第47話 「使えない魔法」

 兵士が二人倒されて、指揮官は作戦を変えたようだった。


「全員、一斉攻撃」


 兵士達は、頷いてから木剣を強く握り直し、摺り足で距離を詰め始めた。血を流して倒れた兵士を見て、十分に警戒している。その兵士を助ける事も彼らの仕事だろう。大きな円を描いた陣形は、徐々に小さな円に変わっていく。


 子供は兵士の姿の幻を解き、本来の姿に戻った。息を止めっぱなしだったわけではないだろうが、大きく息を吐いた。


 軍の敷地に潜入している緊張感からなのか、幻の魔法を使っているせいなのか分からないが、こいつは酷く汗をかいている。


 息遣いも荒い。俺の勘だが、長い時間連続して幻の魔法を使うか、大勢に幻を見せるか、どちらかの理由で疲労するのだろう。或いは両方の理由かもしれない。これは弱点だ。


 子供は木剣を持っていなかった。その腰の鞘には、さっき使っただろう短剣が収まっていた。


 距離を詰め始めた兵士達は、突然目の前に子供が現れた事に驚きを隠せない。


「何だ?」


「どういう事だ?」


「これは何かの幻か?」


 小さく呟き、顔を見合わせている。当然、足も止まる。


 幻を解いたこいつは、どうするつもりだろうか? そう思っていると、兵士が立ち止まっているうちに、また質問してくる。


「依頼主は誰だ?」


「守秘義務だ。言えないな」


 子供は舌打ちし、両手を頭上に上げる。腕は真っすぐ、手のひらを真上に向けて広げている。


 子供の頭上に現れたのは炎の塊。太陽がすぐそこに在るかのようだ。家みたいに巨大で、辺りは昼のように明るくなった。それを見て、兵士が驚きの声を上げた。


 子供は無言のままで両手を振り回し、兵士にぶつけるように炎を動かす。手を出した先に炎が操られて動く。紐を使って燃え盛る花火を振り回しているような振る舞いだが、紐は無い。


 恐怖を感じる火の魔法で、まともに喰らえば焼けて死ぬ。


 しかし、そう思うのは敵の兵士達だけだ。彼らは勘違いをしている。子供が幻だと思っている事も、炎の塊の事も。


 俺は風で砂粒を飛ばし、炎の塊が幻だと確信していた。砂粒は少しも焼けていなかった。この様子を見て、幻の魔法を使う子供は、火の魔法を使えない事が予想出来る。使えれば本当に使えばいいだけだ。


 こいつは先に兵士を倒すべきと考えているのか、炎で俺を狙ってくる様子は無い。このままにさせておこう。

 

 しかし、良く出来た幻だ。炎を浴びた兵士の体が燃えている幻も作り出している。


 兵士達は混乱し、本当は熱くなくても体が燃えていると勘違いしている。幻の火がついた手や服を叩き、火を消そうとしている兵士も居る。叫び声を上げる兵士一人が他の全員を恐怖させ、混乱がさらに増す。


「もう一度言う。俺は宝石を持っていない」


 子供にそう言ってから、苦しむ兵士に素早く近寄り、一人ずつ木剣で倒す。


 よく出来た幻でも、兵士が混乱するのは短い時間だけだろうから急がないといけない。俺は剣術が得意ではないが、混乱した兵士の反撃は素人のようで、躱すのは簡単だった。隙だらけの兵士数人くらいなら簡単に倒せる。砂の目潰しをうまく使って、すぐに仕事をしよう。


 この子供から得られる情報は限度があるだろうし、今のところ口を滑らせたような様子は無い。それでもこいつの目的も魔法の性質も分かったし、今はここまででいい。


 リージュの紋章の事を知っていて、何か情報を得ようとして探しに来た訳ではないと思う。俺が宝石を持っていないと報告に帰らせた方がいい。もう追われないで済むかもしれない。それに、兵士がまた増える前にここから移動したい。


「宝石を持っているのは仲間の方か?」


 子供はそう聞いてきて、炎の魔法を使うふりを続けている。


「俺も仲間も宝石を持っていない」


 そう答えて、続けてもう一言加える。逃げる前にひとつ聞いておこうか。


「宝石探しは、お前も誰かに雇われているんじゃないのか?」


 そう聞くと、子供はこちらを見ずに答える。


「雇い主には会った事が無い。お前らだって会えないさ。絶対に」


 違うと否定するか、返事をしないで黙っていると踏んでいた。雇い主が会いに来ない事に悔しい気持ちがあり、俺を見下すように言った言葉は本音だろう。この嘲りの返答から情報を拾い出さないといけない。


 雇い主に会えない事情は、何か思いつくだろうか? この組織の指揮系統は、何か特殊なのだろうか? 命令の伝達手順が複雑なのか? 顔を隠して命令を伝えに来るのか? 手紙などの書面を使うのか…。


 分からないが、命令が誰から来ているのか隠されているのかもしれない。組織の中心人物は、自身の事か、組織の秘密を守ろうとしている。組織の秘密は、今は想像出来ない。


 もしかしたら、こいつは組織の末端の構成員で、中核となる幹部には会えないのかもしれない。或いは、宝石を奪ってくる仕事を受けた盗賊団か何かで、組織の一員ではないのかもしれない。この理由だって十分あり得る。


 今は、あれこれと深く想定しておく時間は少ない。何か策に繋げるとしたら、複雑な命令伝達を逆手にとって、指揮系統に割り込めないだろうかという事。上手くいけば、俺達を追うなと嘘の指令を出せるかもしれない。しかし、今出来る事ではない。


 俺達の身を守る策とは関係無いが、こいつは、ある程度の出世欲があり、組織の幹部になる事か、盗賊団から組織の一員になる事を望んでいるのだろうか?


 俺は、向上心がある人間を良い方に評価するが、人を傷つけるやり方は気に入らない。


 特別な魔法が使えるのに、間違った方向に進んでいる。人と違う特別な魔法を使える子供は、心は特別ではなく、何かに迷って悩みながら、今ここに居るのだろうか?


 追われている状況でも、そんな事が気になってしまう。たった今、何か出来る訳ではないのだが…。


 子供と覆面の連中を送り込んだこの組織の規模は、思ったより大きそうだ。そして、積極的に行動している。一番の問題は、宝石を集める為に暴力を使う事を躊躇わないという事。あまり関わり合いになりたくない。


「もし、偶然でも雇い主に会えたなら、言いたい事がある。俺達は、素性の分からないお前らに追われて、在りもしない事を疑われている。迷惑だ、ってな。後はそうだな。お前が直接探しに来い、とも言ってやりたいな。」


 子供はまた、こちらを見る事はしなかった。


 最後の一人を除いて、兵士を倒しきった。最後に一人残った指揮官は、味方の兵士が魔法の炎に苦しみ、俺の木剣に倒されるのを離れた位置で呆然と見ていた。炎の魔法の様子が想像の範囲を超えていたのだろう。


 それでも他の兵士と違い、炎が幻である事に気付く。自身の片腕についた炎を見つめ、もう片方の手で何度も叩いている。火が消えない事と熱くない事を理解したようだ。


「これは幻だ…」


 まだ確信していない。自身に言い聞かせるように、もう一度叫ぶ。


「これは、幻だ」


 その言葉とともに子供に走り寄り、両手で握った木剣を振り下ろす。


 相手は子供、焦りが無ければ指揮官は冷静に行動し、力任せな攻撃をするはずが無い。しかし、強力な魔法を見せられ、恐怖で心が麻痺した男は、子供の頭に武器を振り下ろす。この男も子供の姿が幻だと勘違いしている。


 子供は、この行動を予想していなかったのか、その場に立ったまま逃げる事が出来なかった。魔法を使うのをやめて、両手で頭を守ろうとする。炎の塊が消え、一瞬で周囲が暗くなった。

 

 止めないといけない。


 俺は風の魔法で木剣の速度を遅くし、指揮官の体を後方に反らせる。同時に子供を後ろに転ばせる。


 三つの方向へ同時に魔法を使ったが、間に合わなかった。頭への直撃を避ける事が出来たが、子供の腕に木剣が当たってしまった。子供の悪戯が過ぎたと思うが、罰としては痛過ぎる。


 俺に対して隙を見せた指揮官に一撃入れて気絶させると、子供に駆け寄る。


「いい魔法だが、もうひとつ工夫が必要だな。怪我を見せてみろ」


 すぐに治療にとりかかるが、子供は拒否する。


「なんだよ、お前。いらいらする。ボクに触るな」


 痛むはずの腕を押さえて立ち上がる子供。幻の魔法で姿が消えていく。


「絶対にお前の宝石を奪ってやる」


 その声が聞こえた後、気配が遠ざかっていった。

 

 今使った見えなくなる幻が一番厄介じゃないか…。気付いてないのか? まあ、風の探知魔法で俺には位置が分かるのだが…。


 さしあたり厄介な追手は退けた。怪我をした兵士を少し治療して、リージュを呼びに戻ろう。

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