第72話
三学期が始まった。
すぐに夏休みが来ることと、領地対抗戦があることで、全体的に落ち着かない雰囲気だ。
私としては、一番小さな寄宿舎でもいいと思う。森も近いし、私にとってはいい環境だ。
でも、そんなことは他の人に言えない。
最弱領地はだいたい後ろの番号のクラスに固まっているので、八組も若干空気が重い気がする。
「リタ、私たちのクラス八組は領地としては四つの領地が入ってるよね? 最弱ベスト三の領地に入っているか分かる?」
私は始業式があった日の放課後、宿舎でリタに尋ねた。
「うちのクラスにベスト三の領地二つが入っているの」
「え? 半分もってこと?」
「そうみたい。だから楽器演奏も色々聞かれて見てあげることもあるくらいなの。平民出身者も一番多いクラスだし、頑張ってはいるのだけど、領地も私たちより距離的に遠かったり、領主の子供が学園にいない領地だとさらにまとまりも悪くなるみたい」
おおお。ベルナルドたちがいることは、いいことだったようだ。
確かにマルガリータは面倒見はいい。良すぎて困るくらいだから。
リタは楽譜とかを手書きで複写していたのを知っている。色々書き込みをしていた。それらは他領の生徒のためにしていたこと。
「リタは偉いね。丁寧に教えてあげてたよね」
「同じクラスだし、私もシャインやマルガリータさまたちにお世話になっているもの。できることしかやってないけどね」
「私は自分のためだったけどね。そっかぁ。寄宿舎がせめてここと同じ作りだったら何の問題もないのにねぇ。私たちもこれから練習だけど、夜は演奏しにくいでしょう? 良かったらお菓子でも一緒に作らない? リタのお菓子で元気を補給したいよ」
「ふふ。もちろんオッケーよ。では、またあとでね」
リタの柔らかい微笑みだけでもだいぶ癒された。練習頑張ろう。
私はニーズを召喚して、空中散歩を楽しんだ後、訓練に参加した。
火を吐いたり竜の鋭い爪はいい武器だ。だが、ケガをさせるのは嫌だから、対抗戦でも火は使わないと思う。
火を吐く竜への対策として、防火服を着こんでゴーレムと一緒に一人守りでいると聞く。火で落されては敵わないので、わざと一年生をゴーレムの肩に配置しておくこともあるらしいのだけど、これって人身御供よね。そんな怖いこと私が嫌だ。
人がいる時には火を吐かないようにニーズに言ってある。
ニーズはゴーレムとの相性はいいほうで、ゴーレムから攻撃を喰らったことはないから、多分ニーズだけでも戦えるとは思うが、個人戦ではないし、下級生だから上級生たちが戦いやすいように支える側になる。
ベルナルドたちから説明がある。先に口を開いたのはマルガリータだけど。
「上位チームは魔法での攻撃や防御が得意だから、今日はそれを想定して練習しましょう。飛馬や竜、フェンリルも相手にいることを忘れないで。今年はフェンリルと竜との戦いに慣れることができるだけ有利よ」
進出して行くこと前提で話すマルガリータ。
個人戦だと、魔力を練る時間で間合いを取られるとなかなか魔法が使いにくいから剣技の強いほうが有利だけど、グループ戦なら仲間がいるから、魔法が上手かったり魔力量が多いと圧倒的に有利だ。
「昨年の一位は防御壁を三重に囲んで勝利してた。今年もそれをされたらかなり苦戦しそうだな」
「そうだね。でも今年は召喚獣にフェンリルと竜がいるから、十分に対応できそうだよ。大きな防御壁はそれだけ魔力も消費するから、魔力が減っているところを狙えたら隙はある」
ベルナルドからの情報に、ランバートが対策を述べる。
「どちらにしろ、個人戦じゃないってことはみんな覚えていて。仲間がいるんだから頼ってもいいし、仲間の力を信じて突き進むときは突き進んだらいいから」
マルガリータのお言葉に副音声「あなたたちを信じて突っ込むからよろしくね」が聞こえたのは気のせいだと思いたい。私は自然な感じになるようにそっと目を逸らした。
訓練が終わったが、今日はニーズに乗っての訓練が多かった分、疲れはさほどない。
リタと一緒にお菓子を大量に作る。
ナッツやドライフルーツをいっぱい入れた栄養満点のシリアルバー。
ココナッツやドライフルーツは領地からいっぱい持ってきた。クラッシュアーモンドとココナッツをメインにした香ばしいシリアルバーや、蜂蜜を練り込んだものなど三種類。マシュマロ入りのは焼かなくてもマシュマロをバターと鍋で溶かして他の材料を混ぜて平らにして切るだけ。
片手でも食べれるように包んで、四つに分けた。
「四つってことは、他の宿舎へ持っていくの?」
「当たり。他の宿舎の様子も知りたいなと思って。早く終わったしね。これから持っていこう」
「喜ぶね」
リタさえいれば向こうから釣られにくるはず。
ニーズに二人で乗って夜の空を散歩。ニーズは夜の闇に溶けている。忍者のようだ。
前もってどこにあるのか聞いておいたから迷わずに到着。すぐだけど。
「こんにちは~。一年八組集合ーっ」
一年生が入っているであろう階の、召喚獣が出入りする丸く出ているバルコニーエントランスに降り立つ。
声が聞こえたのか、顔を出す生徒たち。
手を振ると、目を丸くして駆け寄ってきた。
しめしめ。リタ効果は抜群だ。
「どうしたの? 夜八時も回っているよ?」
「お菓子を作ったの。朝練の前にでも食べてね」
「ありがとう!」
リタが差し出すと喜んで受け取っている。他の生徒たちもなんだなんだと集まってきた。
「今日は遅いから帰るけど、今度寄宿舎がどうなっているのか見せてよ」
「いいぞ」
「いつでもおいでよ」
リタは男女ともに人気があるから、クラスの女子と話をしている。私も女子がいいんだけど、なぜか男子から話しかけられ率のほうが、めっぽう多いんだよな。
でも、男子に人気があるのはリタ。うーん、何だろう、この種類間違いを起こしているような変な感じは。
「次に行くね。練習頑張ってね」
「また明日~」
他の宿舎にもお届けした。執事たちが動くことはあっても、こうして生徒がそれも夜に来ることはあまりないらしい。約束もなしだったし。ま、喜んでもらえたからいいかな。
やっぱり最下位三つは宿舎自体が小さい。夜でよくは見えなかったが、大きさをだいたいは把握できた。
「宿舎が見たいならグラシエラたちに言っておいて、訪ねたら喜ばれるよ」
「うん、そうする。今日は差し入れが一番の理由だったし、大きさを見れただけで十分」
リタはグラシエラたちとも仲がいいから、今度一緒に訪ねてみよう。
次の日、「一年八組集合ーっはないよなぁ」とか「夜に約束もなしに訪ねて来るとかシャインらしいよな」とか、ありがとうの代わりにいろいろ言われた。……解せん。
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