第4話

 スープとパンを流し込むように食べ、お店のほうへ行こうとした私は、母に呼び止められる。


「外で練習するから、お古の道具類を二階の右側下から持ってきてね。籠に入ってるはずだから」

「わかった」


 うんしょうんしょと籠を抱えて降りてきて裏庭にあるベンチにどすんと籠を降ろす。小さめの鍋にメモリのついた瓶、かき混ぜ棒が入っている。小冊子も入っていたが、ポーション作りに必要な三点を出す。小さなコンロも入っていたが、初級ポーション作成中、使った姿をみたことがないので、籠の中にいれたままにする。


 母がポーションを入れる小瓶と薬草を持ってきてくれたので、指示を待つ。


「この薬草はすでに下処理が済んでいるから、処理の仕方は別に教えます。では、まず薬草を茎と葉の部分に分けてください」

「はい」


 母の言葉遣いが丁寧になり、背筋が自然と伸びる。母はメイドをしていたこともあり、貴族対応の丁寧な言葉も使い分けできる。こういう時の母には真面目に対応するのが正解だ。


 二種類の薬草を葉と茎に分けるのは簡単ですぐに終わる。


「できました」

「よろしい。次は瓶の一番下に印がついているところまで魔法で出した水を入れてください」

「湧き水ではだめ?」

「魔法で出した水のほうが混ざりやすいし、出来具合もいいのです」


 頷いて手をかざす。


精水ドロップ


 呪文を唱え、魔力を込めるとちゃんと印のところまでの水が出て止まる。


「わぁ! ちゃんと印のところまで水が出たよ!」

「この瓶は水が印のところまで出るように魔術が施されてありますから」

「魔導具?」

「魔石を使ってはいないので魔導具まではいかないと思いますけど。魔術が込められているから、簡易魔導具って感じでしょうか。コンロなどの魔具と同じと考えればいいわ」


 目を丸くした私にふふと笑いながら母が魔具だと教えてくれる。そういえば魔導具はとても高いと耳に挟んだことがある。一般家庭で使っている灯りやコンロ、施錠は簡易魔導具にあたるらしい。


――水桶の水も湧き水の源泉から来ても溢れないのも、メモリのついた瓶と同じだね。


「水桶はこの瓶と同じように作られているのでしょう? 湧き水はどこから来るの?」

「あら、よく気づいたわね。そうね、水桶には小さいけど魔石も使われていて、山の水源から来るのよ。そっちは転移魔法ね」

「お水がビューんって飛んでくるのね!」

 水が飛んでる姿をみたことがないのが、不思議だなぁと思う。


「鍋に水を移し、そこに茎の部分を入れて、棒で混ぜながら魔力を流します。魔力は水風船で使った回す力で混ぜるイメージですよ」

「はい」


 ドキドキしながら魔力を込めながら混ぜる。ふっと魔力の流れが止まったので、手を止めると茎がなくなっていた。色はごく薄い緑色に変わっているので混ざったのだろう。


「次にこの粉末を入れます。粉末は祈り茸を乾燥させ粉末にしたもので、魔力で乾燥も粉砕もできますが、天日干しをした方が、味が良くなります」

「乾燥の仕方も今度教えてね」


 乾燥や粉砕は風魔法になるらしい。攻撃魔法として使えそうだ。


――採集に行ったら、たまに蛇にびっくりさせられているから、風邪攻撃で今度は私がびっくりさせてやるんだ! こう、シュッパっとかっこよくね!


 混ぜ棒を振り回したら注意された。今は、集中、集中。


 母の「跳ねるように魔力を加えて混ぜるのよ」という説明に魔力を込めながら混ぜていく。魔力の流れが止まったので中を確認するが、ちゃんと混ざったらしい。


「できました」

「そのようですね。では魔力で温度を少しあげ、人肌に温まったら葉の部分を入れて一気に混ぜ終えたら、初級ポーション回復薬の出来上がりです」


 順番さえ間違わなければ、ちゃんとできるらしい。割と簡単なのだなと、思いながら完成させる。ぽわっとした光が薬を包み込み、完成を知らせてくれる。にへらと笑いが出る。私が作った初めての薬が完成したのだ。


「おめでとうございます。見習い薬剤師の誕生ですね」

「シャインや、おめでとう」

「ありがとう!」


 母と祖母も嬉しそうに祝いの言葉をくれる。

 鍋から小瓶に移し替えながらちょうど十個分のポーションができることを知る。

 母が何かの小さな紙に、一滴たらして反応を見ていた。


「薬の状態もとてもいいわね。性能が満点に近いわ」


 小さな紙は試験紙と呼ばれる薬の効果性能を図るものらしい。色もちゃんと着いているから一見しただけでも完成したのは分かるんだけどね。


「子供の私でもちゃんと作れる簡単なものなのに、このポーションはなぜ売れるの?」

「魔力のこめ方の違いや温度の設定をよく理解してないのだろうね。茎と葉を分けて入れることすら知らない人たちもいるからね。国や地域によっては作成過程が違うってのも、混乱の原因だろうけど……」


 私の疑問に祖母が答えてくれた。


 魔力の流し方があまりに違ったり、茎と葉に分けないで入れると半分程度の薬効しかないし、鍋などは魔具だから、道具を揃えるだけでそれなりのお値段もする。 薬師が作ったポーションはある程度の悪環境に放置しても、数年は味も性能も変わらない。

 例え完成したとしても性能が不十分では、わざわざ集めた薬草や手間も、もったいないというものだろう。


 水風船の制御の仕方がポーション作りに重要だったこと、細かい手順が必要だったりと、結構習うことは多かったのかもと気づく。


――そっか、簡単ではなかったんだね。私は毎日のように見てるから簡単だと勘違いしたらしい



 そこでふと、実践で魔法制御の基本を学べたけど、薬草名さえ知らないし、座学としての知識をまだ教えてもらってないことに思い当たる。


「母さま、魔法の座学は?」

「あ、忘れてた」


――忘れてたんかいっ


 てへと舌を出す母の姿に脱力したが、本を読めばいいと籠の中の小冊子を渡される。

 小冊子には薬草を使う上での魔力の制御の仕方にはいくつかの方法があることが書いてあるようだ。ポーション作りの基礎小冊子だった。


 小冊子なのに短い動画での作り方がいくつか載っている。音声はないが、十五秒くらいの繰り返しの動画がついていた。

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