第71話 選択を迫る

 ルオラとリージュの所に戻り、村での事を全部説明する。


「馬は駄目だったの?」


「追手はすぐに来るんですか?」


 二人は不安を隠さない。その表情が曇る。荷台の屋根の影に座って休んでいた二人は、影の下から出ずにこちらに身を寄せてくる。


 晴天の空では太陽が高く昇っていて、もう昼頃だ。馬が手に入っていて、たった今出発したとしても次の宿場には今日中に着かない。宿場町に着かずに野宿しているところへ夜襲される恐れがある。


 荷台の横の日向で、俺は額の汗を拭い、深呼吸する。


「追手が本当に来ているか、どこまで来ているか、クローの手の者か、組織の者か、あの馬泥棒と関係があるか、全部分からないんだ」


 二人は黙って聞いてくれる。


「選べる手段はふたつ。追手が来る事も想定しておいて、先に旅人が通りかかるのをここで待つ。或いは、荷物を捨てて宿場町まで歩く」


 このふたつの提案には、それぞれに利点と欠点の両方がある。黙って聞いていた二人も、同じ事を心配しているに違いない。


 もし、追手がまだ離れた所に居るとしたら、先に旅人が通りかかって何の心配もなく宿場町に着けるかもしれない。


 宿場に着けば、人目があって追手だって俺達を襲いにくい。町から町へ巡回中の警察官が偶然居たりすれば有り難いし、正義感の強い誰かが助けてくれるかもしれない。武器が補充出来る事も町に着きたい理由だ。しかし、町の人を巻き込む事に抵抗が無い相手が襲ってきた場合、多大な迷惑がかかる。


 追手が先に来た場合、俺達は待ち伏せの形になるが、そいつらが俺達の手に負える人数なのか、手強い相手なのかどうかも分からないから、勝てるかどうかは分からない。ここで倒してしまえば、当面の間は安全に旅が続けられる。しかし、負けてしまったらお終いだ。


 歩いて行く場合は、誰かに頼る事なく確実に宿場町に近づいて行く事が出来る。しかし、追いつかれた場合は、体力を消耗した状態で戦う事になるし、待ち伏せの形は取れないだろう。


 二人は黙ったままだった。楽しい旅にしようなんて浮かれている場合じゃなかった。


 俺は治療魔法が得意だが、正面切った戦闘は得意としない。


 俺が一人で追われていたとしたら、切り札の毒で最低でも一人を眠らせてから馬を奪って逃げるだろう。風の魔法で身を守りながら、全員が追ってこられないように他の馬も数頭を毒で眠らせる。その後は逃げながら考える。


 俺一人の事を考えるだけならこれでいいが、今は一人じゃない。今は三人で考えないといけない。馬を三頭奪うとして、不意を突けるのは最初だけで、二頭目の馬を奪うには格闘戦になるだろう。逃げ出すのに時間が掛かれば、囲まれて不利になる。


 他の方法を考えないといけない。黙っている二人の意見が聞きたい。






 もし私が一人で追われていたら、どうしたでしょうか?


 私はいつも無難で堅実な選択をしてきました。今までの私だったら、こんな状況になってさえいないと思います。


 だから、こんな風な予測のつかない状態で、どうしたらいいか分かりません。私一人でも、並の兵士が数人なら勝てるでしょう。もし、勝てないような人数に襲われたら、勝てないような強敵に出会ったら、そう思うと今は不安でたまりません。


 私は、堅実で真面目な自分が嫌になったのか?


 ジオさんに付いて行くと決めた時、違う自分になりたかったわけではありません。でも、もしかしたら本当は少し変わりたかったのかもしれません。どんな風になりたいかなんて、想像も出来ませんが…。


 突然の悪い出来事や不安定な状況でも冷静さを保っていられる自分になれたら、困った状況を少し楽しんでいるくらいの心の余裕を持てたら、それは私が少し成長したと言えるかもしれません。


 本当は私が一番戦いに慣れているはずですが、今は怖いです。訓練場で逃げ回っていた時は、こんな風に思いませんでした。元々は仲間であった兵士達に恐怖は感じませんでした。話せば分かってもらえると思って、深く考えていなかったからでしょう。


 この状況なら、二人は私を頼りにしているでしょう。期待に応えられるでしょうか?


 いいえ、応えないといけません。二人は魔法使いですから、私が先頭に立たないと。声には出せませんが、戦う覚悟は決まりました。でも、誰か私の代わりに戦うと言ってください。






 わたしが一人で追われていたら、どうしたか?


 人族領地の西の果てにあるダークエルフ領地を旅立った時、自分の事は全部一人でしないといけなくなった。村からの出発の時に、いざとなれば一人で戦う覚悟は決めていた。一人旅の終着地点、東の果ての第三城塞都市に着いた後、試練が襲ってきた。


 蒸し暑い森で倒れ、ジオに看病されていた事、紋章の魔法で動けなくなり、ジオとルオラに守ってもらった事、どっちも一人では乗り越えられなかった。わたしの覚悟なんて大した事なかった。


 今考える事は、三人で新しい試練を乗り越える事。一人で何とかしようとせずに二人を頼っても大丈夫だという事。わたしは戦えるよ。怖いけど、怖くないって言えるよ。






 俺は黙って二人の顔を見ていた。


 不安でいっぱいの顔付きが途中から変わって、引き締まった表情になったのが分かった。寧ろ力が入り過ぎているくらいだった。戦うつもりだと読み取れる。


 俺自身が冒険者の新人として、初仕事をした時の事を思い出す。仕事の前から肩に余計な力が入っていて、誰かの冗談で楽になったのを覚えている。その時の仕事は、それで上手くいった。今の俺に必要なのは、こういう事かもしれない。


「よし、覚悟は決まったな。逃げるから荷物をまとめてくれ」






 わたしは、ジオの言葉を聞いて、ルオラに合図を送った。


 真面目なジオが慣れない事をしている。


 これだけでもう面白い。からかわずには居られない。前髪で顔が少し隠れるようにして、下を向いて笑顔を見せる。ジオに見えないように、ルオラには見えるように。そして、わたしは目一杯、冷たい声で言う。


「お別れだね。ジオ。わたしはここで戦うから」


 ジオに背中を向けて、ルオラの言葉を待つ。


「あなたは本物のジオさんじゃありません。いつの間にか入れ替わっていたようですね。許しません」


 剣の柄を握って冷たく言った。いい演技だと思う。ジオは何て言うかな?


「嘘だろ」


 一言だけ言って固まってしまったか。もう少し狼狽えて欲しかったけれど、やり過ぎは良くない。


「ふふ、で、作戦は?」


 ジオの顔が見たいけれど、振り返らずに聞く。わたしの前には、次の町へと続く道が見えていて、明日もまたこの道を進む自身の姿を想像出来ていた。


「本物のジオさん、早く作戦を説明してください」


 ルオラは、剣から手を放して言う。


「あ、ああ…。作戦な。えっとな…」


 ジオの声が疲れている。ちょっとやり過ぎたか? せっかく決意が固まったのに変な事するからいけない。


「ふふ、まあいいか」


 やり過ぎたけれど、まあいいか。思わず声に出てしまった。ルオラの方を見ると、これで良かったの?と目で訴えてくる。ちょっとやり過ぎたと、苦笑いで返す。


「ジオさん、元気を出してください」


「ああ」


 ルオラの慰めの言葉に少しだけ吹き出してしまう。わたしとルオラには、もう暗い空気は無くなった。ジオの狙った通りになったでしょう?

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