第8話 進路の変更

 翌朝、俺達は剣士に起こされる。


 オイルランプを消し、皆が毛布を片付ける。また森の中の一日が始まる。


「獣道を進んでもいいと思っていたが、少し迂回しようと思う」


 クローの提案に対し、エルフの剣士が答える。


「何の理由で?」


「待ち伏せがあるかもしれない」


「そういう相手という事か。こっちが追っているのは、ばれているのか?」


「追手が来るとは思っているだろう。ただし、今、自分達が追っているとは分からないだろう」


「迂回の方が安全なら、同意したい」


 剣士の同意の後、クローは残る俺達三人にも聞く。


「異論は無いか?」


「無いわ」


 弓使いが答えて、次に俺も同意する。


「構わない」


「無いです」


 最後にリージュが答えた。


 どちらが安全かなんて判断しかねる。情報が少ないからだ。俺もそうだが、反論する者は居なかった。道を外れて、木々の間を進む事になった。


「前衛だけ三列にする。30フィート」


 クローが指示を出した。


「分かった」


「分かったわ」


 エルフ二人が答えた。


 クローが盾を体の前に構え、警戒を強くする。剣を抜き、戦える体勢になる。そのまま進路を示して、木々の間を縫って進む。昨日までの道は足元を見ないでも転ばずに歩けたが、今からはそうはいかない。


 土の上に出ている木の根や石、段差も注意しないと危ない。好き放題に茂った草や枝葉が、それらを覆い隠している。棘のある草や尖った枝が鎧に当たる度、金属を引っ掻く嫌な音が鳴っている。


 エルフの二人は、お互いの安全を願って目配せをすると、左右に分かれて歩き出す。


 剣士はクローから右に30フィート離れ、正面と右方向を警戒する。右手に鉈を持ち、枝を払って進む。背中の長剣は鞘に納めたままだが、すぐに戦闘体勢を整える自信があるのだろう。


 弓使いは、左に移動する。昨日と違って左手に弓を構え、右手で矢を持っている。矢は下に向け、進んで行く。


 リージュが立ち尽くしている。


「クローの後ろ、30フィート離れて付いて行け」


 小さく頷き、彼女は歩き出すが、それを止めて声を掛ける。


「手信号を教えておくよ。今日は必要だ。三つだけ。進め、止まれ、下がれ。三種類の手の形を真似してみて」


 無言で手の形を真似している。難しくはない。


「クローが手を上げて合図したら、手の形を見て指示を読み取るんだ。もう三人が離れて行ってしまうから行って。後、探知と防御魔法を忘れないで。行って」


 また頷くと、頼りなく歩いて行く。背中に背負っている盾を構えた方がいいのだが、気付いていない。仕方無い。


 その後ろ30フィートに俺もついて、追い掛けて歩く。当然、後方を警戒しながら進む。


 皆がそうだが、毛布などの入った鞄は背負ったままだ。戦える体勢で進むのだから、歩く速度は昨日より遅くなる。長い一日になりそうだ。


 それにしても、隊列や陣形の事は組合の入会試験に出ないのだろうか? 


 地域によって慣習が違ったりするのは仕方無いにしても、共通の事も多そうだ。試験問題に出して学ばせておく事くらい考えて欲しい。構わないが、たった今の俺の仕事が増えていると思う。


 暫く進んでから、クローが右手を上げて、止まれの合図の手信号を出す。


 全員が止まり、次の指示を待つ。なんとなく分かっていたが、休憩だ。


 背負っていた荷物を下ろし、体を伸ばす。リージュの傍まで行き、声を掛ける。頭上に木々が茂っているおかげで直射日光を浴びる事は無いが、ただただ蒸し暑い。


「これあげるから。この塩を口に含んで、水を飲んで。脱水症状にならないように。疲れたでしょう。飴もあげるよ」


 疲れた表情で、言われた通りにしている。理由を考える余裕も無いのだろう。顔は汗に覆われ、肩で息をしている。遅れずに付いて来ているだけでも体力がある方だ。


 クローは地図を取り出して位置を確認しようとしているが、目印が無く、難しいようだ。日の差す方向から、なんとなく進路を予想し、迷子になっていないようには思う。


 エルフの二人は休みながらも周囲を見回し、警戒を怠らない。苦い経験があるのかどうか分からないが、間違った判断とは思わない。


 二十分程休憩して再出発する時、梟の鳴き声が聞こえて四人が木々の枝を見回す。見つけた梟は変わった姿ではない。ただ、昼間に巣穴から出て来て鳴くなんて、本来は異常だった。


 違和感は覚えたが、お互いに言葉は交わさない。この程度の事で引き返すなんてあり得ない。前進するしかない。

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