第53話 待っていた苦悩

 夜が明けたばかりの街に着くと、街中に人通りは殆ど無かった。


 街の広場に三人で立ち尽くし、誰も居ない街並みを見回す。


 東の地平線から出たばかりの夏の太陽は、街の城壁や家並みを照らし、黒い影を伸ばして街に模様をつける。建物の煉瓦は赤、漆喰壁は白、そこに影の黒を足した縞模様の景色は、この街の思い出になるだろうか…。


 次に戻ってくるのは、いつだろうか…。俺は、この街以外の街を知らない。行き先の街も同じような景色だろうか…。不安と期待が入り混じる。


 どの店も開いていなくて食事が出来ない事が分かると、ルオラは自分の部屋の片付けを進めると言って帰っていった。少し休んでから準備をしてくれればいい。


 俺とリージュは、宿に向かって歩く。会話は無い。この後に何が待っているか想像出来ているからだ。


「三階のお客様ですね。盗賊がお部屋に入ったようで、一緒に参りますのでお部屋をご確認ください」


 宿の受付の男は丁寧に話すが、俺達を逃がさないように控室から係員を二人呼び、三人でついてきた。俺達が先に階段を上がるように促し、逃げ場の無いように後ろに立つ。


 三階の廊下に上がると、リージュと離れてそれぞれの部屋に入る。言葉を交わす必要は無かったから、お互いに目配せをする。彼女は、もう泣いているように見えた。


「こちらがジオ様のお部屋です。昨日からそのままにしております」


 引き裂かれた寝具、横倒しのベッド、壊された机、俺の鞄も滅茶苦茶に切られて打ち捨てられている。中身の衣類や道具も辺りに散らばっている。俺達を殺してでも宝石を奪おうとしていた連中が、好き放題やった結果だ。


 予想はついていた。宝石は持っていなかったから、見つかるわけが無いのに…。


「盗賊に入られた事は、私どもの警備の不十分さも原因であると思いますが、その、申し上げにくいのですが、規則では…」


「知ってる。貴重品、私物の管理は自己責任だろ?」


「申し訳ありません。それとですが…」


「家具の修理費も俺が出すんだろ? 疲れて帰って来て、思いやられる」


「今回の場合は、家具の半額を免除させて頂きます」


「有り難う。俺、昨日寝てないんだけど、この部屋で昼まで寝てていいかな? まだ権利はあるだろう?」


 これが、俺の精一杯の嫌味だった。完全に損をしている。


「お昼までですね。かしこまりました。私物の方もお片付けください。捨てるものは、袋に入れて廊下にお出しください。処分致します」


「隣の分も俺が払うから、金額を計算しといて」


 よく働く係員は、それを聞くと一階に戻っていった。


 旅人のリージュは、持っているお金が少ないだろうから、今回は助けてやろう。横倒しになったベッドを水平に戻した時、彼女が叫んでいるのが壁越しに聞こえてきた。






 わたしは、散らばった荷物を見て泣きそうだった。


「最悪。もう最っ悪。これも捨てる。なんか嫌だから、これも捨てる」


 普段は言わない独り言を言いながら、床に散らばった私物を拾い、使えそうなものを探す。誰がどんな風に触ったか分からない。どれもこれも捨てたくなった。


「手鏡あった。でも、割れてる。気に入ってたのに…」


 誰が踏んだのか、裏面に靴の跡がついている。怪我をしないように破片を摘んで片付ける。悔しい気持ちを誰かに言いたい。全財産が無くなりそうだ。


「もう泣きそう。この家具の修理代も払うの?」


 部屋の入り口の方を振り返ると、係員は無言で頷いた。


 わたしは裁判で有罪になったみたいな最悪の気分だった。裁判官役の係員を睨んでやる元気も無かった。三階に上がった時から泣く準備が出来ていて、こんな事になっていると思っていた。あの連中を絶対に許さない。


 それにしても、探し物のためにベッドを横倒しにするのは、百歩譲って分かるとして、机と椅子を叩き壊す意味が分からない。そんな事をしても宝石は見つからない。机を踏んだ理由は何なのか? それに窓を壊したのは、何の意味があるのか?


「これは?」


 ベッドの隙間、床の色に似た地味な袋は、悪い奴らから見落とされていたらしかった。壁とベッドの隙間に手を入れ、埃にまみれたそれを拾い上げる。


 言葉にならない嬉しさだった。初仕事の報酬の金貨と元から持っていた銀貨と銅貨、全部残っていた。奇跡だと思った。


「はぁ…」


 残ったのは安物の剣と中古の盾、お金と僅かな私物。溜め息が出た。もう一度係員の方を振り返ると、もう居なくなっていた。眠いけれど、わたしもここには長く居たくない。


「仕方無い。行こう」


 気持ちを切り替えて、旅支度の買い物に行く事にした。






 私は、自宅に戻ってから、さっきの会話の出来を後悔しています。


 部屋に着いてから、私物の整理と旅支度を始めました。といっても、家具が備え付けの賃貸住宅なので、処分する物はあまりありません。


「調子に乗って、当ててみてくださいって、言わなければよかったです。ジオさんが寝てなくて、疲れていたのは分かっていたのですが…」


 普段言わない独り言を言ってしまいました。小声だから、隣の部屋には聞こえていないでしょう。


 この一輪挿しの花瓶は気に入っていたのですが、持っては行けません。あまり使ってはいないですが、買い集めた調理器具や食器も処分しないといけません。姿見の鏡は、それなりの値段で買ってもらえそうです。


「はぁ…。好きな食べ物がいいですって、今思うと恥ずかしい発言です。ジオさんは呆れているでしょうか?」


 そういえば、ジオさんの好きな食べ物は何でしょうか? 私と一緒だったらどうしましょうか…。


 調子に乗ったらいけません。暫く食べ物の話は控えようと思います。

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