第49話 「言いたくない」

 私とマイカは、兵舎の並ぶ敷地に着き、塀の中に入りました。


 高い塀で囲まれた敷地の中には、兵士が休む宿舎、食堂、武器の倉庫、見張り台などの建物がいくつも並んでいて、見張りの兵士が色々な所に立っています。普段は静かですが、ここに百人の人間が走りこんで来たら、一気に騒々しくなります。


「侵入者はどこだ?」


 指揮官が叫んでいます。


「手分けして探せ」


 違う誰かが叫んでいます。その後、皆が口々に叫び出して、何を言ってるのか分からなくなりました。ちょっとうるさいです。


 見張り小屋に備えてあった警報の鐘を鳴らしたら、休んでいた大勢の兵士が建物から出て来て、もう誰が追われているのか、誰を追っているのか分かりません。皆が左に右に走り回っています。誰か偉い人が号令をかけて収拾するまで続くでしょう。


 私達は、兵舎の影、荷物の高く積まれた人気の無い場所に隠れます。


「マイカ」


「はい」


「あなたはこのまま他の兵士に紛れて下さい」


「分かった。姉さんと一緒に居られて楽しかった。また会えるかな?」


「はい。いつでも」


 名残惜しいですが、ここで別れます。マイカがここに居るのは分かりましたから、私が会いにくればいいですね。今は、ジオさんとの集合場所に向かいます。もう待っているでしょうか。






 わたしは、ジオの言っている集合場所が分からないから、彼の後ろをついて歩く。


 その場所は一体どこで、いつ着くのか?


 集合場所に決めた場所を通った時、わたしはまだ意識が無かったので、一人ではそこに辿り着けない。真っ暗で何も無い訓練場の中を歩いていく。松明を使ったりしなければ、兵士に見つかる事はないと思う。


 ジオは、わたしが倒れた原因が魔法のせいだと教えてくれた。詳しい事は後で聞く事にしたけれど、体に紋章が浮かんでいたとも言っていた。なんとなく思い当たる事がある。


 小さい頃、年上の男の子達に命令されて、森の祠に行った事があった。


 昼でも薄暗い森を一人で歩き、祠に着いて、もっと暗い祠の中に入った。


 祠の入り口部分は木で出来た建物だったけれど、重い木の扉を開けて進んだ奥の方は、石を積んで作られた洞窟につながっていた。洞窟は、お化けが出そうで怖かったし、地面が濡れていて歩くのも嫌だった。


 泣きながら一番奥に着くと、そこに木彫りの像が隠してあった。


 大きさは花瓶くらい。子供でも片手で持てるくらいの大きさだった。何かを象っていたと思うけれど、何かは覚えていない。


 いじめっ子達は、それを持って来いと命令したから、嫌だったけれど持ち出して祠の外に出た。丁度、左手で持って脇に抱えていたと思う。もしかしたら、その像に魔法がかかっていて、わたしに紋章を付けたのかもしれない。


 祠の外に出た後の事が記憶に無い。


 森を通って帰るのが怖くて、祠の外で泣いていた。村の大人が来て助けてくれたのか、連れて帰ってくれたのか、次の記憶は、自宅の自分の寝室で目が覚めた事だった。


 像はどうなったのか覚えていない。誰かが元の場所に戻したのだろうか? 特別なものだったのだろうか? そもそも男の子達は、象を見た事があったのだろうか? 例えば長老に話を聞いて、実物を見るために、わたしに命令したのだろうか?


 像を触った子供はわたしだけだったのか…。


 悪戯もしたし、怒られるような事もたくさんした。ジオの話を聞いて、すぐに思いついたのが小さい頃のこの事だった。何か因果があるかもしれないけれど、ジオに言ったら笑われそうで、すぐには言いたくない。


 小さい頃と今を比べて思う事。


 たった今、歩いているこの訓練場は、あの時の森みたいに暗いけれど怖くはない。今は泣いたりしない。


 その理由は何なのか? 大人になったからなのか、誰かに無理強いされているわけではないからか、誰かと一緒に歩いているからなのか、よく分からない。


 今の自分が、昔の自分と違うと思うと、嫌な事も思い出としていつか誰かに言える気がしてきた。この事が紋章の魔法の謎を解くのに必要ならば、言わなくてはいけない時が来ると思った。






 自分は、尋問を始めないといけない。


 ブロという男を運べと自分が指定した取調べ室は、訓練場の外の軍本部の敷地にあった。距離は近く、歩いてすぐの場所だ。人払いをしてから中に入った。


 運び込まれたその男は、鍛えられた体をしていた。意識が無いまま椅子に座らせ、動けないように縛ってある。逃げられないだろう。顔を打ったようで、頬に怪我があるが出血は止まっていた。その頬を叩いて意識が戻るのを待つ。


 この部屋は、椅子が二つと机が一つ置かれているだけの殺風景な部屋だ。中央に机、捕まえた男と自分が椅子をひとつずつ使い、向かい合って座っている。


 窓の無い部屋で待つ間に考えるのは、何を最初に聞くかという事。それを決める前に男は目を覚ました。悩まずに言いたい事を言おう。


「目が覚めたか? 噂を流したら、お前達はすぐに探しに来たな。お前の組織はどれくらいの規模なんだ?」


 聞いてから少し待つ。返事は無い。寝ぼけているのか。


「もう一度、聞こうか。お前達は何者だ?」


 また返事を待つ。


「何も知らない。帰らせてくれ」


 男は床を見つめたまま、当然の権利を主張するように静かに言う。ここにそんな権利は置かれていない。


「そうはいかない。まず、お前の持っている情報が欲しい」


 待っても何かを話す気は無いようだ。こちらの事を少し教えてやろう。


「自分も宝石を集めている。自分以外に宝石を探している者が居るのは、お前達を見て確信したよ」


 やはり男は何も言わないか。時間の無駄だな。立ち上がり、座ったままの男の背後に移動する。


「お前達は邪魔だな」


 縛られた男は今から起きる事を予想し、立ち上がって逃げようとする。その背後に回り、立ったままで男を羽交い絞めにする。


「ちなみに噂は間違いで、あの二人は宝石を持っていなかったよ」


 男は抵抗するが、自分も鍛えている。逃がしはしない。最後に何か教えてあげようか。いや、何も教えてやる必要は無いか…。


 部屋を出て、廊下を歩きながら考える。


 組織の一員である事を示す証か何かを持っているかもしれないから、あいつの鎧や装備品は入念に調べさせよう。


 囮役の二人は、十分に役に立ったな。もう少し組織の事が分かればよかったが、仕方無いか。別の方法が必要だ。


 組織は、まだ二人が宝石を持っていると思っているだろうか?


 そうであれば、あの二人に次の追手が行くだろう。そのおかげで、こっちが動きやすくなるかもしれない。あの二人は用済みだと思ったが、始末はまだいいか。さあ、次の行動を考えなければ。

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