第76話 作戦変更

 状況が変わって、わたしは、どうしたらいいか分からなくなった。


 ジオの傍の敵は、動かない的だった。自身の体についた火を消そうとしている一人と、短剣を持って上を見上げるもう一人。どちらから狙っても良かったが、状況が悪い方に変わった。


 凧にぶら下げた松明は五本。凧を操作する風で間違って消えないように、凧の下に離して鎖で吊るした。縄を使わずに鎖にしたのは、火で燃えて切れないようにするためで。何も問題が無いように見えていた。


 ジオが操作している風は僅かに松明にも当たっていて、火の勢いを強め、より明るく周囲を照らしていた。そのおかげでジオの周りは良く見えていた。今になってそれが問題だと分かった。火が強くなれば、燃え尽きるのが早くなる。


 今、松明は燃え尽き、一本、二本と順に消えていく。松明の入れ替えはきかない。すぐに五本の松明が消え、ジオの周りは暗くなった。


 ジオの持っている松明はまだ燃えているけれど、わたしからは敵がよく見えない。ジオの決めた通りに動いていたけれど、こんな予想はしていなかった。上手くいっていただけに、次に何をしたらいいか分からない。


 剣を抜いてジオのところに駆けつけるか? 敵は二人、間に合うのか? ジオが代わりの火を灯してくれるだろうか? 待つべきか? どうしたらいいのか?


 片膝をついて鉄の筒を両手で構えたまま動けなかった。


 作戦が駄目になったのを理解し、行動を変えたのはルオラだった。


 茂みに隠れながら別動隊のところへ向かっていたルオラは、わたしから随分離れていたけれど、急に松明に火を点けたので居場所が分かった。別動隊からも見つかったに違いない。


 すぐに立ち上がって、別動隊の隠れているあたりにその松明を放り投げる。完全に警戒されてしまう。もしかしたら逃げられるかもしれない。


 さらに予定外の行動を取る。ルオラは森から飛び出すと、持っていた投擲用の槍を二本投げた。ジオの居る馬車の方に山なりに飛んで行く。


 これって、どういう事?


 すぐには理解が出来ない。


 ジオの方を見ると、ジオはジオで意味不明な行動を取っていた。油の入っている皮袋と松明を頭上に投げ上げ、凧にぶつける。凧は油のせいで盛大に燃え上がる。


 何? その明かりで狙えって事?


 燃える凧は十分な明かりになったが、ジオの意図は違っていた。凧の周りの風を操り、凧を大きく移動させた。凧は森の方に近づいて来る。ジオの周りには焚火しか無くなり、暗くなっていった。


 短剣を持って上を見ていた敵が、ジオの方を向いた。もう一人もジオににじり寄るのが見えた。


 もう無茶苦茶だよ。本気?


 明かりが無くなる直前、ジオは手を伸ばして剣を持って振るみたいな動作をした。目の前の敵をけん制したみたいに見えたけれど、意図は違っていて、わたしにはその意味が分かった。


 わたしは立ち上がって剣を抜くと、森の方に走って戻って、凧を繋いでいた紐を断ち切った。






 俺は暗がりの中で、それが来るのを待っていた。


 俺は切り札の毒をまだ隠していたが、使いたくなかった。治療を担当する兵士として、毒を人に使うのは抵抗があった。どうしようもない時まで使わないつもりだった。


 そもそもルオラとリージュには、刃物をなるべく使わないように伝えてある。怪我をさせたくないからだ。気絶させて縛りつけておきたいと思っていた。だから、真っ向から戦う作戦を選ばなかった。二人の実力があれば、正面切って戦ってもきっと勝てた。


 不意打ちをすれば相手を気絶させられる可能性が高いと踏んでいた。だから今、目の前の敵が近づいて来ても、俺は盾だけを持って待っていた。


 リージュの使う鉄の粒は速過ぎた。本人は、飛んで行く粒を後ろから目で追って軌道を修正しているが、修正出来る幅は僅かだろう。まして、こちらに向かって飛んでくる豆粒みたいな小さなものは距離感が上手く掴めない。


 俺が今の位置から、リージュの武器を軌道修正して敵に命中させるのは不可能だ。真っ暗になったところにリージュが適当に発射し、俺が誘導して命中させる手段は取れない。


 しかし、山なりの軌道で飛んでくる槍は違う。


 最も上空まで上がったところで一番遅くなり、その後徐々に加速しながら落下してくる。大きさも十分で視認しやすく、風の影響も受けやすいから俺の風の魔法で誘導しやすい。


 ルオラが槍を投げるのは作戦に無かった。さっきの松明の明かりで姿が見えた時、何となく分かった。目の前の敵二人は、凶器が近づいている事に気付いていない。俺は盾で顔を隠して上を見上げ、魔法で槍の軌道を修正した。


 ルオラは俺のお願いを守ってくれていた。飛んで来た槍は、刃の部分を後ろにして投げられていて、柄の方が敵二人の頭に命中する。


 命中の直前に、風鳴り音で槍の存在に気付いたようだったが遅かった。恐怖を感じる暇は無かっただろう。大きな音が響き、最後の二人は倒れ込んだ。俺の目の前の敵は、全員が動かなくなった。縄を持って来て早く縛ってしまおう。






 私の目の前には、別動隊の一人が居ました。


 槍を二本投げた後、手元に残した白兵戦用の槍を握り、別動隊の二人のところに近づきました。その二人は隠れ場所の草陰から立ち上がり、私を見ました。


 片方の体格のいい方の男は、落ち着いた動作で腰の剣を鞘から抜き、構えました。私と戦うつもりのようです。


 もう一人はその男の背後にまわり、その肩を軽く叩いて合図をしてから、私に背中を向けて逃げ出しました。


 敵が二手に分かれれば、私が手前の男に勝っても、逃げた一人は私達の追跡を続ける事が出来ます。合理的な方法で、私達には困った事です。追跡が長く続けば続く程、私達は疲労します。


 私は両手で槍を握り、男の前に立ちます。まずは、この男に勝たないと…。逃げた一人を追えません。


 この男は、剣を構えて膝を少し曲げている姿勢でも、私より随分背が高いです。目を睨むのには、見上げないといけません。


「何故、刃を外してある?」


 男からのこの質問はもっともでした。私が持ってきた槍の切っ先は、この人が構えた時に外しておきましたから。


「あの、その、そんな風に頼まれたので、断りません」


「そうか、何の事か知らんが、俺は、手加減しない」


 この人と私の実力は互角くらいかもしれません。相手の方が私より力が強く、腕も長いです。おまけにこちらの武器は切っ先の無い木の棒で、向こうは真剣です。ゆっくり話し掛けてくるのは、時間稼ぎでしょう。こちらから仕掛けるしかありません。


 木の棒で打ちつけますが、剣でいなされます。すぐには倒せないかもしれません。ごめんなさい。私のせいで、あの一人に逃げられてしまいます。ごめんなさい。


 兜の隙間から見えるのは男の目だけでしたが、それでも表情が変わったように見えました。きつい目つきが消え、目を丸くしていました。何かに驚いたのでしょうか?


 私の背後から聞こえたのは雷のような音でした。


 その何かは、光を放ちながら頭上を越えて行きます。火の粉が落ちてきますが、構ってはいられません。隙を見せるわけにはいきませんから。


 私の頭上を越え、目線の先に飛んで行ったのは凧でした。まるでお皿を水平に投げたみたいに回転し、炎を上げていました。それはそのまま前方に墜落しました。


「うわっ」


 叫び声を上げたのは、逃げて行った敵でした。


 凧がすぐ傍に落下し、吹き飛ばされました。大きな音、飛び散る土、石、凧の部品の木、火の粉や煙も上がっています。本当に酷い有様で、私はその場に伏せて身を守りました。


「俺は手加減をしないと言っただろ」


 伏せた私は、顔を起こして見上げます。


 男はその場に立ったままでした。雄々しく立つ男の背中には、さっき飛び散った何もかもが当たり、服が少し燃えていました。それでも怯む様子は無く、強さを自慢するように立っていました。


 女性の私は男性と違い、怖がりだから伏せたのか? 


 その推測は、当たっていますが半分は外れです。私が怖いのは、貴方ではありません。遠く後ろの方に居る女性の方です。






 わたしは、ジオの援護を諦めた。


 ジオの傍が真っ暗になり、わたしの位置からは遠距離攻撃出来なくなった。燃えながら飛んで行く凧に目線を引かれ、首を動かす。


 わたしは、ルオラが行った方に向き直る。その方向、凧が墜落して飛び散った炎が照らしたのは、別の敵だった。


 わたしの仕事はこっちか。


 ルオラの姿は見えない。背の高い誰かが立っているのが見える。あれは多分敵だから狙っていいよね? いいよね? ジオは、あの敵をわたしに見せるために凧を誘導したんでしょう? そうでしょう?






 私は、男に一言言い返します。


「あの…、私が伏せたままで居るのは、あなたがしたみたいに時間を稼ぐためです。私が立ち上がるまで、あなたは待ってくれているのでしょう?」


「は? 何の事だ?」


 この人は何も分かっていませんでした。その顔は、私を見下して笑っていたかもしれません。私は、顔を伏せて両手で頭を覆います。怖いですから。


 飛んで来た鉄の粒は見えませんでしたが、大きな音がしました。


 この人の兜に当たった音だと思います。直後に二回目の音がします。兜に当たって跳ね返った鉄の粒が、近くの石にでも当たったのでしょう。これが私に当たっていたら、一生口をきいてあげないところでした。


 私を見下ろしていた男は、仰向けに倒れて行きました。伏せていて正解でした。


 私はすぐに立ち上がり、槍の柄を拾います。凧の墜落に巻き込まれた一人の方を見ると、丁度立ち上がるところでした。自身の体を見回して怪我が無いかを確かめています。


 凧の傍の敵を睨み、二歩の助走をつけて槍の柄を投げます。真っ直ぐ飛んだそれは、敵の頭に命中しました。貴方も気絶してください。さあ、他に誰か居ないか探しましょう。

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