第30話

 魔導具の本を読み終わった。


 部屋で一人、タブレットを机に置き、魔導具の魔法陣と文字について動画を見ていて気付く。

 魔導具には魔法陣か神々の文字と言われるルーン文字を描くまたは彫る。


 前世の記憶により、そのルーン文字を知っていると、気づいたのだ。


 ただし、前世の記憶のルーン文字は二十四文字。

 こちらでは三十一文字。七文字多い。


 ところが、この三十一文字でも完璧ではないらしい。

 本当はルーン文字で書いた方が魔法の効果が高いのだが、足りない文字のため、単語にできない部分を魔法陣で補っている。


 前世のルーン文字は北欧神話を継ぐゲルマン民族とそれとは違う文化のケルト民族もルーンと発音する文字を使っていたから、混同しやすかった。また出土場所により、文字が少し違ったと記憶が囁く。

 二十四では本来足りないのかも知れない。でも、魔法が使えるわけではないから、前世では問題なかったのかも、そんなことを思う。


 とにかく、ルーン文字を二十四知っているので、七文字覚えるだけなのは嬉しい。


 魔法陣を見たが、完全に図形だ。

 魔法陣の意味を解くなんて考えるだけで頭が痛くなるだろうから、公式を覚えるが如く、魔法陣公式を覚えるしかないだろう……。


 精確な円形や線で彩られる幾何学模様のような図。そこに一部ルーン文字が入っているものも見た。

 見ただけで嫌気がさすほど複雑で、すでにめんどくさい。


――魔導具作りにも、魔術の実験にも興味はありありだけど、これは無理かも……


 ルーン文字も図象であるから、何か意味あることを形どったもの、と言えるのかもしれない。

 ルーン文字だけで魔術となる言葉を探す。

 ルーン文字で【拡大】と【縮小】があった。


 紙に書いてみる。その【拡大】の文字に、魔力を注ぐ。

 ポーションを作った時のように、淡い光がぱぁっと浮かび紙自体が大きくなった。


「わぁ! 発動した! すごい!!」


 二倍にもならないけど、魔術が使えたのだ。それも文字だけで!

 二倍の大きさにするためには、きっとルーン文字で『二倍』の文字が必要なのだろう。でも、二の数字が分からない。倍も今は分からないけど。

 ルーン文字【発動】を知っていれば、書き終わった時点で魔力を注がなくても、発動するのかな?


 魔導具の仕組みを思い出しながら、逡巡する。


 しかし、そこでハッと気づく。

 文字は知っている。二十四文字だけ。でも単語は知らない。……うぅ、使えない。

 がっかりだ。


 

 このとき、なぜかヲシテ文字が浮かんだ。


――ヲシテ文字も古代文字で図象だよね。それも日本語対応の四十八文字。


 ヲシテ文字なら、単語を知らなくても、そのまま書くだけでいいのになぁ。

 そんなことを思いながら、私は紙につらつらと頭のどこかに浮かぶヲシテ文字を書いていた。


 【にばい かくだい いまここ はつどう】と。


 パァッとさっきよりも眩く光ったと思うと、紙が二倍の大きさになっていた。


「…………」



――人って驚きすぎると、言葉なくすのですね。


 紙を持ちながら、ぼぉっとしてしまう。

 だんだん、嬉しくなり顔が緩んでいくのが分かる。

 面倒な魔法陣もルーンの単語も覚えなくても、ヲシテ文字だけで魔術が使え、魔導具ができるのだ!

 画期的ではないだろうか!


 母のところへすっ飛んでいきそうになり、はっと息をのみ、体の動きが止まる。

 ……待って。よく考えて。


――ヲシテ文字さえ覚えればたぶん子供でも魔導具ができる。それはいいこと?


 …………分からない。



 知らないうちに、床に座り込んでいていたらしい。その床から伝わる冷たさに時が経ったことを知る。


 きっと、言ったらだめだ、これ。


 私は茫然と手に持つ紙のヲシテ文字を目に入れる。

 強大な力かもしれない。

 既存の魔法陣以上のものも、簡単に文字で命令するように出来るかもしれないのだ。


 簡単に魔導具になる、大きな魔術を発動させることまでできるとして、それを全ての人がいいことにだけ使う保証はない。

 魔導具として使えるかはまだ分からないけど、魔術が発動したんだ。

 気を付けないと、魔物と意思疎通してしまった以上のことになる。


――私はヲシテ文字のことを誰にも言わないことにした。


 そういえばルーンの意味は『秘密』だったな……。寂しさと共に心に浮かんだ。




「最近、ボンヤリしてることが多いけど、大丈夫?」

「シャイン、また思考が異次元に行ってるだろ、あんまぼぉっとしてると、また転ぶぞ」


 家族や友人たちに心配されることが多くなった。

 どうしても、ヲシテ文字のことを考えてしまうから。呆けてしまっていることが多いのだろう。


 使うには大きすぎる力。

 でも、使えればとても便利。

 使いたい思いと使えない状態の狭間で心が揺れ動く。



 数日そんな日が続き、私は決めた。


――こっそりヲシテ文字を実験しよう、と。


 発動の文字を入れる前に必ず付け加えるのは『発動後ヲシテ文字が透明になる』だ。そして必ず一人でいるときにだけ実験をする。そう決心して。


 文字が消えたあと、何の魔法陣もルーン文字も見えないのに、魔術が使える魔導具というのがおかしいことを考慮すると、魔法陣のパターンは最低部分、覚えないといけないかもしれない。

 一見それらしく見えれば大丈夫かな?

 色々考えることはあったけど、何もしないよりましと、取り掛かった。


 先ずは安全なところから、と考えて服に実験することにした。布からだけど。

 布を準備し、そこにヲシテ文字を書いていく。

 体温維持機能をつけることに。


 試行錯誤の結果、【たいおんいじ】機能は使えた。でも、そこに汗を蒸発させるとか破れにくいなど付け加えすぎると、発動しなかった。


 魔導具も多すぎる機能が付くと、魔石が必要だった。


 本などによると、魔力が働くのに、突入魔力が大きいのだとか。

 これって、たぶん突入もしくは始動電流と同じ意味だと思う。初期の負荷が大きいのだろう。


 思い出す一文。


――『体も魂もエネルギーである。森羅万象とはエネルギーの表れにすぎない』


 全てがエネルギーなら、電気も魔力もその表れなのだろう。


 大きな突入魔力が必要だと魔石も大きめが必要となる、とあることから、もしかしたら魔石の大きさが電源スイッチの大容量的な働きもしているのかもしれない。

 魔石がパワーサーミスタなどの抵抗体の役割などもしているのかもしれないと思うと面白いけど、少し安心する。


 たくさんの魔力を必要とするような大魔術には大きな魔石が必要となるなら、そうそう普通の人には手に入らない。

 大きな魔石は高価だ。

 それでも、ないわけではない。

 大きな魔石を持つものがさらに強大な力を欲するとしたら、やはり実験は密やかに行わなければならないだろう。


 そして、自分の実験が魔石がなければできないことも多い、ということにようやく気付く……。


「うぉおおお! 自分も実験できないじゃん!!!!!」


 魔術の実験は魔石集めから、しないといけない?

 それとも、ポーションを開発してバンバン売って、それで買う?


――飛ぶように売れる予定はないが。


 貴族の間で流行っている肌のためのポーションは、いいお値段だけど、材料費として友人たちにかなり出しているし、私は子供。大きな金額のやりとりはババさまたちがしているから、私が自由になるお金はまだまだそこまで多くはない。

 そのうち、貯まるかもしれないけど、今はまだ沢山の魔石を買うほど余裕はない。

 それに、実験代として魔石ばかり購入してたら変に思われるかもしれない。

 ヲシテ文字のことを秘密にするのだから、ここは慎重にすべきだろう。


 私はしょんぼりと、魔石をもとめ、ルカたちパーティ仲間とダンジョン潜りの日々が待っていることにため息をついた。

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