第70話 赤い石を知っている
「馬は譲れない」
村長は申し訳無いといった表情で言った。
「旅を急いでいて、何とかならないか? 金は払う」
一度断られても諦めてはいけない。
「済まないな。冒険者には世話になっているから、何とかしたい気持ちはあるが…」
「老いた馬でも、力の弱い馬でもいいんだ」
「今は農作物の出荷の時期を控えている。一頭減るだけで村の荷役に支障が出る。ここは裕福な村では無いんだ」
「そうか…」
時間があれば、一度馬を借りて次の町に行き、返しに来るような事も出来るが、今の俺達には無理だ。馬を借りるだけで金貨を何十枚も払うような経済的余裕も無い。
「明後日になれば、この村で祭りがあるから、近くの町から人が来る。馬に乗ってくるだろうから助けてもらえるだろう。君らの馬車まで食料を運ぶくらいなら手助けさせてもらうよ」
明後日では無理だ。待てない。
「そうか。この近くに他に村が無いか教えてもらえないか? 急いでいる」
「あるにはあるが、同じ理由で馬は借りられないだろう」
どうしようか…。
馬を手に入れるのは諦めて馬車の荷物は置き去りにして、持てる荷物だけ持って、歩いて先を急ぐか? 駄目だ。追い掛けてきていた場合、すぐに追いつかれてしまう。
それなら、この村に隠れていて、追手が通り過ぎるまでやり過ごすか? これも駄目か。怪しまれて追手が村まで来た場合、この小さな村に隠れているのは難しい。
村長達に礼を言って馬車に戻る事にする。
村の外へ出ようとすると、広場に馬が入ってくるのが見えた。馬から降りた男女が村人と話を始めた。
馬に載せている荷物が多いから、この村の住人ではなく旅人だろう。ただの旅人であればいいが、追手かもしれない。他の村人が数人近づいていくから、その数人に紛れて近づき、話を聞こう。
「お祭りは明日ですか?」
旅人であろう男が聞いた。
「いや明後日だ」
村人が淡々と返した。
「一日、間違ってたか。どうしようかな…。ここで泊まれますか?」
「宿は無いが、泊まるだけなら相談に乗れる」
「この村で、赤い石は見られますか?」
「それは隣の村だ」
「違うのか。どうしようか?」
「面倒な事は村長と話して欲しい」
こいつらは、お祭りを見に来た観光客の夫婦と判断してもいいかもしれない。武器らしい武器を持っていない。人を探している風でも無かった。この二人から馬を譲ってもらうのは難しそうだ。
しかし、それよりも気になるのは、赤い石という言葉。何の事なのか?
二人の旅人は、案内されて村長の家に行く。集まった村人はそれぞれ立ち去っていくが、一人を呼び止めて話を聞く。
「さっきの話に出て来た赤い石って、どんなものなんだ?」
「隣の村にあるっていう珍しい石だ。お祭りの時だけ見られるんだ。一回だけ見た事があるが、詳しい事は村長に」
「有り難う。済まないが、もう一度村長に取り次いで欲しい」
追手が来る心配はあるが、俺は村長に話を聞くために戻る事にした。
「それはもう無い」
村長の家から旅人二人が立ち去った後、入れ替わって中に入る。村長に嫌がるような素振りは無く、俺の質問には単純で明快な答えが返ってきた。そして俺が聞き返す。
「無い?」
「隣の村にあったのは間違いが無い」
「その、詳しく聞きたいです」
「ふむ。いつからあったのかは知らない。ずっと昔から大事に祠にしまってあった。一年に一回、村の収穫祭の時だけ外に出して、皆が見る事が出来た。
見るだけで良い事があるという言い伝えがあって、さっきの夫婦みたいに新婚の者が観光がてら見に来る事が多かったそうだ。収穫祭は賑やかだしな」
「村長は見た事がありますか?」
「ある。最初に行ったのは、妻をもらった時だから随分前だ。後で禁止になったが、その時は触る事も出来た。
特別な石だった。本当に変わっていたよ。見た目からして高価そうな赤い宝石だったが、持ち上げて光にかざして見ると中に絵が映るんだ。誰かの魔法がかかっているんだと思う」
「それは、それはどんな風でしたか?」
「不思議だった。石は小さくて赤いのに、とても大きい湖と青い空が中に見えるんだ。珍しいものだから、見ただけでいい事が起きてもおかしくはない。おかげで、うちの村はずっと不作が無いよ」
「それが、もう無いというのは?」
「祟りがあったんだ」
「それは一体?」
「水に濡らすと祟りがあるっていう言い伝えも一緒に伝わっていたそうだ。誰も何となくしか信じていなかった。だが、何年か前に祭りの最中に雨が降って、不注意で少し濡らしてしまった。その時に傍に居た皆が苦しんで寝込んでしまったそうだよ」
「誰か死んでしまって、石は処分してしまったんですか?」
「いや、そうじゃない。寝込んでしまった奴らは、幸い数日で良くなったそうだ。それでも祟りを皆が怖がってしまって、もう外に出さないように決めたらしい。そんな折にそれを買いたいって人が現れた」
「売ってしまって、村にはもう無いと?」
「大切な宝物だったと思うが、祟りは怖いしな。村人全員で決議を取って、売れるんならって売ったそうだ。額までは知らんよ」
「お詳しいですね」
「先代の村長が何度も相談を受けてたのを見てたよ」
「お話有り難うございます」
村長の家を後にし、そのまま村を出る。
話に出てきた石は、間違いなくあの宝石の一種だ。何も知らなければ、村長の話の大半は嘘だと思うだろう。知っている俺は、全てが真実だと言い切れる。
いつ、どこで、誰が見つけて祠に祀ったのか? それは村長も知らないかもしれない。
中に映る絵の意味は? 祟りとは? 宝石の隠された力が発動したとしか思えない。
濡らすと毒でも出るのだろうか? 湖と空の絵との因果は想像もつかない。
石を買って、今持っているのは誰なのか? クローか? 組織か? これも分からない。僅かな可能性として、どちらでもなく珍品の収集家が買っていったとも考えられるが分からない。
確実な事は、宝石は知る人ぞ知る存在ではないと分かった事。
真の価値を見出していなくても、この村のように一般民が見て触っているものである事。これは宝石が世界中に散らばって、たくさん存在している事を想像させる。本当に百個以上あるのか?
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