第79話 クレトside

 侯爵家に生まれた俺が両親を失ったのは、六歳のとき。

 曾祖父は四代前の王だった。

 このサパニッシュ国には召喚獣がいて、鷲馬を従える者が王と認められることで、王権争いが起こりにくい。

 それでも、権力を求める者はいて、巻き込まれることはある。


 曾祖父は弟により死に追い込まれたと曾祖父の一人娘である祖母にどこまで本当かもわからないことを吹き込んだのは、当時のヴァナ領公爵だった。

 彼は 過激派と呼ばれる組織のトップに立ち、王を裏から操りたいと考えたらしい。

 祖母はその話に乗ってしまい、祖母の一人娘である俺の母と、婿である侯爵に息子の俺を次の王にするように説得した。まだ六歳の子供を傀儡の王に。

 侯爵だった父は断ったが、当時王族に繋がり、また動かしやすそうな者が俺しかいなかったこともあり、祖母が裏で手伝いをしたため、俺は誘拐まがいにあうはめになった。


 一人息子を奪われ、黙っているわけもなく、父は当時の王たちに事情を話し息子奪還に成功する。

 犯行を指示し実行した者たちはあっけなく捕まり、処刑された。

 祖母は騙されたとして、刑は逃れた。元王女だったからだろうか。


 組織の者、全てを捕まえることは不可能で、ある夜屋敷に火を放たれた。

 その時も俺を狙ったのかは分からないが、俺だけ助かることになる。

 護衛と庭師の転機で屋敷を逃げ出すことに成功した俺は、何が起こっているか分からない不安と心細さで、父母を亡くした悲しみに浸る間もなく、いろいろなところを転々とした。


 最終的に父の異母妹である伯母の伝手もあり、アンブル領に来ることになった。

 アンブル領にはレイバ伯爵がいたがレイバ伯爵とは遠い親戚にあたるそうだ。

 この貴族社会で血縁関係でない貴族のほうが珍しいとは思うが。

 後ろ盾になってくれるのが、レイバ伯爵で、その領にいるウルバノ爺の孫という事になった。

 助け出してくれた庭師の父親がウルバノ爺だった。護衛はその後も俺のことを傍で守りながら諜報活動もしている。


 伯母は一旦国に爵位を返したが、俺が大人になったら返還してもらえるようにしてあると言い、俺に護衛を五人付けてくれた。

 屋敷に火を放った者たちはすでに全員始末されたと、今後は安全だろうとの言葉も貰ったが、名前や歳は変えたまま過ごした。

 また、魔力も王族に比べたら少ないことも分かった。召喚獣も王族のように飛馬でなく、フェンリルだった。

 それに王には成れない決定的なことも分かった。


 七歳になり、落ち着いたアンブル領にはルカたちがいた。

 温かい地方だからだろうか、大人も子供ものんびりとしていて、笑い声が絶えない町。ここでずっと平民として過ごす方が楽しそうだと思ったが、その友人たちが王都の魔法学園を目指していた。

 シャインという父親が貴族の子が、魔法学園に行くために、ルカたちを誘っていた。

 俺も誘われたが、自分のために俺が必要だと言うのがかえって潔く感じてしまい、誘いに乗った。共にいたいと言ってくれたシャインをもっと知りたいと思ったのもあるかもしれないが。


 シャインは変な女の子だった。

 お菓子のことしか考えてなさそうなお転婆だと思った。今もそうだけど。ただ、見た目より考えていることはあるようで、たまに俺よりも大人ぽいことを言う。それにシャインのいう事は驚くことが多いからかなぜか心に残る。

 シャインの横にいると息をするのが楽になる。

 きっとお菓子のことしか普段考えてないからなのだと最初は思った。けれど、彼女も秘密が多いと気づいてから、俺だけが普通じゃないと思い込んでいた殻が外れた気がした。

 モールス信号とやらで魔物と意思疎通できたり、たぶんだが、魔導服もシャインが作っている。 


 俺が焚火の炎を見て、屋敷が燃え堕ちたあの景色を思い出している時だった。

 ルカが声をかけた。


「クレトとシャイン、二人して何を深刻そうな顔してるんだ?」

「あのね、この火でマシュマロを焼いたら、すごくおいしそうだと思わない? そのマシュマロをどうやって手に入れようか悩んでいたんだよね」

「ヨダレ出てる。はぁ、俺の家にあったのを見てたんだろ? 持ってくるよ。待ってろ」


 駆け出すルカに、にっこり笑うシャインは、俺に向かって何の脈絡もなく続けた。


「さすが、ルカ! ねぇ、クレト、火って不思議だよね。送り火って知ってる? 人の魂を天国に送ってくれる火のこと。儚くて愛しい人たち、死んだ人みんながいいところに行けるといいね」


 マシュマロのことで頭いっぱいだったんじゃないのかよ。

 不思議なのはシャインの頭の中だ。両手を合わせて何やらブツブツ唱えているのは、きっと変な祈りでも捧げているのだろう。弔いの言葉だろうか。

 急に魂とか言われて、思わず鼻がつーんとした。俺は急いで顔を横に向けた。なぜ急に送り火とやらの話になったのかも分からない。火を見ながら芽生えていた禍々しい復讐心が霧散したのには自分でもホッとしたが。話がよく飛ぶし、たまたまなんだろうけれど、そんなことが気づくとあった。



 独りぼっちだという感覚に襲われそうになるたびに、シャインが横にいるのも不思議だった。父親は貴族なのに、町で育ったからだろうか、人との距離が近くて、気づいたらぎゅっと手を握られていることが何度もあったが、その手の温もりが自分には必要だったと思う。

 それはたまたまシャインが夜の闇が怖くて、俺の手を取ったとかそんなことだったと思うのだけど。意識せずに人の心を明るくするそんな存在がいるんだと、それが俺の傍にいることが空っぽの心を埋めてくれるように思えた。


 ルカたちも底抜けに明るくて、いい友人がたくさんできた。

 念話ができるフェンを召喚できたのも、幸運だった。少しずつ自分を保てるようになっていった。


 学園に入ってからは、貴族社会に戻ったのもあり、護衛たちから情報を集めつつ不審な動きには気を付けていた。

 だが入学してすぐにウルフに襲われるとは思わなかったこともあり、ウルフ襲撃のときは動揺してしまった。その後調べてもらったが、何かの薬品が使われたことくらいしか情報は手に入らなかった。

 薬品という言葉に、シャインを巻き込んでしまわないか、気になった。


 シャインはポーション作りが趣味だ。

 それも、俺が思うにシャインの祖母がアンブル領の知恵者とは言われているが、シャインが関与しているように思えた。新しいポーションの開発の裏にはシャインがいる、そんな気がしていた。



 遊園地では、密会をしている怪しい者たちを見つけたので、俺の護衛の一人が後を追い、武器を売買している組織を潰すことには成功した。だが、それは底辺の一部だったらしい。

 学園とも通じているようだったが、その証拠は手に入らなかった。


 だが、そのおかげなのか、領地対抗戦で目立った動きをしたにもかかわらず、その後はウルフ事件のようなこともなく、前等部での生活は過ぎて行った。

 学園での競技が戦いのように血を見るようになっていたのも、背後で何かあったのかもしれないが、すんなりとルールの変更はなされたし、杞憂だったのかと思う。

 

 後等部でも楽しい学園生活を送れるといい。

 誰かを失うのはもういらないから……。

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