第70話

 飛行の時間は昼食の時間を挟んでから。

 過ごしやすい春の季節だから、バゲットにサンドイッチなどを準備している生徒も多い。侍女たちが用意してくれたりもする。


 私はリタと一緒にスコーンだけ朝早く起きて焼いた。プレーンの他にチーズやベーコンの入ったものも焼き、ジャムは二種用意。

 フルーツも準備したから、先に男子生徒たちに食べてもらう。お腹空いているだろうからね。

 バゲットもお願いしておいたから、人数分をニーズに乗って取りに行く。

 リタが飲み物は準備してくれる手はずになっている。

 侍女たちがいないから、私たちでするけどそれもピクニックのようで楽しい。


 チキンや卵のサンドイッチと鳥のBBQが出来ていた。お礼を言って受け取とる。

 親子丼のように鳥尽くしだ。レタスやキュウリ、トマトもたっぷり挟まれて野菜のボリュームはあるけど。

 デザートは生クリームに埋もれたイチゴとバナナサンドとレーズンバターサンド。

 デザートパンのほうは焼き目なし。

 ニーズに乗って戻ると、領の男子生徒たちも数名いる。


「大目に頼んではおいたけど、これで足りるかな」

「いや、俺たちは食べに行くから大丈夫。リタの手作りのスコーンを食べたかっただけだから」

「フルーツもリタが作るとおいしいな」

「それ、洗っただけじゃ……」


 戻るのが体力的にきついようなら一緒に食べてもいいと思ったけど、元気そうだから大丈夫だろう。本当にきついなら彼らの執事たちが持ってきてくれるはずだし。


「シャイン、ありがとう。スコーン、気づいたら全部なくなっていたの。ごめんね」

「朝食べたし、いいよ」


 リタが申し訳なさそうに言うけど、男子が全部食べることは想定内。

 私たちはお腹いっぱい食べた。

 剣技前は何も食べない生徒もいるから、お腹すくんだよね。いい食べっぷりのルカたちを見ながら、多めに用意してもらって良かったと思う。


 召喚獣は基本食べない。

 食べても果物くらい。ニーズもいらないと言うから私たちだけ食べた。


 召喚獣に騎乗しての剣術は後等部になってから。

 アナウンスが午後の競技が始まることを知らせてくれる。

 最初のスタートを切る組だから、私は先に向かう。

 ニーズは嬉しそう。走行しなかったからね。

 先ずは十キロから。五キロは、五キロ先に待機してから始まるから。

  

 ふぅ。

 私は十キロを選んだためか、周りが上級生ばかり。少しビビって深呼吸した。


『任せて』

『ありがとう。頼りにしてる、ニーズ。でも楽しんでいいからね』


 ニーズが私の緊張を感じ取り、声をかけてくれた。咆哮されたら困るけど、念話だけだといいね。

 召喚獣たちが高い位置まで浮遊してスタートの合図を待つ。

 その姿だけで下から見ると恰好いいらしい。歓声がここまで聞こえる。

 斜め上空にいる先生の合図が切って落とされた。

 一斉に飛び出す召喚獣たち。ニーズは少し遅れて出た。そこからどんどん追い抜いていく。それも少し上を飛ぶんだ。楽しんでるな。

 空気抵抗は乗っていれば感じない。風を少し感じるけど、それだって実際のスピードに対する風ではない。

 一位になったなと思ったとき、ニーズからの念話。


『回転してもいい?』

『もちろん』


 笑いながら答える。

 空中回転をしながらすすむニーズ。遊園地のジェットコースターで横に回転するのがあるけど、あんな感じで楽しいのだ。私が好きだから、ニーズはよくしてくれる。

 鞍が付いているから出来ることだけど。

 折り返し地点でもゆったりと旋廻したのはフェンたちに挨拶でもしたんだろうか。

 空の競技も楽しむニーズと一緒にゴールした。結果は中間くらいかな。


 珍しくサルバドール先生が声をかけて来てくれた、と思ったら


「花竜なんて実力に伴わない召喚獣を従えるのは難しいらしいな。ルカも走行は最下位だっただろう」

「そうですね。ありがとうございます」


 と言って笑っていたら、機嫌が悪くなって去って行った。

 見てくれていたってことは、気にかけてくれているってことだものね。ニーズと楽しんだ後だからか、嫌味の事は気にならなかった。


 

 ランバートたちの組も到着した。召喚獣での飛行は竜や飛馬たちが速い。

 マルガリータがいないと思ったら、サルバドール先生と話をしているときに到着していたらしい。笑顔が誇らしげだから入賞したのだろう。

 十キロは二分おきに三組が出る。行くときには上空を、帰ってくるときは低空飛行するから、ぶつかることはない。十キロに出る一年生は竜持ちくらい。上級生の召喚獣は十キロ飛行は何度も練習しているから慣れているようだ。


 私は入賞を逃したので、観客席に戻った。 

 五キロ飛行競技が始まるとアナウンスが入る。

 最後に入賞者を多くするのは気持ちをあげるためか、五キロコースは五人ずつで飛行する。十キロになると横に十人並ぶけど。

 五キロは瞬発力も必要だと言うけど、五キロは遠い。ここからでは誰が誰かまだ分からない。

 リタが教えてくれる。


「ルカが二番目、クレトは四番目だよ。領地の他の男子もバラバラだね。最初の組にはヨハンネスがいるよ」

「あー、だからビアンカがさっきからそわそわしてるのね」


 婚約者が気になるよね。ビアンカとヨハンネスは仲がいいしね。


「一番右ですわ」


 ヨハンネスを聞かれたのだろう、ビアンカが答えるのが聞こえた。愛の力か? 人なんて見えない。召喚獣ですら点でしかないのに。


 私も応援しようっと。

 出発の合図で飛び出したようだ。五キロ先って地平線くらい離れているから、分からないんだよね。

 途中でようやくヨハンネスがどれか分かった。先頭で争っている二組のうち一人がヨハンネスだ。

 応援に力が入る。

 声が枯れるほどヨハンネスを繰り返し叫ぶ八組。他のクラスから見られているなと気づいたけど、ビアンカの祈るように握る拳を見て、途中で声が枯れていたビアンカに代わり、私も声を張り上げた。

 到着寸前まで競っていたけれど、ビアンカの思いが通じたのか最後で少し前に出たヨハンネスが一位になった。

 ビアンカは嬉し泣きしてて、まだ一年のただの体育祭のはずなのに、一緒に喜び感動しているクラスの生徒たち。


「クレトが一番だよ!」


 担任のキンダリー先生の声で八組全員が振り返り、観客席から身を乗り出す。先生は鼻をかんでいたから気づいたのかな。

 始まる前「フェンリルだもの。クレトは一位よね」と言っていた生徒たちだけど、やっぱり一位で飛んでくる姿を見ると嬉しさが勝つようだ。もちろん、私も。

 二番目まで一位の八組。喜びに沸かないわけがない。

 それで逃した三番目の組。ただし、八組の生徒は三位だったらしい。上級生が二人もいたようだから三位は立派なんだけど応援しそこねて申し訳ない。


 ルカが来るから、次こそは逃せない。

 でも、走行が最下位だったし期待はできないなと思っていた。

 先頭が黒く見えるなと思ったらルカの黒飛猫。「おおお!」と近くの歓声がすごかったのだけど、やっぱりヤンチャ猫。

 五キロも長かったのか、飽きたらしい。途中で地上に降りてしまった……。寝転ぶ姿と何か言っているルカ。おしいっ! ゴールまで後一キロもなかったのにねぇ。数百メートルを残して棄権。


「さすがだな、笑いにもっていったか」


 隣のクラスの男子がそう言うのが聞こえたけど、笑いに走ったのはクラス対抗の仮装大会だけ。ルカのことだから競技は真剣だった思うよ? と心の中で思った。

 八組の男子たちは仲良く皆で練習してた成果か、その後も一位、二位の成績を修めた。騎士コースに進まなくても、最後の飛行に出る男子生徒は多かったというのもあるのだけど。

 入賞者にあふれる八組男子たち。全員何かで入賞を果たしていた。賞状だけなのが残念。後等部のように賞品もあったら良かったのにね。



 女子は学園祭で頑張ったけど、クラスとしては半分だけの入賞に終わった。

 リタは楽器と舞踊で入賞。私は絵を描こうと思ったのだけど、春は忙しくて完成しなかった。楽器も入学してからはほとんど演奏しなくなっていたから、学園祭では観客、応援側だった。踊りは――踊りたいと思ったけど、クラスの仲間たちから出るなと言われた……。芸術とは縁がないらしい。


 試験は満点でホッとした。体育祭も学園祭もさっぱりだったからね。ただし、前等部は順番は出ない。満点だから一位なのは確かだとは思うけど、クレトも当然のように満点だったし、リタも満点だったから、結構満点はいるのかもしれない。領地対抗に反映されるはずだから、領地には貢献できたかな。

 ルカは――

 隠していたのを見たから、満点では決してないはず……。


 春休みにあたる一週間の連休を挟むと残るは領地対抗戦。

 出なくてもいいよね、とクラス対抗の屈辱でも感じたけど、まさかの特化訓練を領地でさせられるとは思っても見なかった……。

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