第125話 ある一日の始まり
朝食の準備を終えた俺は、仕事に行く二人を送り出した。
一緒に生活が始まって三日目。この子と俺は、家に残って家事をする。俺達はまだ、この子の名前を聞けていない。
毎日の事だが、起きたら朝食の支度を始めて、働き手の二人に持たせる昼食も作っておく。その二人を送り出した後、井戸から水を運んで洗濯。露地野菜の畑の手入れや鶏と山羊の世話、時々の掃除。運動の時間は、少しずつ増やしている。夕方には夕食と風呂の準備をして、片付けて一日が終わる。
この子は、その全部を手伝ってくれるが、喋ってはくれない。
「階段の床板が一枚外れそうだな。釘と金槌は、どこだったかな?」
「……」
「お、済まないな」
この子は棚を指差した。道具がどこにあるか覚えていたのか? 記憶力を試そうとした訳じゃなかったが、大したものだ。
私達は、装備を固めて集合場所に向かいます。
その日の仕事が何になるか分かりませんから、毎日、武器と鎧を持って家を出ます。要らない仕事の時は冒険者組合に預けて、帰りに受け取って帰る。そんな毎日なので、本当に剣や鎧が必要そうな今日の仕事に行く時でも、不自然ではありません。だから、ジオさんの方からは何も言いません。
「ジオさんに何も伝えてませんが、良かったでしょうか?」
「大丈夫じゃない? 昨日聞いた話では、単純そうだったし」
組織のお二人に頼まれたのは、逃げた動物一頭を捕まえる事でした。
何でも一人で出来てしまうガーネット代表が留守である事。手違いで外に逃がしてしまった動物を捕まえられる人材がおらず、困っていた事。秘密を守れそうな冒険者に頼んでみようかと組合を覗きに来て、やめて帰ろうかと途方に暮れていた事。その時に私達を見つけた事。
昨日のお二人の説明はこんな風で、それほど気になる点はありません。森で見た組織の人達は鎧が似合いそうな人は居ませんでしたし、彼等には難しくても、私達には簡単かもしれません。
動物は、草食寄りの雑食性で温厚らしいです。警戒心が強いと、向こうからは寄って来ませんから注意しないといけません。
ただ、気になるのは…。
「宝石を使って作った動物というのは、どういう意味でしょうか?」
「よく分からないけれど、薬草を食べさせて育てた牛のお肉がいい匂いになるとか…。そういう事なんじゃない?」
リージュさんの言う事は何となく分かります。餌や育て方を工夫すると、他のと違った特徴が出る。おおまかにそういう事でしょうか…。
宝石を使うと、動物の特徴が若干変わる。北の森に現れたという角の形が違う鹿のお話。それなら何となく想像がつきます。
「鼠が変化したと言ってましたから、なんとなく大丈夫そうですね」
「うん。きっと大丈夫」
待ち合わせ場所には、昨日のお二人が大荷物を背負って立っていました。
家に残った俺達二人の次の仕事は、薪割りだった。
「もう終わりそうだから、薪を運ぶ準備をしようか。台車を持って来てくれ」
「……」
「もう持ってきてたのか。助かるよ」
この子は、力は無いが手先は器用で気が利く。小さいのに立派なものだと感心してしまう。
わたし達は、溜め池に向かって一緒に歩きながら話を聞く。
「逃げた動物は、穴を掘って巣を作るみたいで…。それが農業用の溜め池の方に行ったと聞いて、急いで来たら、既に堤防に穴を掘り始めていて…」
「穴のせいで溜め池の水が漏れ出したら、大変な事になります。だから我々も焦っていて…」
それで、わたし達に協力を求めたのか。それなら、昨日でも夜でも良かったのだけれど…。
「我々も準備があって…。とりあえず、作戦を説明します。聞いて下さい」
「お二人は二手に分かれて下さい。我々も別れてそれぞれに同行します。正面と真横に二人ずつの配置になるようにしましょう」
「約束していた武器です。ちょっと持ってみて下さい」
わたしの切り札。鉄の粒を飛ばすための鉄の筒は、組織の提案でこんなに変わるのか…。
鉄の筒の部分は長さが倍になっていて、わたしの肩から手の先くらいまでの長さになっている。その筒には何もついていなかったのだけれど、木で出来た部品が付いた。筒の後端にくっついた木の部品を握って、筒の中を覗くようにしながら、顔の前で筒が水平になるように構える。
なるほど。これはいい。
木の部品は、手で握る部分だけで出来ておらず、大きい上に例えるのが難しい形になっている。手で握る部分の後ろ部分は、大きな魚の尾びれのような形をしている。楽な姿勢で構えていると、魚の尾びれの先が肩に当たる。肩にきつく押し当てるようにしてやると、驚く程に安定して構える事が出来た。
重くなったはずなのに、気にならないのはどういう事?
鉄で出来た筒は重い。二倍の長さになれば、重くて手が震えそうだったけれど問題が無い。この事も木の部品のおかげなのだろうか? 名前は分からないけれど、優秀な設計なのは分かった。
全長が長くなって鞄に入らなくなった代わりに紐が付いていて、肩から下げて持ち運べるようになった。これも合理的な構造だ。
何の見本も無しに、こんなの作れるのかな?
彼等の思想や発想力には驚くばかりだが、不安に混じって興味も湧く。
狩人は、不必要な狩りをしない。何かを傷付けたい訳では無い。けれども、ものを飛ばして狙った所に当たるのはとても楽しい。この道具を使うのが少しだけ楽しみになった。
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