第126話 街の二人と森の二人
俺達二人は、厩舎で家畜の世話をする。
「鶏の餌やり頼んでいい? 俺は、山羊の方を見てくるよ」
「……」
「有り難う」
俺が聞き方を工夫しているせいでもあるが、首を縦に振るか横に振るかだけで十分な意思疎通が出来るものなんだな…。
考える程に感心する。この子とは会話が無いが、頼んだ事を十分にこなしてくれる。何か用事があれば向こうから近寄ってきて、俺の顔を見上げて服の裾を引っ張る。そして、簡単な身振りで意思を伝えてくる。
喋れなくなった訳では無いと思う。きっと何か理由があって言葉を使わない。この子が声を出すまでゆっくりと待っていよう。
私達は溜め池の傍に近付き、周囲を見回します。
まばらに生えた木。まばらに落ちている枯れ葉。そのあたりで何かを食べている動物は、簡単に見つかりました。少しだけ離れたところで観察を始めます。大人の人より小さいですが、力があって重そうです。
「あれは、何を食べているんですか?」
茂みに潜む私達四人は、私を先頭にして列を作って並びます。後ろに居る組織の男性の一人は、動物の解説をしてくれます。名前は、エブさんと言いましたか…。
「木の根っこかもしれません。餌でおびき寄せるのは難しそうなので、こっちから近寄って眠り薬を注射するしかないでしょう」
「良く見えないけれど、なんかおかしくない? 毛皮が無いし」
リージュさんの見解はもっともです。鼠だと聞いて来たのに、おかしいです。
「鼠から変化したというだけで、もう鼠ではないんです。変化し過ぎて夜行性なのか昼行性なのか、食性もはっきりとは言えません」
リージュさんの意見に返事をしたもう一人は、少し自信が無さそうです。名前は、フランさんと言いましたか…。
「固そうな皮膚と言うか、革の鎧と言うか…。落花生の殻を纏っているような…。あの…。それに、食べている最中から少しずつ大きくなっていませんか?」
「あれ、まずいです。変化がまだ止まっていない。早く捕まえましょう」
急かされた私は、盾を構えて木の棒を持ち、正面に向かいます。リージュさんは側面に走り、作戦通りの配置につきます。この棒で、頭か首を思いきり叩けば気絶するでしょう。
逃げる様子の無い動物に対し、木の棒を振り下ろします。痛いと思いますが、許して下さい。
「硬っ」
叩いた感触は変です。何ですか、これ? 生き物の皮膚じゃないですよ、この硬さ…。
昼食を済ませた俺達は、病院に向かう。
「別について来なくて大丈夫だぞ。途中で倒れたり、蹲ったりしないし」
そう言ったが、この子はついて来た。ルオラ達がきつく言って聞かせたせいか、本人の意思かは分からない。ただ、心配してくれているのであれば有り難いとしか言えない。
俺の体を支えるように寄り添ってくれるが、力が無いから実質的には体をくっつけているだけだ。努力を惜しまない様子を見ているだけで、こちらの方が守ってやらないととか、助けてやらないととか何とも言えない感情が沸き上がる。今の俺は、冒険者の仕事が出来ない。今の俺の相棒には、非力なこの子が丁度いいのかもしれない。
ただ病院に行くのであれば楽しくないが、久しぶりに先生に会う事が出来ると思うと少しだけ心が踊る。待合室で待ち、診察室に呼ばれる。この子は付き添いだから、一緒に部屋に入る。
最初の一言は、医師らしい一言。
「もう、どこも痛くないかい?」
「はい。大丈夫です。有り難うございます」
「よし。早速だけれど…」
俺の治療の話はすぐに終わって、横道に逸れた話が始まった。
わたしは、ルオラの声に驚いてしまった。
動物は叩かれた事に気付いていないのか、地面に口を付けたまま動かない。少しだけ笑みを浮かべていたルオラが真剣な目つきになり、木の棒を地面に手放して後ろに手を延ばす。傍に付いたエブさんが別の道具を渡す。鉄で出来た棍棒だった。
「硬っっ」
重く響くような音がするけれど、動物の固い頭の殻が棍棒を弾く。どう考えてもおかしい。信じられないと顔に書いてあるルオラがこっちを見る。わたしだって信じられない。
「これ、使うから」
「分かりました」
さっき渡してもらったわたしの武器。切り札を使う事に決めて、鉄の筒に鉄の粒を込める。十歩離れた位置、側面から動物を狙う。多少の怪我をさせるくらいなら仕方が無い。フランさんの了承も得た。
動物は漸く危機感を持ったのか、小さく飛び上がると体を丸めて着地した。地面に転がったという表現の方が正しいかもしれない。
絵に描いたみたいな球体になった動物は、全面が鎧のような殻に包まれている。防御姿勢にしては出来過ぎで、こんな生き物は、見た事が無い。
風の魔法で発射した鉄の粒。勢いよく飛んだそれは、動物の鎧に弾かれて跳ね返った。
嘘でしょう?
言葉が出なかった。ルオラは、どうしようか考えが纏まらない様子で一歩下がった。
「あれは、何なの?」
「アルマジロという種類によく似ています。初めて見ます。もう鼠じゃありません」
フランさんは、自信無さげにそう言った。
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