第73話 剣が得意でない男

 俺は焚火の準備を終えて、俺の分の夕食を作る。


 あの二人には悪いが、温かい食事を作っている方が旅人として自然だろう。この数日間は無かった静かな時間を過ごす。


 明るいうちには誰も通りかからなかった。暗くなれば、もう期待は出来ない。日が暮れてから来るのは敵だけだ。


 もし今夜中に追手さえも来なかったら、明日は歩いて出発かもしれないから、少しは寝ておきたい。馬車の荷台で横になって体を休めよう。


 どれくらい時間が経ったか分からない。少しの間、眠っていた。東の空が白んでくる様子は無いから、まだ深夜だ。頭が冴えて、さっきまで思いつかなかった事に気が付く。


 誰も通らないのはおかしい。ここを通る旅人を誰かが妨害しているとしたら?


 溜め息が漏れる。もしそうなら待っている意味は無い。旅人が通りかかる事は無い。そして、おそらく夜明けまでに追手が襲ってくる。


 よくよく考えれば、善良な旅人とそれに扮した追手を見分ける事も難しい。戦って身を守る以外に選択肢は無かったという事だ。


 探知魔法を使っているから、誰かが近づいて来るのは把握出来る。起きた時に嫌な予感は無かったが、準備をしておく事にする。松明に火を点けられるように焚火の火を強くしておこう。


 鎧の留め金を確認し、締めてある紐をきつく結び直す。武器や道具を取りやすいように並べておく。目を閉じずに馬車の荷台に横になる。慣れているが、鎧を着たまま寝るのは、寝心地が良くない。ゆっくりと呼吸をする。


 今はあまり考え事をしたくない。俺のやる事は、ここで剣を持って慣れない戦いをする事だけだ。


 暫く経ってから、予想通りにそれはやって来た。


 五人か。思ったより少ないな。


 乗ってきた馬は離れた所に繋いであるのだろう。音を立てずに歩いて近付いて来る気配がある。人が傍まで来ると虫や蛙が鳴き止むから、その事だけでも誰かがこっちに近づいている事が分かる。それに加えて探知魔法があるから疑う余地は無い。


 追手に気付かれないように静かに深呼吸をする。緊張感は頂点に達していて、手の平に薄っすらと汗が滲むのが解る。始まってしまえば体が勝手に動くので、気持ちは楽になっていく事は知っている。戦いが始まる前の待ち時間は、いつも嫌なものだ。


 ある程度まで近付いてきたら、荷台から降りて松明に火を点ける事にしよう。


 何も知らないような口ぶりで人影に問い掛けてみる。


「どうした? 何か用か?」


 少し待っても返事は無い。荷台から降りて焚火に近寄り、松明を灯す。


「どうした? 困り事か?」


 この言葉にも返事は無い。俺を捕まえるのか、殺そうとしているのか分からないが、話し合いに応じる気は無いようだ。おそらく一斉に襲いかかってくるつもりだろう。


 馬車の傍に戻った俺は、背後から襲われないように馬車の荷台に背中を寄せている。剣も盾も待たずに片手に松明だけを持って立っている。


 追手に追われていなくても、強盗に襲われる事だってあるから、武器を手にしていても不自然ではないが、今はまだ呑気な旅人を装っている。出来る限り敵を油断させたい。


 近づいてきた五つの人影が、松明の明かりで見え始める。鎧を着込み、剣を持った五人の敵は、半円状に並んで俺を囲んだ。その距離は、お互いが剣を振っても剣先が当たらないくらいの距離。


 ひと呼吸してから、そのうち二人が同時に正面から斬りかかってきた。俺の戦いは静かに始まった。


 二人が相手でも、身を守るのは簡単だ。


 荷台に用意してあった油の袋から中身を出し、風の魔法で油の粒を数十個ほど空中に舞わせる。揺れながら宙に浮かぶ丸い粒は、ひとつひとつが西瓜の種くらいの大きさに調整した。松明を振り回して火の粉を飛ばし、全部に火を点ける。


 周囲が急に明るくなり、油の燃える嫌な臭いが漂う。それを風の魔法で相手に向かって飛ばした。空中に突然現れた火の玉は、二人の敵の鎧や服に火を点ける。


 だからといって、訓練された奴等は止まらない。燃えながら踏み込んで斬りつけてくる。それでも剣捌きが極端に鈍ったのは見えていた。


 風の魔法で向かってくる剣の速度を落として一撃目を躱したら、すぐに次の防御に使う油をまき散らす。体が燃えている敵二人は、火を消そうとして間合いを取った。


 俺を囲んでいる五人は、簡単に俺を倒せないと気付き、剣を構えたまま立ち止まった。


 たった今始まった戦いは、すぐに膠着状態になった。今の俺は、この事について考えない。俺の考えた策は、全部あいつらに預けておいたからだ。

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