第3話

 貴族と平民に分かれるこの国では、学び方も違う。

 私の場合、貴族の父親が登録しているので、一応貴族の子になるのだけど、生活の場は平民社会なわけで、夜が涼しくなるころ、周りに学舎に通いだす子供たちがいることに気づいた。


  貴族は十歳になると六年間魔法学園に通う。その前に七歳くらいから家庭教師をつけてもらい、マナーや基本学習、魔法の基礎を学ぶ。


 学園に通うのは、学問はもちろん専門的な魔法や貴族としての社交も学ぶためで、王都魔法学園に各地からワラワラと貴族の子供たちが一斉に集う。魔力が多く、かつ成績優秀者の平民にも特待生として門は開かれてはいる。


 一方、平民は七歳になると町や村にある学舎で簡単な魔法の基礎や計算、読み書きなど基本学習を三年間で学んで終わる。その後は、見習いとして仕事に就く。

 六年間の見習いが終わると晴れて成人し、正式に一人前と見なされる。


「シャインは、学園に行くのは決定してるのだけど、家庭教師は九歳からの一年しか雇ってもらえないの。学舎でも基本的なことは教えてもらえるようだし、町の学舎に通ってみる?」


――母さま、学舎すでに始まってますが、私が聞かなければ忘れてませんでしたか?


 学舎への疑問を母へ尋ねて、貴族と平民では学ぶ場所も内容も違うことと、本来ならすでに学習が始まることを知った。ついでに妾の子の世知辛い立場ってのも気づいてしまったけど、まぁ、学園に通わせてもらうだけでも、仕事内容から結婚相手まで幅が広がるのだから感謝かな。平民の間で暮らしているからか、片親が貴族って、恩恵しか感じてなかったよ。


 夏生まれが早生まれになるらしく、1年遅らせて学園に通ってもいいとも言われたが、とりあえずは目前の学習内容を決めなければいけないようだ。


「わたしはポーションのつくり方が知りたい。計算と読むのはできるから」

「え? 計算は大銅貨しかしらないでしょう? それに字が読めるの?」

「計算できるし、回覧板に書いてることなら読めるよ。知らない単語はあるけど」


 学舎で学ぶような簡単な単語しか知らない平民が読める回覧板なので、簡潔かつ短い文章しか載っていない。

 回覧板が来るたびに、声を出して読む祖母のお陰で、書かれている内容が分かったし、それを板書に書き写してから次の家に持っていくので、文字の書き順や単語なども横で見て、落書きするだけでいつの間にか覚えていたことを親たちが気づかなかっただけである。


 母にはびっくりされたけど、板書の文字を読み、一ケタの足し算引き算をさせられて、正解したら、喜んでポーションのつくり方を教えてくれることになった。


 ついでにシャインの綴りも教えてもらったので、名前を書くこともできるようになった。


――シャイン・マディチ。父がマディチ子爵ということも知ることができた。



 ポーション作りには魔力が必要で、基本の魔法も実践で学べる。

 生活魔法のうち水を出すのは【精水 ドロップ】と唱えるだけなので三歳くらいでも使える。ただ、三歳では魔力量の多い王族でもコップ一杯くらいを出せるだけらしい。母たちはポーション作りに魔法水が欠かせないのもあり、うちでは魔法水を常飲することはあまりない。


 今六歳の私は中鍋一杯くらいは水を出すことができる。平民の平均的な六歳が出せる量よりは多いらしい。父親が貴族だからかな。


 火や風の魔法は水を出すよりももっと多くの魔力が必要だし、魔力が高まってくるのは七歳前後だから、例え三歳くらいの子供が火の呪文を真似て唱えたとしても、火を出すことができない。つまりは事故に繋がることはあまりないらしい。


――なんて安心、便利な魔法! きっと魔法の成分は優しさでできてるね



 その日から初級ポーションの魔力回復薬と治療薬を学び始めた。材料も作成過程も日々の暮らしの中で目にし、手伝いもしていたので、魔力についてだけ学べばいいと思っていたのだが、魔力の制御など結構練習が必要だった。

 今まで水を出す、という使い方しかしてなかったからね。


 制御のための道具を準備してくれた母さまが張りきった声で言う。  


「こうやって手に魔力を集めて水風船の中で魔力を回してみて」

「……」


 母の教えは要領を得ないものだったけれど、動物の腸を洗って乾かしたものに魔力が通じやすい液体を入れた水風船を手のひらの上で魔力を込めるように転がすだけで、魔力の流れが薄い層を描いて動いた。


「おおお! できたよ、母さま!」

「簡単でしょう?」


 笑顔で簡単だと笑う母に、少し離れた場所で育てている薬草を採集をしながら祖母が「説明が雑すぎる」と苦笑しているのが目に入る。

 私は魔力を動かせたと嬉しさで次をねだる。


「次は流れを反対に回すようにするの。その次は水風船が跳ねるように魔力を込めるのよ。それもできたら温度を上げていくの」


 反対の流れはすぐにできた。体の中から魔力が流れるのでそれを流す方向を定めるイメージだけでよかった。

 水風船が跳ねるというのは、見本を見せてもらって同じように動くイメージで魔力を込めると跳ねた。ここまでは見よう見真似でも難なくこなせた。


 温度を上げていくのが、一番難しかった。火魔法をイメージしていたのだが「ぬるま湯くらいでいいのよ」という言葉で炎を出すわけではないと気づいた後は、魔力を熱に変える方法も習得できた。


――炎を出す火魔法を使えていたら、丸こげにしかならなかっただろうね。安心便利な魔法を、うっかり危険な魔法にしちゃうところだったよ。あぶねーあぶねー。


「最後は水風船の中に真上の部分に矢があるようにイメージして、空に飛ばしちゃいなさい」

「破裂しない?」

「破裂していいのよ。これも訓練の一つだから」

「うん、やってみる!」


 鼻息も荒く、さっそく魔力を込める。風船を空に飛ばして破裂させてもいいなんて、魔法の練習は楽しすぎるとワクワクした。


 パァーンと派手に弾けるだろうと期待して魔力を注いだ。だが、バチャッと大きく上には伸びて手のひらで破裂しただけだった。ううぅと泣きそうになる。


「上に持ち上げる魔力、速さの魔力、細く鋭く力を籠める魔力、この三つを同時にイメージしてみて」


 母の指摘に、はっと顔をあげ、すぐに次の水風船を三つを意識しながら空に打ち上げる。


「三つを同時に使うのは結構難しいから、一週間くらい練習すればでき……できた!?」

「やったー、打ちあがったよ!」


 祖母がフォローしてくれようとしたらしいが、話途中で打ち上げに成功してしまった。


――ババさま、ごめんなさい、聞いてなかった。でも、成功したからいいよね?


 顔がニマニマとにやける。おっと、お尻はふってないよ。少し足はかかとが跳ねてたけどね。



「魔法コントロール初級が終わったから、ポーション作りに取り掛かれるわね」

「昼食を済ましてがよいだろうね」


 祖母の言葉にぐぅーっとお腹が返事をした。

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