第80話「予想外の昼」
「名前、ダニーにしない?」
馬車の荷台で起きたばかりのわたしは、目を擦りながら二人に言った。微睡みの中で、目を閉じたまま考えていた事の答えだった。
「何の話だ?」
ジオもルオラもすぐ傍に居ると勝手に思っていたわたしは、二人の姿を確認せずに町の様子ばかり見ていた。そして、欠伸混じりに言った。それでも、ちゃんと聞こえるように言ったつもりだった。
それに対して、ジオはとぼけた事を言った。馬車の御者の席に居ると思っていた彼は、馬車を降りて車輪の手入れをしていた。ルオラは、まだ寝息を立てていた。宿場町に着いた馬車からは、狼が居なくなっていた。
「嘘?」
昨日の夜に仲良くなったと思っていた狼は、どこに行ったのか? 信じられなかった。狼は居ないけれど、馬車は町に着いている。何がどうなっているのか分からない。
「ああ、あいつか。森に帰って行ったぞ」
「嘘でしょう?」
わたしの目線を追って意図を理解したジオが、説明を始める。
「誰も見た事無いような大きさの狼を町に入れるわけにはいかないと思ったんだよ。それで、町のかなり手前で馬車を止めた。そこであいつを放してやったんだ。すると、何かを悟ったように森に入っていった」
「そのまま行かせちゃったの?」
ジオの判断に対して、血の気が引く。もう二度と会えないような不安に襲われる。
「そうだ。その後、俺が町まで歩き、町の店が開くのを待って馬を借りて戻った。その馬に馬車を引かせて町に着いた。それが少し前かな。ずっと寝てただろ?」
「そうだけれど…」
そうだけれど、何か相談があってもよかった。疲れていたけれど、起こして欲しかった。
「まあ、町に寄りつく事で得する事は無いだろうからな。あいつも分かっていたから、森に入って行ったんだろう。俺達が町を離れたら、また寄って来るんじゃないか?」
「そ、そっか。そうだといいけれど…」
すぐにも探しに行きたい。でも、どこを探していいのか分からない。疲れていて体が重い。溜め息をつこうと飲み込んだ息も、途中で止まってしまう。
昨日の夜の狼は、そもそも気紛れで助けてくれただけ、或いは、縄張りを荒らす外敵を追っ払っただけかもしれない。わたし達についてくる意思があったのかどうか…。最初の森の狼と同じかどうかも自信が無くなった。
淋しい気持ちでいっぱいだった。昼間は十分に暑いけれど、胸のあたりが氷みたいに冷たくなった気がした。
「あいつからすると、町の近くで害獣扱いされて、冒険者に追い回されても面倒なだけだ。大丈夫だろう」
ジオは、何の確信があって大丈夫と言うのか? 意図が理解出来ない。もしかしたら、もう二度と会えなくても淋しくないから大丈夫という意味か? 彼が淋しくなくても、わたしは淋しい。
ジオの話を聞く限りでは、馬車から外した時の狼は、わたし達の所に残る意思を示さなかったのだ。実力のある狼は、誰かを頼ったりしない。一人で生きていける。わたし達に寄り添う必要は無い。わたしは狼に助けて欲しいけれど、狼はそう思っていない。諦めないといけないのかもしれない。
「腹減ってるだろ? 昼御飯にしようか?」
「いい。要らない」
ジオはこういう奴だった。合理的に考えて、町まで一人で歩く事を一切嫌がらないが、心の機微には疎い。彼に対して不満はあるが、今は、狼が離れていった淋しさの方が大きい。何もする気になれなかった。
疲れていたわたし達は、この宿場町でゆっくりと休む事にした。時間が中途半端だった事も理由だけれど、本当に疲れていたから町を出発するのは明日にした。町の周りを一周回って、見える所で狼が待っていないか探したけれど居なかった。
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