第25話 宝石の秘密

 俺は、ワニが動かなくなったのを見て、剣を振るのをやめた。


 クローも同時にやめていた。


 眠ったのかと思うほど静かになったワニは、湖の方へ向きを変えると、動き出して水に入っていく。本当の大きさはどれくらいか分からないし、そのうえ、ここに住んでいた訳じゃないと思う。動物使いが連れて来たのだろうが、今はどうしようもない。暫く水泳を楽しんでいて欲しい。


 動物使いは動かなくなって湖面に浮いている。さすがに引き上げないと死んでしまう。俺が水に入って引き上げる事にした。


 策が上手くいって嬉しそうなリージュが近くに来るまで、クローが動物使いに近寄らないようにする必要があった。


 治療の魔法が必要かもしれないから待ってくれとクローに言う。水を吐かせて、時間をかけて手を縛る。死んでしまう事はなさそうだ。


 クローが近寄ろうとしたので、間に体を入れて遮る。近くに来たリージュに声を掛ける。


「動物使いの服か荷物を探って、宝石を探せ」


「どういう事?」


 リージュの質問の意味は、なぜクローも協力して三人で探さないのか、という事。近くに来るように言って耳打ちする。


「クローを絶対に信用するな」


 眉を寄せて見つめ返してくると、分かってくれたのか、声を出さずにしゃがみ込んで宝石を探し始める。冗談めかして大きな声で言う。


「秘密を知り過ぎると殺されるかもしれないぞ。俺達」


 リージュは、聞こえないふりをして宝石を探している。


「疑い過ぎだよ」


 冗談めかしてクローが言った。剣を振ってくる様子はまだ無い。


「君達は役に立つし、気に入った。そんな事しないよ」


 クローの言葉の裏には、役に立たなければ殺す、という意味があってもおかしくない。剣を地面に置いて話せば信じたかもしれない。


「ダークエルフのお嬢さん。君はその傭兵君と少し一緒に居て、色々学んだ方がいいな。忠告だ」


 リージュはまた聞こえないふりをしている。

 





 わたしは、宝石をつまんで立ち上がる。


「見つけたよ」


 二人に見えるように目線の高さに持ち上げる。真っ赤で綺麗な石だった。


「痛っ」


 急に指先に痛みが走り、宝石を落としてしまう。何これ?と思い、腹が立つ。綺麗だけれど気に入らない。魔力が宿っている石で特別製だからか…。


 落とした石は、すぐにジオが拾った。わたしの様子を見て、道具袋から布を取り出して宝石を包んでから持ち上げる。わたしが不用心だったのか、彼がずるいのか、納得出来ない。


 彼は、わたしをかばう様にクローとの間に立つと、こっちを振り向かずに言う。


「エルフと合流して街へ帰るんだ」


 ジオはクローを信じていない。わたしはずっと必死で、事情は分かっていない。昨日手当てをしてくれたジオに悪意は無さそうだ。ジオの言うとおりにしよう。振り返らずに駆け出す事にした。


 




 俺は、リージュが離れていって見えなくなるのを待ってから、クローに言う。


「俺はこんなもの要らない。剣を置いてくれないか」


 小さく笑うクローは、剣を地面に置く。


「交渉はちゃんと具体的に、だ。こんなものじゃなくて宝石だろ?」


 依頼を受けた時の、部屋に居た時の冷たい話し方。一緒に仕事をする仲間に向ける表情じゃない。例えば、宝石を水に投げ込んでから走って逃げるとしても、こいつは宝石を取りに飛び込む前に俺を殺そうとするかもしれない。剣術の腕はこいつの方が上で、俺では相手にならない。


 俺はクローとの距離を五歩か六歩ほど空けていたが、もう一歩下がった。


「いい逃げ方は思いつかなかったよ」


 お互いが共通の認識をしていないと分からない脈絡のない会話。何も知らない者が聞いたら意味が分からないだろう。クローは、俺を殺してでも宝石が欲しい。俺は、無事帰れれば宝石は要らない。命と宝石を交換したい。


 俺の表情に余裕は無かったに違いない。対して、クローは小さく笑ってから言う。


「自分の冗談が過ぎたようだ。君と信頼関係を持ちたい。何か質問はあるかい?」


 クローの言葉は意外だった。質問したい事だらけの問い掛けだった。その気持ちを押さえながら黙って待つ事で、言葉の続きを促す。


「自分は赤い宝石を何個か持っていて、他にも宝石を集めている。石を光に透かせて、覗いてみたまえ。絵が映って見えないか?」


 さらに数歩離れてから、言うとおりに宝石を見る。


「魚が卵から孵り、大きく育っていく絵が映っている。絵が動く幻のようなものが見えている。なるほど特別だな。これが何だ?」


「そうか。それが動物を大きくする事を象徴する絵か。早く見てみたいな」


 動物を大きくする魔法の宿った石は、動物が大きく育つ姿が見える幻覚が込められているという事か。クローが話を続ける。


「隕石を知っているかね?」


「空から落ちて来る小さい石だろう。知っている。見せてもらった事もある。握った拳くらいのやつだ」


「自分が持っている宝石には、石が落ちて来る絵が映るものがある。城ほど大きな石だ。当たれば、村や町が無くなるような大きさだ」


 北の国境線を見に行く仕事の途中で、地面に大きな穴が空いているのを見た。隕石が勢いよく落ちて来て、穴が開いたと誰かが言っていた。周りの木々が倒され、酷い事になっていた。あれが隕石の跡なら、村が無くなってもおかしくない破壊力だ。


「危ないだろ? 悪意のある奴が宝石を持っていたら…。宝石を使えば街を破壊出来るかもしれないんだ」


 宝石の魔法で隕石を落とす。そんな奴が居たら逆らえない。国中が滅茶苦茶になる。


「他にも危なそうなものがある」


 宝石は何個もあって、それぞれ違う魔法が宿っているのか。


「だから集めているんだ。自分が宝石を集めておいて大切に保管しておく。誰にも使えないように」


 悪意のありそうなこの男に言えた事だろうか。


「君達には協力して欲しいんだ。だから秘密を話した。暫くダークエルフと一緒に居たまえ。次の仕事までの待機料も払うよ」


 こいつの指示に従って、何をさせられるか分かったものじゃないが、無事に帰ってから考えてもよさそうだ。待機料もどうでもいいが、言われたようにしておこう。






 自分は、宝石さえ手に入れば満足だった。


 宝石を受け取ってから、傭兵の男を安心させるために言う。


「少し悪役みたいな立ち回りをし過ぎたかな? 君には疑われているから、回り道して帰るよ。君らは来た道を帰り給え」


 傭兵から目線を逸らして、盗賊の横にしゃがみ込む。


 追い掛けないという意思表示だ。すぐにこちらから離れていくのを気配で感じる。ダークエルフから借りた剣をしっかり持って行くあたりは抜け目がないと思う。そんなに刺されるのが怖いのか? 剣術に自信がないのか?


 盗賊に猿ぐつわを付けてから、武器を隠して持っていないか確認して肩に担ぐ。街まで担いで帰るつもりだ。大して重くは感じない。


 暫く歩いてから盗賊に話し掛ける。気を失ったままでもいい。気分がいい。


「情報を流せば、誰かが領主の家に盗みに入るだろうと思ったが、こんな面倒ごとになるとは困ったものだ。噂では宝石が高値で売れるとなっていただろう。すぐに換金しようとすれば買い取ってあげたものを…。反省したまえ。まあ、君のおかげで宝石は手に入ったし、他にも拾い物があったし、良しとしよう。思いついた事もあるしね」


 街に戻ったら、やる事がたくさんある。


 この宝石を調べないといけないし、次の噂を流しておかないといけない。傭兵とダークエルフは十分に怖がらせたから何も喋らないだろうが、宝石を見ていないエルフは、しっかり脅しておいた方がいい。


「新しい噂に何が食いついてくるかな?」


 その事が、今から気になって仕方が無かった。

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