第24話 切り札

 俺達は騙されてここに来ている。


 疑うべきなのは敵よりも先にこいつ、クローだった。聞いておかなければならない。今なら隠している事を喋るだろうか…。


「何か知ってるんだろう。最初から。俺達に言ってない秘密があるだろう?」


「あいつが盗んだ宝石は特別製だ。魔力が宿っている。それが動物を大きくしている、と思う」


 宝石が特別。そのせいで苦戦している。出発前に言うべき事だろう。


「何故、教えなかったんだ?」


「自分も知らなかったよ。いや、特別製なのは知っていたが…。盗賊が動物使いなんて思ってもなかったし、その組合せが事態を最悪にしている。自分のせいではないよ」


 確かに途中、慌てた様子になった時があった。演技かもしれないが、確かめようがない。それよりも、躊躇い無く事情を話した事に驚いた。もっと誤魔化した言い方をすると思った。


 これ以上の深入りはしない方がいいかもしれない…。ふと、そう思った。クローの本音が読めない。


「いや、もう聞かない。俺達は敵を倒して、宝石を取り返す。街に帰って、報酬をもらって、さよならだ」


 秘密を知り過ぎると殺されるかもしれない。そんな不安がよぎった。


 目的の宝石は、本当に特別製だと思う。動物を大きくするなんて魔法は聞いた事が無いし、そんな力を持った石も知らない。もしかしたら秘蔵の国宝だったり、怪しい秘術で作ったものだったりするかもしれない。もうすでに一線を越えてしまったかもしれないが気持ちを切り替えよう。


「仕事を終わらせよう」


 話を切り替えたい。宝石が特別だとか、盗んだだとか関係無い。上手く立ち回ってクローから今すぐ離れたい。こいつが後で宝石をどうしようが今はいい。悪用する事だってありえるが、俺が奪って逃げて追われるのも困る。今はこの雰囲気が嫌だ。


「どうにか、ワニの後ろへ回って攻撃しないと…」


 俺が持ってきたのは、片手で使う細身の剣と護身用の短剣だけ、リージュも同じ。クローは短剣だけ、盾は走るのに邪魔だから誰も持って来ていない。クローが俺達に合流したのは、武器が短剣だけだったからかもしれない。


「わたしが盗賊を倒します。飛び道具があります」


 返事があったのはリージュで、その事は意外だった。


 彼女は道具袋から小さな袋を取り出し、その中に入っていた小さな粒を俺に見せる。


 小指くらいの太さの丸い鉄の棒を短く切って作ったみたいな黒い粒。木の実の、そう、どんぐりのような形に見える。片側だけが削られて動物の角や牙みたいに尖っていて、反対側は切ったままの断面になっている。街のドワーフ族なら簡単に作ってくれそうな道具だ。


「わたしの切り札です」


 風の魔法で飛ばして敵にぶつける飛び道具か。


 確かに、尖った形は剣ほどに鋭くなくても、速度を上げれば使いものになりそうだ。どちらかというと隠して持っていて、相手の虚を突いて使うのが良さそうだ。振りかぶって短剣を投げるより、遥かに目立たないで済む。


 リージュが盗賊を相手にしてくれるのは有り難い。クローが宝石を手に入れるのは最後がいい。俺達の逃げる準備が出来た後。


「ワニをなんとか手前に誘い出したらいいか?」


「いえ、ちょっと違います」


 よし、リージュの策を聞こうか。


 俺は森の木立の間から出て、湖の方へ走る。


 ワニからは丸見えだ。向かって左、ワニの口のある方へ走って回り込む。ワニは警戒して主人を守るように口を開け、頭を振る。


 続いて、クローが森から走り出てくるのが見える。リージュの剣を借りて、向かって右のしっぽの方に走っていく。これもワニには丸見えで、しっぽを振って警戒し始めた。


 横たわるワニの前後に二人で立つと、十分に離れたまま近づかずに剣を空中で振る。攻撃するふりをして注意を引く。俺は右手を怪我しているが、実際に切りつけるのでなければ、左手だけで十分だった。


 ワニは、前後を同時に警戒しないといけない。頭としっぽを振って、大きな胴体もそれに連なって動く。動物使いの背後は湖で、前はワニの胴体。鉄壁に守られているように見えたが隙はあった。こちらの策は単純だった。






 わたしは、切り札を握りしめて湖の淵に沿って走っていた。


 正面からは狙えないが、横か背後に回り込めばワニを避けて動物使いが狙える。湖を挟んで、男の背中が見える位置で立ち止まる。


 しゃがみ込んで片膝を地面につくと、道具袋から違う道具を取り出す。


 さっきの鉄の粒が丁度入る太さの鉄の筒。街でドワーフの鍛冶屋に相談して作ってもらった特注品だ。

 何やら筒の内側に線状の傷をつけておくと鉄の粒が真っ直ぐ飛ぶかもしれないと言われ、言われるままにお金を払って作ってもらった。何も知らない人が見れば縦笛なんかに見えるかもしれない。騙された気がしていたが、練習すると確かに使いやすかった。


 鉄の粒を筒に込めて、目線の高さに持ってくる。脇を締めて、片手でしっかり握って固定する。動物使いに筒先を向け、狙いを定める。


 空いている片手をしっかり握ってから人差し指だけをまっすぐ立てて、筒の後ろから指差すようにして構える。指を差した方向に風を送るように集中力を高める。これで、筒の中の鉄の粒を風で押してあげれば、勢いよく筒先から出て飛んで行く。


 吹き矢を真似して考えたもので、口に筒を咥えないで済むし、目線の位置に固定出来れば遠くを狙いやすい。それに、吹き矢より重い物を飛ばせると思っていた。


 相手から見て動きが少なく、初見では何をしているか分からないだろう。本番前に一個だけ発射して試しておきたかったが、そんな時間は無い。一発勝負になりそうだ。間違って暴れるワニに当たれば弾かれてしまって、その後は警戒されるだろう。


 私が陣取った場所からは、ワニに隠れていた男がよく見えて、相変わらず湖の方に背を向けて立っているのが分かる。距離は、わたしの歩幅で五十歩分くらいか。湖があるから歩いて測れる訳じゃないけれど…。


 正面はワニの胴体が守っていて攻撃出来なかったが、ジオとクローが出て行って事情が変わった。


 ワニの胴体が動いて、動物使いの男を湖の方に押す。湖の淵には男が立っている足場がもう無い。両手をワニの胴体に当てて押し返そうとしているが、無駄な努力だろう。あの巨体を押し返して立っているのは誰だって無理だ。湖に落ちるしかない。


 今狙ってもいいが、もう少しだけ待つ。


 飛沫を上げて湖に落ちる動物使い。


 頭まで水に浸かってしまったが、岸の近くはさほど深くはない。少し慌てても、足が着く事に気付き、すぐに冷静になるだろう。水の中で息が出来ないから、人は必ず湖面に顔を出す。その時に、わたしに狙われている事なんて意識に無いだろう。


 わたしがこれの練習をしていて思った事は、横風が吹けば、狙ったところから簡単に逸れてしまうという事。


 その対策は簡単だった。魔法を使って風を操り、狙ったところに向かって風が流れるようにする。今は風が止んでいて、湖面も穏やかだった。必ず当たると思う。


 水から出た頭をよく狙って鉄の粒を発射する。発射の音はしない。静かに飛び出したそれは、湖面近くを水平に飛び、動物使いの兜のこめかみ部分に命中した。金属を叩く音がよく響いた。

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