第72話 彼の考えた策
俺の考えた作戦を説明する。
道の傍に停めた馬車に、俺一人が残って野宿する。今日の夕方にここに着いたように装って焚火もするし、一人旅に見えるようにする。ルオラとリージュは、近くの森に隠れていて、こっちの様子を見ていてもらう。
追手以外の旅人が偶然通りかかれば、助けを求めて宿場町に向かう。月明かりがあれば、頼み込んで夜通し馬を走らせよう。
町に着いた後の事は、まだ決めておかなくてもいいが、幾つか考えはある。当然、馬を手に入れてからだが、宿場町を離れて隠れ、追手をやり過ごすか、追手が思いつかないような経路、例えば草原をゆっくり進んで目的地を目指す事もやってみていい。
追手が追いついてきた場合、昼にせよ夜にせよ、俺を見つけて仕掛けてくるだろう。離れた所にいるルオラとリージュは、相手の様子や人数を見て加勢に駆けつけて欲しい。二人には寝ないで見張ってもらう必要があるが、交代で仲良くやって欲しい。
悲観的になっても仕方が無い。まずは気楽に待とう。
「追手が来ていると決まってるわけじゃない。きっと誰か良い奴が通りかかるさ」
ジオは明るく言った後、わたしを傍に呼んだ。
ルオラに聞こえないように、耳打ちしてくる。
「追手が手に負えない人数だった場合や、俺達より実力が上だと判断した場合は、二人で逃げるんだ」
ジオはきっと、最悪の場合を想定している。わたしは返事をしない。
これって、後で内容をルオラに聞かれるよね。何て言われたかを何て説明しようかな…。
「何も無くても、明日の朝までは隠れて見張っていてくれよ。さあ、荷物をまとめて行ってくれ」
ジオは、今度はわたしとルオラに対して言った。
鎧を身に着け、武器と鞄を持って森に向かう。ルオラと並んで歩く。
馬車から十分離れたところで、ルオラが聞いてくる。
「ジオさんは何て言ったんですか?」
「森に着いたら話すよ」
秘策を授けられたと言って誤魔化すか? どうしようか。でも、隠し事はしたくない。
森に着いたら隠れ場所を作る。
馬車と森の間には農地が広がっていて見通しはいい。森の縁を歩いて、二人が伏せて隠れていられる場所を探す。草を少々刈り払って居心地がいいようにしたら、道の方から見えないように姿を隠す。うつ伏せに二人で寝転んで、刈らずにおいた草の隙間からジオの様子を眺める。
ジオも馬車も指先くらいの小ささに見える。焚火の準備を始めるジオは、小さいお人形が勝手に動いているみたいで可愛らしい。
「うん。ここでいいね」
「敵が来たら、畑の真ん中を走らずに、少し左の小道を走りましょう。躓かないで走れそうです」
「うん。暗くなったら足元が見えないしね」
「後で、ジオさんに頼まれた工作もしないと…」
「うん。わたし、器用じゃないけれど、ルオラはどう?」
「私もあまり…」
「槍を投げたら、ここから届きそう?」
「届きそうです」
「本当に? 凄いね。わたしだと届いて半分くらいだよ」
「練習すれば届きますよ。力が無くても出来ます」
「そうなんだ…」
ルオラは森に着くまで黙っていて、着いてからも聞きたい事を聞いてこない。わたしが話すのをじっと待っている。
さっきの会話に意味なんて無い。確認し合わなくても分かっている事ばかりだ。小道を走るつもりで隠れ場所を選び、彼女が槍を投げて届きそうな距離だからここにした。
目を見れば何を言おうとしているかお互いに分かって、頷くか、首を横に振って返事をすればよかった。本当にしたい話があったから黙っていたし、他愛ない会話をした。
わたしは寝転んだままルオラの傍に寄った。鎧の肩と肩が当たって、小さな金属音を立てた。
「ジオがね、自分が死にそうになったら、二人で逃げろって」
気持ちの整理がつかないから、彼の耳打ちをわたしの言葉に変えて彼女に伝えた。彼女がどんな反応をするか試してしまった。
これを言ったら、ルオラはジオの所へ走って行くと思っていた。わたしが止めようとしても振り払って行くと思っていた。だから、立ち上がる前に押さえつけられるように、近くに寄っていた。
彼女は予想と違って、落ち着いた声で話し始める。
「本当は、ここに居るべきなのはジオさんです」
その通りだった。治療の魔法が使えるジオが隠れているべきで、怪我をしても治してもらえるわたし達が囮になるべきだった。
「ジオさんの真意は分かりませんが、次の宿場まで歩いて逃げると言ったのは間違った判断ではありません」
彼はこの逃避行を少し楽しんでいるのだと思っていたけれど、わたしより具体的な不安を抱えていたのかもしれない。追手に戦いを挑まれて負けてしまう恐怖を。
「ただ、ジオさんがあそこに残ったのは、負ける前提ではありません」
彼は追手を倒す策を考えていた。一人では出来ない内容だった。三人で力を合わせないといけないけれど、彼はそう言わなかった。わたし達が逃げる事を選んでもいいように。
「ジオさんは、私達が逃げてくれるのを望んでいます。半分だけ」
わたしも同じ意見だった。村から帰った時の彼の表情は暗かった。馬が手に入らなかった時に、彼は覚悟を決めていたのだ。
「私達が無事なら、ジオさんにとっての勝ちですから」
まだ追手が来る気配は無いけれど、彼女は馬車の方から目を離さない。
「はぁぁ…」
わたしは溜め息を我慢出来なかった。
「それで、ジオが死んじゃって、わたし達だけが生き残って、それってわたし達の勝ちなわけ?」
「そんなわけないですね」
「はぁぁ。じゃあもう、ジオの作戦で戦うしかないって事でしょう? わたし達がジオを死なせないように。ジオを死なせなかったら、わたし達の勝ちでいいよね?」
「そうです。そうなんですが…」
「そう。ちゃんとルオラの意見が聞きたい」
「ジオさんの考えたのは、奇策だらけです」
治療魔法兵士のジオが矢面に立って接近戦に挑む事、わたしの切り札を主力に使う事、格闘戦に一番向いたルオラを温存しておく事、どれもこれも信じがたい提案だった。
「そう、それ」
「まあ、こちらが三人しか居ないので、相手がこちらより大人数なら正攻法で来る事は予想出来ますから、奇策が当たれば圧勝です」
彼は、やはり苦境を楽しんでいるのかもしれない。そうでなければ、こんな作戦をやろうとは言い出さない。
「なんか、ジオに遊ばれてるみたいで腹が立つ」
「ある程度の規模の集団に三人で追われているのは、苦境以外のなんでもないのですが、それでこんな綱渡りのやり方をするのは…」
「ちょっと呆れた?」
「いえ」
今はルオラをからかっている場合ではない。詮索はしないでおこう。
「他に何も思いつかないから、ジオの作戦でやるけど、わたし達が逃げ出さないのを分かった上で変な作戦させられるのは、頭にくる。これって、本当に遊ばれてるよね?」
「命懸けなので、ちょっと、少し、ほんのちょっとやり過ぎかもしれません」
「はぁ、追い詰められても村で馬を盗んでこないとことか、悪い奴じゃないんだけれど。なんかこう、納得出来ないというか…。はぁぁ、後で意地悪してやろうね」
「後で、そうですね」
ルオラは少し首を傾げて微笑んだ。どこまでが彼の手の内か分からないけれど、戦う決意は固まった。悔しいけれど。
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