第51話 「騒ぎの後の帰り道」

 俺達の今夜の騒動は一段落したから、次の行動を考えなければいけない。


 リージュの紋章は消えて、彼女の体調はもう大丈夫だろう。組織の情報は改めて集めないといけないが、さしあたりの追手は退けた。クローは俺達への興味が薄れたようだ。あいつの手から宝石を取り返すのは今ではない。


 俺の意見としては、この街を出て一度身を隠したい。


「さて、これからの事だが…」


 今日は色々あった。彼女達を早く休ませてあげたいし、俺だって早く休みたいが、先に明日の事を決めておきたい。リージュを見ながら言う。 


「組織の追手がまた来るかもしれないから、一時身を隠そう」


「わたしは追われてた間ずっと寝てたから、あまり実感無いけれど。ジオが言うならそれでいいよ。クローもちょっと怖いし」


「ダークエルフ領へ行くのはどうかな?」


 俺の提案に、リージュが難色を示す。顔が凍ったようになっている。


「ここは人族領地の東の果てで、ダークエルフ領地は西の果てで、遠過ぎるでしょう?」


 リージュは、この街に来るのにその遠い道のりを旅して来ている。それを逆行するのは、確かに嫌かもしれない。日数もあまり経っていないのなら、尚更だ。


「どうしても行くのなら、案内します」


 かなり渋々といった様子だ。戻りたくない理由でもあるのだろうか。


「クローはそこまで追って来ないだろうし、例の研究者に会えるかもしれない」


 不意に何かが左手の服の袖を引っ張っているのを感じる。ルオラが袖を引っ張っている。


「あの…」


 何か言いたい事があるのか。表情が暗い。


「どうした。急にダークエルフ領だと遠過ぎるかな。行けないかな?」


「あの…」


 何か、はっきりとしない。


「ルオラも暫く隠れた方がいい。巻き込んでしまって済まない。一緒に行くつもりでいたが、まずかったか?」


「い、いえ。まずくありません。行きます。連れて行ってください」


 急にいつもの様子に戻る。表情も普段の通りに戻った。置いて行くつもりなんてなかった。なんだったのか。


「あのさ、一緒に行くのは仕方無いけれど。あなたのその言葉使いは何とかならないの?」


 リージュが触れて欲しくない話題に触れる。森での喧嘩を再発させる気か。


「その話、やめないか」


「でも、妹のマイカさんは普通に話してたし、やっぱりおかしいでしょう?」


「普通も何も無いんだよ。やめろって」


「ジオ。どっちがいいか、はっきり言って。森で答えなかったでしょ」


 治めようとするが、リージュは聞かない。


「ジオさん、きちんと言ってください」


 ルオラも引く気が無かった。まずいな。


「どういうのが好きかという話なら、答えるよ」


「教えて」


「教えて下さい」


「しょうがないな。例えば、丁寧な言葉で話してた人が急に気さくな言葉使いになったり、気さくな言葉使いの人が何かの拍子で丁寧になったり、変化があると面白いかな」


 二人が暫く黙ってしまう。しかし、思う事はあったようだ。


「言いたい事は分かるけれど、今その答えってずるくない? いや、ずるくありませんか?」


 リージュは腕を組み、首を傾げている。道の先を見つめて、何か呟いているが聞こえない。


「反論の言葉が見つかりませんが、なにか、誤魔化している気がします」


 ルオラは肩を落として俯き加減だ。歩調がゆっくりになってしまった。


 仕事の交渉や駆け引きのために相手の心理を読む勉強をしてきたが、この二人には正直困っている。考えの基準が商人や冒険者と違う。心理が読めない。この二人を連れて旅に出るのは大変そうだ。


 軍の訓練場の方を振り返ると、明かりが小さくなっている。騒ぎが少しずつ収まってきているようだ。俺達が原因で始まった夏のお祭り騒ぎは、終わりといったところか。


 街に戻る道に目線を戻すと、明るい街が少しずつ近づいているのが分かる。こちらは日常通りの賑やかさといった雰囲気だ。


 今日みたいな夏の夜の事を思い出す。


 仕事の休みに街の宿で過ごしている時の事。部屋の窓から外を眺めて真っ暗で何も見えなくても、不安を感じた事は無かった。漠然と安全な場所に居る自覚があったからだ。


 じっとりと湿気を含んだ夏の夜の空気に重さを感じても、以前から嫌いではなかった。そんな深い闇の時間に、一人で考え事をするのが好きだった。


 しかし、今みたいな夜道に安全なんて確保されていない。一人で歩いているとして、月が隠れて周りが暗くなったら不安を感じて仕方無いだろう。さっきまで追われていた事を思えば余計にそう思う。


 今、この二人と歩いている静かな夜道には不安を感じない。時折、月が雲に隠れて真っ暗になるが、気にならない。この二人と一緒にひとつ試練を乗り越えた事が、彼女達への信頼感を生み、闇への恐れを消している。


 一人で傭兵をしていた頃には無かった感覚で、戸惑ってしまう。


 先の見通しは立っていないが、今はこれでいい。三人で意見を出して考えるのも悪くないと思える。


 俺の中で、宝石の謎を突き止めたい気持ちは強い。しかし、彼女達は興味が薄いかもしれない。それに、安全を考えると宝石に関わらない方がいい。話し合う時間が欲しいが、リージュの言葉が割り込んでくる。


「なんか街まで遠くない? 歩くの面倒なんだけれど」


「あなたは来るとき寝ていて、運ばれて来たから楽をしたと思います。そんな文句を言う権利はありません」


 ルオラが厳しく言う。また口喧嘩が始まりそうだ。


 夏の間の短い夜は、始まったと思えば、すぐに朝の光に照らされて消えていく。そんな儚さがあるが、今夜、町に着くまでは騒々しく鬱陶しい時間になりそうだ。


 考えを改めよう。もし、そんなものがあればだが、喧嘩している人間を静かにさせる魔法を宿した宝石が欲しい。宝石を探してみるのも悪くないかもしれない。


 それに、変わり映えしない生活に別れを告げて、分からない事だらけの世界を旅してみるのもいいかと思った。

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