタポーションを学園は沢山準備してあるからな」


 そうでした。ホセがそこら辺はちゃんとしてくれているはず。


「じゃぁ、百個は要らないですか? 他のところへ持って行った方がいいでしょうか?」

「ここが三年生の拠点だ。どこかに穴があるのか、ここから少し行ったところで魔物がかなり出ているからね。二年生はもっと後方を守っている。騎士や冒険者たちも寄るからかなり在庫はなくなってはいるが、魔法陣で取り寄せることはできるから、半分貰うか。代金は後で請求してくれ」


 お、代金請求できるのか。でも――


「では、中級ポーション五十個分は冒険者が来たら無料で一本ずつあげて下さい。中級ポーションを沢山は持ってない冒険者が多いようですから。こちらの上級ポーション五本は後で請求しますね」


 毎度あり~。

 笑顔で先生に渡す。先生は「はっ? 個人で上級治療ポーションを五本も?」と驚いていたけど、私は改良できてないのが悔しい。きっと倍化できるだろうに。まぁ、買い戻せばいいし。できてないのを悔やむ前に、あるのは使って人の命を助けてもらう方が先だよね。

 すぐに出るという隊長の言葉に、私は知り合いのセレスティノ先輩たちに挨拶もできずに出立した。元気なら後で挨拶はすればいい。

 乗りながら隊長に言われる。


「シャイン、ポーション百個分の代金を後で返すつもりだったが、冒険者たちに渡して欲しいならそっちも同じように彼らに渡すか?」

「はい、フェルマー隊長。代金は要りませんのでそちらで良いようにして下さい」


 すぐにフェルマー隊長は副隊長だかに連絡してくれていた。

 仕事も早い。


 ジグザグに大きく回旋しながら進む隊。ピエールさんにそのことを聞くとうーんと考えながら答えてくれた。


「先ほどの学園のテントが大きめの拠点になっていると聞いたから、冒険者たちがいないか、戦いがないか入念に見ながら進んでいるんだよ。私たちは戦うのが目的ではないからね」


 そうですねと頷く。

 私は目に魔力を集めた。

 私が遠くに立ち上る煙のようなものを視界に捉えたと思ったとほぼ同時に隊長の声を聞く。


「三時の方向へ全速力!」

「ニーズ三時の方向へお願い」


 ニーズは隊長の声を聞くと同時に方向を変えていたけど、隊長の飛猫を超えることはしない。

 見えてきたのは、魔物と対戦している冒険者たちの姿。

 複数のパーティなのだろうけど、魔物の数が多く苦戦しているように見えた。

 私は魔力を練りながら、声をあげる。


「ピエールさん、しっかり捕まっていてくださいっ! ニーズ少し右のほうへ!」


 きちんと把握してくれるニーズ。手に集まった魔力を感じて弓をつがえ放つ。

 五本の矢が次々とスライムに突き刺さるが、数が多すぎる。人がいなければ、【灼熱】を使いたいが、命中率のよい【炎玉】を使う。


「燃えろ! 【炎玉ファイア・ボール】ー!」


 三十近くが命中し、スゥと消えていく魔物たち。こちらはもう大丈夫だろう。

 スライムの数が多かっただけで、冒険者はケガを負っているようには見えない。


 隊長は一度空から魔法を放ったようだったが、飛猫と地上戦に参加している。

 ピエールさんを隊長の傍に降ろした。上から見ただけだけど一番の激戦場だったから、けが人がいるならここだろうし、隊長の傍なら安心だから。


 少し離れたところでも戦っているパーティへ私はニーズの背に乗り向かう。

 私は弓に矢をあてがい魔力をのせ放つ。二つに分かれた矢は、人より大きな蜘蛛の魔物たちの眉間と首に命中し、ゴロンと首が転がり消滅した。眉間に当たった方も動かないと思ったら消えていく。ニーズに乗りながら声をかける。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうー。助かったよ」

「ケガはありませんか?」

「こちらは大丈夫ー」


 大丈夫の言葉に安心して、私は他の激戦区はないか見るために少し上空に駆けた。

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