第74話 初撃
交替で寝ていたわたしは、ルオラに起こされる。
「起きて下さい。敵が来ました」
薄暗い森の中に二人で隠れて待っていた。明るいうちは、見つからないために横になっていないといけなかったけれど、暗くなれば関係無い。
昼間の木々は、葉は緑、幹は茶色、花は黄色と色とりどりだったが、今は殆どが黒一色に見える。わたし達は、持っていた服の中でなるべく黒っぽい服に着替えて潜んでいた。二人で起き上がって座り込み、状況をよく見る。
「よし、始めよっか」
わたしの切り札の飛び道具なら、ここからジオを援護出来る。
山なりの軌道で投げる槍とは違って、水平に飛ばす事が出来るから、命中までの時間が短い。打ち出した後、ある程度は魔法の風で誘導出来るので命中しやすい。飛んで行く鉄の粒は小さいから目立たない。
ただし、誘導している間は、次の粒を飛ばす事が出来ない。威力が小さいから敵の頭に当てないといけない。粒を見失うから、ここから大きく移動出来ない。
「敵は、はっきり見えますか?」
鉄の筒を構えたわたしの横で、ルオラが聞いてきた。
「無理。あれを使おう」
ジオが焚火の火を強くしたけれど、敵からは少し遠い。ジオが持っている松明は、ジオが振り回すから周りが把握しにくい。安定した明かりが欲しい。
この事は、ジオが予想していて準備をするように指示されていた。だから、明るいうちに工作をしていた。
二人で作った凧は、改めて見ると酷い出来だった。
やや真っ直ぐな木の枝と明らかに湾曲した木の枝をなんとなく菱形の形になるように縛って作った骨組み。これは本来、曲がっても折れない柔軟な木材を細く軽く切って作るものだ。
風を受け止める帆にあたる布は、古くなった毛布を使ってある。こちらも本来は、軽く丈夫な帆布を使うべきだった。重くて飛びそうにない出来栄えの凧には、長い鎖がぶら下がり、松明が五本も括られている。
操作に使う軽い凧糸なんて無いから、これもまた重い紐を縛ってある。もしかしたら、その辺の家の扉の方が軽いかもしれない。
「うん。わたし達にしては良く出来てる」
「飛んだら不思議なくらい重いですが、墜落しても絶対に壊れそうにないですね」
松明に火を点けた後、ルオラがしっかりと紐を握る。
紐は、太い木の幹に引っ掻けてあるから、ルオラの負担は小さい。それでも彼女は、綱引き競技をやるみたいに紐を持ったまま体を逸らせている。これから強い風が起きると予想しているからで、わたしもそれがいいと思う。
周囲の空気を集めて凧の帆にぶつけるような想像をして風の魔法を使う。近くの木や草、ルオラの服が風で大きく揺れる。本来ならば空に上がるはずのない重い凧は、わたしの魔法で強引に舞い上がる。
森の傍から上がった凧は、ルオラが紐を次々と伸ばしていくので、すぐにジオの真上くらいに届いた。高さは三階建ての建物くらいの位置だった。凧からぶら下がった松明は十分に明るく、ジオの周りが良く見えるようになった。
「こっちで松明に火を点けたのは、敵から見えたと思います。二人来ますよ」
明るくなった馬車の傍で二人の敵が振り返り、こっちに向かって走り出したのが見えた。
「大体は予定通りかな。ルオラ、隠れてて」
「分かりました」
ルオラは、握っていた紐を近くの木に縛りつけると、わたしから少し離れた場所にしゃがんで隠れた。
本来であれば、飛び道具を使うわたしを剣士から守るのがルオラの役目だろうけれど、今は違う。
遠くの敵をよく狙って集中しているわたしは、戦場の全体が見えにくいから、わたしの隣にルオラが居て周囲を見回していて欲しいのだけれど、今は違う。
ジオにとって脅威となる敵に順番を付けて、誰から狙うかをルオラに決めて欲しいのだけれど、ジオの指示は違っていた。
わたしは、鉄の筒に鉄の粒を押し込んでしっかりと握り、片膝を立ててしゃがんだ姿勢で筒先を敵に向ける。狙う順番は私が決める。
剣を持ってこっちに走ってくる敵が二人。この二人は、わたしにとっての脅威となる。ジオの周りを囲んでいる敵が三人。この三人がジオにとっての脅威だ。
ジオの周りの三人は、突然現れた頭上の松明が何の為なのかを考えないといけないけれど、すぐには分からないと思う。自分達にとって不利になると判断した時、松明を消しにかかるなり、凧を壊すなりの行動に出るだろう。今はまだ、そんな様子は無かった。
走ってくる二人は、明かりを離れて真っ暗な中に居るので、凧の明かりで利益も不利益も無い。わたしを探しに走ってくる。凧の紐が頭上にある事に気付いた様子も無い。最初に狙う敵を、この五人のうちから選ばないといけない。
敵を狙う順番はわたしに一任されていて、ジオは何も指示しなかった。だから、わたしが一人で決めた。
迫ってくる二人は畑を走っていて、足取りが遅い。最初の獲物は、ジオの傍に居る三人のうちの一人にした。ジオから一番離れていて、飛んで行った鉄の粒が間違ってもジオに当たらないような位置に居る奴。鉄の筒先をそいつの兜に向けた。
鉄の筒の後ろ部分に人差し指を近づけて魔法を使う。魔法で起こした風は、筒の中の鉄の粒を押し出し、筒先から勢いよくそれを発射する。
筒の内側には螺旋状の溝が切ってあるから、鉄の粒は、ねじを回すみたいに回転しながら飛んで行く。敵に当たる前に手応えがあった。わたしは、薄っすらと笑っていたと思う。
わたしの方に背中を向けてジオの方を見ていた敵の鉄兜、その後頭部に鉄の粒は命中した。当たった瞬間、火花が散った。金属音が鳴り響き、そいつがゆっくりと倒れていく。気絶したのだと思う。
これで戦場は一変した。
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