第75話 別の敵
ジオの前に居た三人のうち、残った二人は何が起きたか分かっていないと思う。
顔を見合わせてから倒れた一人を見る。弓矢で狙われたわけではないが、近くに誰かが寄って来ているわけでもない。どうしていいか分からないからだろうけれど、ジオから数歩離れたのが見えた。これで暫くの間、ジオは無事だ。
ジオの表情は遠くて見えない。自分の策が上手くいったと思って微笑んでいたりしたら、後でからかってやらないといけない。
ルオラは隠れていてどこに居るか分からないけれど、驚いているかもしれない。本来なら走って近寄って来る二人を先に狙うのが当然の判断だろうからだ。心配させたのなら、後で謝らないといけない。
こっちに走って来ていた二人は立ち止まっていた。飛んで行った鉄の粒が二人の傍を通過したせいで驚いたのだと思う。
「何だ、今のは?」
「知るか」
暗いから表情は見えないけれど、そう言ったのが聞こえた。振り返って見て、一人が倒れたのが分かると、顔を見合わせていた。その後、自分達が向かって行く正面に原因があると分かったのだと思う。改めてこっちに走ってきた。
この敵が逃げるようならどうしただろうか? 後ろから攻撃する? 逃がす? もしかしたら逃げ始めた方が判断に困ったかもしれない。
走って寄ってくる敵は、的として大きくなってくるわけだから狙いやすい。だけれど、走っていて全身が揺れているから、さっきみたいに頭を狙って気絶させるのは難しい。違う方法を取ろう。
鉄の筒にふたつ目の粒を込める。すぐに狙いを定めて魔法で発射する。
ふたつ目の粒は、走ってきた敵の胴体に命中した。鎧の胸の部分に当たり、大きな火花が散った。息が詰まったのだと思う。大きくむせ込んで、その場に倒れた。暫く立てないだろう。
三つ目の粒を筒に押し込んだ時、敵はすぐ傍まで来ていた。数歩の所まで来ていて、目を凝らして茂みに隠れたわたしを探している。わたしは息を殺して潜んで待つ。
「どこだぁあ」
見た事の無い攻撃に晒されている恐怖。一人になってしまった恐怖。暗闇に居る恐怖。どれもが敵の重圧となっている。闇雲に剣を振り回し始めた。
その剣は、わたしには当たらないけれど、枝葉が払われたせいで見通しが良くなり、凧を繋いでいる紐が見つかってしまった。
敵は黙っていたけれど、もしわたしが相手の立場だったら、何だ、この紐は? そう言ったと思う。
敵は、わたしが居るかもしれない事を忘れた様子で紐の傍に向かう。草や枝を手で掻き分け、音を立てるのも気にしていない。潜んでいるわたしの目の前を歩いて行ったから凄く怖かった。
凧の紐を切られたら困るのだけれど、この敵はわたしを見つけられない事で苛立っていただけだと思う。誰が不利になるとか悩む様子は無く、剣を振りかぶって紐を切ろうとする。
剣を高く振り上げたけれど、剣を振り下ろす風切り音は鳴らない。わたしの放った鉄の粒が兜に当たり、金属音だけが鳴り響いた。
わたしは森から飛び出すと、胴体を手で押さえて呻いている敵の傍に行って頭を蹴り飛ばす。ずっと気絶していて欲しい。すぐにジオの方を向き直り、そこから数歩近寄ってしゃがみ込む。もう四つ目の粒を筒に込めてあった。
ジオがまた油を使ったみたいで、敵の一人は鎧についた火を手で叩き消していた。肌や髪が燃えても仕方が無いけれど、目を守らないといけないから時間稼ぎには丁度いい方法だ。
もう一人は短剣を取り出し、上を見る。投げつけて凧の紐を切ろうとしている。
他に魔法使いが居なければ、わたしは凧に送る風を操作しながら他の事をしないといけなかった。でも、わたしが凧の操作をしたのは最初だけだった。ジオの決めた通り、ジオの頭上に凧を動かしたら、後の操作は真下のジオがやっていた。
凧は安定して同じ位置にあったけれど、敵が短剣を構えた直後から揺れ出した。あれでは紐を狙って短剣を投げられないだろう。
「見つけましたから、行ってきますね」
隠れていたルオラが近くに来て小声で言った。
ジオが囮になり、わたしが離れた所からジオの周りの敵を倒す作戦だった。後はルオラの仕事が終われば、全部作戦通りに片が付く。
私は、別の敵をずっと探していました。
ジオさんの指示は、別動隊が居ないかどうかを警戒して欲しいという事でした。
全員で何人か分からない追手が、最初に五人を向かわせて大人数の本隊を隠していた場合、私達は圧倒的に不利になります。街を出たのが早かったので大人数は無いだろうと予測していましたが、それでも数人が隠れている可能性があります。
この五人がクローさん側の追手なのか、組織の追手なのかは判別出来ません。ジオさんが言うには、追手は両方来ているだろうという事でした。
そして、二組の追手は利害が一致しないだろうとの予測で、片方が行動を起こした場合、もう片方は状況を見守っているだろうと言っていました。
たった今私が見つけたのは、五人を見守るこの五人の仲間か、もう一組の追手かどちらかです。
ここからは私の勘です。
馬車の周りに来た五人は、街の喧嘩上手といったところでしょうか。軍の訓練を受けたような様子がありません。軍の関係者のクローさんという人の部下ではなさそうです。だから、馬車の方は例の組織の放った追手でしょう。
対して、やっと見つけた方は軍の訓練を受けた様子があります。
最初は、馬車の方を監視しやすい場所で、なおかつ馬車の方からは見えにくい森のどこかに居たのでしょう。リージュさんの存在に気付き、途中からどちらも同時に見えそうな場所に出てきた行動は、偵察隊らしい判断によるものでしょう。こちらはクローさんの部下かもしれません。
私が見つかっているかは分かりませんが、森に潜んで周囲を見つめているのは、おそらく二人。慎重に近づき退治しましょう。
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