第108話 意図しない状況

 私は、用心深い男性と話をします。


 ジオさんの家族を探すのは、二日目です。ついに手掛かりを見つけました。


 朝から回って五軒目の大きな農家。二階建ての大きな家といくつかの納屋、家畜小屋もあって、何人も住んでいそうな規模でした。周囲の畑が全部この家のものなら、とても大きな農家です。話を聞いてくれたのは初老の男性で、ゆっくりと丁寧に話す方でした。


「怪我をしたという彼は、知っている人物と特徴が似ている。顔を見れば確信出来るでしょう。ただ…」


「ただ?」


「全くの無関係の人間に詳しい話は出来ないので…。この先は、彼の顔を確認してからにしましょうか…。病院に案内して下さい」


「あの、有り難うございます。出掛けられる準備が出来るまで待っています」


 病院まで並んで歩きます。この方は、ジオさんの祖父にあたる方でしょうか? 年齢的には、そんな想像が出来ます。気になるのは、心配する様子があまり無い事。お孫さんが怪我をしたと聞いたら、取り乱してもよさそうです。他にも何か気になる事が…。


 気付いた私は、すぐに取り繕います。


「あの、私、詐欺とかではないです」


 立ち止まって、すぐに冒険者組合員証を取り出して見せます。元軍属である事も説明します。


 孫が仕事で間違いを起こして急にお金が必要だとか、怪我をさせた相手に慰謝料を払うだとか言って、老人を狙う詐欺があるらしいです。私が今やっている事は、それにそっくりです。


「突然やって来たお嬢さんが孫の事を知っていて、怪我をしたと言う。怪しんで当然です。警察隊の詰め所には、行かずに済みそうですか?」


「はい。あの、済みません」


「良かったです。ですが、それだと、彼の怪我が嘘ではない事になる。止まらずに行きましょうか」


「はい。済みません」


「いいですよ。孫ではありませんし」


「え…。それって?」


「大丈夫です。病院で説明しますよ」 


 これって信じていいのでしょうか? 私が騙されるんでしょうか? 今は小さな手掛かりでも捨てられません。行くしかないです。


 暫く歩いて病院に着き、ジオさんの病室に向かいます。


「ルオラ、その人は誰?」


「リージュさん、何故、その子がここに居るんですか?」


「奥様役とお子様の役までご用意されたんですか? 準備がよろしいようですな…」


「待ってください」


 もし詐欺だとしたら、結婚した事を伝えていなかった孫が怪我をしていて面会謝絶。会った事が無かった奥さんとひ孫が泣いていて、真っ先に治療費を求められる。焦った老人が孫の顔さえ見ないままにお金を払ってしまう。状況が出来過ぎています。ジオさん、助けて下さい。


「冗談です。お嬢さん。察しがつきます。まず、病室へ」


 男性は、詐欺ではないと分かった様子で声を掛けてくれました。


「ルオラ?」


「ちょっと待って下さいね。目が回りそうです」


 私の理解が追いつきません。居ない間に事態が動いていて混乱します。あの子供がここに居る理由が分かりません。私が連れてきた男性の説明もしないと…。それに奥様役って何ですか? 


 看護師さんも一緒に病室に入り、ジオさんの顔を男性に確認してもらいます。当然、ジオさんの組合員証も見てもらいます。


「間違いありませんな」


 男性は、そう言いながら目を閉じています。両手は確りと握られていて、爪が手の平に食い込むくらいの力の入りようが見てとれます。これだけで、心配している事が確信出来ます。


「ふぅ…。待合室に行きましょう」


 混乱気味で声の出ない私を丁寧に先導してくれるのは紳士的な対応で、とても助かります。後は、この方の正体ですが…。


「ご説明しましょう。まずは、あなた方の不安はいくつか解消されるでしょう」


 待合室で順を追って説明してくれます。男性は、部屋の端にあった丸椅子に掛け、私達は長椅子に並んで座ります。俯いたあの子も並びます。


 ジオさんのご両親とご兄弟は、先進的な農業に興味がある事。第三城塞都市からこの都市に移ってから、大規模で効率の良い農業を始めた事。他にもやりたい事があって、もっと西の王都へ移った事。それが数日前である事。この方は、第三城塞都市に居る頃から働いている従業員である事。ジオさんとはあまり話した事が無いけれど、お互いに顔が分かる事。引き払った家や農地の処分を任されて、一人で残っている事。話は続きます。


「まず、治療費ですが…。旦那様の置いて行かれた資金の一部を使いましょう。許可無く全部を負担出来ませんが、随分楽になるでしょう」


「有り難うございます」


 一先ず、これで少しだけ安心でしょうか? 私が走り回った意味はあったでしょうか? 少し力が抜けます。ジオさん、これで良かったですか?






 わたしは、ルオラが黙ってしまうまで、じっと話を聞いていた。


 初老の男性は、続けて聞いてくる。


「他には何かありますか?」


「その…」


 彼女の返事が詰まった。


「遠慮無くどうぞ」


「あの…」


 もう一度詰まった。わたしは、事情を概ね理解して考える。この男性は優しい。ここに居ないジオの家族もきっと優しい。ジオのために何だってしてくれる。一番優しい彼女は、言葉に詰まった。だから、ちょっと意地悪で遠慮の無いわたしが、仕事をする時が来た。


「あの、わたし達、今夜寝る所が無くて…。農家にお部屋は空いてませんか?」


 この一言が言えずに黙ってしまう彼女は、とても可愛らしい。


「ふふ。そちらのお嬢さんは、家をご覧になっています。一人で住んでおりますから。売り払いの競売が終わるまで、部屋はいくつも空いていますよ」


「あの、何日も居ても大丈夫ですか?」


「彼が退院しても、通院が何日も続くかもしれません。ひと月くらいは使ってもらって大丈夫ですよ」


「……」


「どうされました?」


 不安で仕方無かった昨晩から比べれば、夢のようだった。嬉しくて仕方無い。


 救いの手を差し伸べてくれる人物の登場。


 ルオラの機転で、状況は劇的に変わった。その彼女は、俯いたままでこちらに顔を向け、涙を溜めた目で目配せをした。良かったと言った気がした。


「良かった」


 わたしからも零れた一言には、何ひとつ隠れた意味が無い。本当に良かった。


「それで」


「はい?」


「どちらが第一夫人になられますか?」


「……」


 男性の冗談に、わたしは苦笑いで返すしか無かった。

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