第52話 相談する三人

「街に戻ったら、何か食べたいものはあるか?」


 俺は、二人に対して聞く。


 思い返せば、昨日の朝食が最後のまともな食事だった。ずっと走り回っていて、今は日付が変わったと思う。街まではそう遠くないが、着く頃には東の空が白んでくるだろう。疲れているし、空腹だ。贅沢な朝食が食べたい。


 今の俺は、何を食べたいとかいった拘りは無い。街まで歩いている間に考え事をしたい。口々に言いたい事を言う彼女達には、少し黙っていて欲しい。何か少しでも考える事をさせておけば、暫く静かになるかもしれない。


 二人ともが三十秒ほど黙っていたが、リージュが先に口を開く。


「お肉と野菜かな。でも、何でもいいかな」


「もっと他にも考えたらどうだ?」


 俺はすぐに返事をした。もう少し黙っていて欲しい。本当にもっと考えて欲しい。

 

 続いてルオラが意見を言う。


「食べるのは、私の好きなものがいいです」


「好きなものって何だ?」


「当ててみてください」


 面倒な事になった。この問い掛けは完全に失敗だった。俺の答えが一回で的中する事を期待しているルオラは、目を輝かせて俺を見ている。夜通し走り回っていたとは思えない。


「今までに、ルオラと食べ物の話をした事が無いな。例えば、貴族達が食べているような宮廷料理なんかは好きか?」


 数多くある料理の中から、何の情報もなくひとつを当てるのは難しい。会話しながら情報を引き出さないといけない。


「前菜や魚料理なんかが一皿ずつ順に出てくるあれですね。礼儀作法の勉強のために何度か食べましたが、堅苦しくって…。段々と味が分からなくなってきます。その、あまり…」


 好きじゃないのだろうか? うまく種類を絞り込みたい。


「小麦粉で作った麺の料理が流行っているらしいけど、食べに行った事あるか?」


「お店では無いですね。嫌いではないですが…」


 家で作って食べるのだろうか? これも違うのか…。


 俺が少し黙っていると、からかうような口調でリージュが割り込んでくる。


「じゃがいもでも、適当に炒めて食べてればいいんじゃないの? 味なんて分からないでしょ?」


「ダークエルフさんには聞いていません」


 ルオラは冷たく言い返した。


「でも、じゃがいもはいいですね」


 そう言いながら、俺を見て微笑んだ。


 喧嘩になりそうで怖いが、リージュの一言は助けになった。どちらかと言うと、家庭的な料理。麺料理ではない。炒め物でもない。じゃがいもを使った料理。このあたりでは、魚はあまり獲れない。肉料理かもしれない。煮込み料理か。野菜も使いそうだ。


「その、珍しい料理だったりしないよね?」


「よくある料理です。みんな好きかもしれません」


 正直、当てられる気がしない。お菓子だってあり得る。さっきまでの騒動の疲れが効いてくる。頭が考えるのを拒否している。


「ジオさん、疲れていますね。当たらなかったら教えてあげます。食べたら元気になりますよ」


 疲れが表情に出ただろうか? 辺りが暗いせいで、俺の表情も暗く見えるのだろうか? ルオラはまだ元気そうだ。


 話しながら歩いて行くと、道の先に街の入り口が小さく見え始める。


「よし」


「答えが決まりましたか?」


「いや。ルオラの好きな料理を当てるのは、俺の宿題にしておこう。街に着くまでに、俺達の行き先を決めたい」


「そうですか。仕方無いです」


 ルオラの顔色が少し暗くなる。体を動かすのが得意な彼女は、肉料理が好きそうだ。ステーキを第一候補にしておこう。


「じっくり考えておくよ」


「じっくりお願いします」


 そう言って、彼女は街の方を見つめる。これから一緒に旅をするわけだし、話す時間はたくさんある。


「それで行き先だけど、第二城塞都市にしようと思う。といっても、今居る街から他の都市に行くにも、この都市を通るのが近道だから、一先ずの目的地だけど…」


「いいよ。それで」


「それでいいです」


 今居る街は、この国の東端に位置していて、移動するとしたら西側にしか行けない。この街のすぐ西にあるのが第二城塞都市だから、実質的な選択肢はひとつで、それを分かっている彼女達は返事が早い。


「俺は行った事が無いけど、ダークエルフ街があるらしいから、誰も知り合いが居なくてもリージュは助けてもらえるんじゃないか? 隠れるにも良さそうだ」


「あんまり行きたくないかな。悪い人も居るし」


「いい人だって居るだろうけどな。まあ、好きにしたらいいけど」


 リージュが嫌がる理由はよく分からない。何か他に理由がありそうだが、読み取れない。


「リージュは、この街に来たばかりだったよな。荷物は、まとまってるよな?」


「うん。多分…」


 彼女が多分と言った理由は、俺も分かっている。前向きな彼女が少し俯いてしまった。俺もその事を考えると溜め息が出る。


「ルオラはどうだ?」


「私は部屋がありますから、一日ほど準備の時間が欲しいです。要らない家具は換金して旅費にしたいです」


「分かった。街に着いたら、少し休んでから旅の準備を進めよう。夕方に組合に集まって、途中経過を報告しあおう。馬車を借りるから、持っていく荷物は、ある程度あってもいいよ」


「うん」


「分かりました」


 二人が黙って考え事をし始めた。俺も黙って歩く。着いたらまずは食事、そして眠る。その後に旅支度をしよう。

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