第48話 「読み通り」

 わたしは、ブロに言う。


「わたしは宝石を持ってないって」


 それは、時間稼ぎの為に言った言葉。


 一歩後ろに下がりながら、有効な武器が自分の手に無い事を再認識する。腰の帯に下げていた道具袋は、今ここには無い。中にあった飛び道具は、当然無い。真剣の槍を相手に木剣では到底かなわない。何か手を考えないといけない。


 ブロは、動物探しの仕事で森に居た時と雰囲気が全然違う。あの時は覇気の無い中年に見えたが、今は睨めば相手が逃げるような鋭い顔つきに変わっている。油断すれば、わたしは殺されるだろう。


 とにかく間合いを取る。


 幸い周囲は広く、逃げるのを阻む壁は無い。ずっと逃げ続ける事が出来る。背中を見せたら槍を投げてくるから、背を向ける事は出来ない。ブロを正面に見据えて、ずっと後ろに下がる。


 そして、風の防御魔法を使う。槍の攻撃を止める事は出来ないが、風で攻撃の角度を僅かに変えて、必殺の一撃を避ける。時々、突風を起こし、ブロを転ばせる事を狙う。そのたびにブロは大地を踏みしめて立ち、転ばないように耐える。


 彼を転ばせる事は出来ないが、踏ん張るたびに動きが止まるので、間合いを離すのに役立っていた。


 時々、木剣を振り回す。


 そもそも届かないし簡単に躱されるが、攻撃を混ぜないと一方的に間合いを詰めてくる。守り一辺倒ではやられてしまう。


 ブロは、やたらと槍を振り回したりしない。


 構えを崩さずに、落ち着いて確実な一撃を狙ってくる。焦って無駄な攻撃をしてこない。こちらを弱者と見ての油断も無い。無言で確実に仕事をする殺し屋だ。半端な手は通じない。身につけている鎧は、この木剣では壊せない頑丈なものだ。


 木剣で斬りかかり、躱されて転んだふりをして地面の石を拾う。


 風の魔法でその石を飛ばし、ブロの顔を狙う。兜は堅く、跳ね返される。


 間合いを取ってしゃがみ、また石を拾う。


 魔法で飛ばし、鎧の隙間を狙う。槍を使って弾かれる。


 それを何度も繰り返す。攻撃になっていない。小さな怪我さえさせられない。それでも繰り返す。さすがのブロも呆れ始める。


「その小石は無駄だ。真面目にやれ」


 槍の届かない距離を確認して、安全を確保してから答える。木剣は地面に置いておく。


「百個以上かな。もっとかな? 拾って飛ばしたと思う。でも、あなたにかすり傷もさせられなかった」


「素直に渡せば殺さなくてもよかった。もういい。殺してから宝石を探させてもらう」


「待ってよ。そろそろ本気出すから」


「お前に策は無い」


「あるよ」


 そう言ってから、右手を上げ、指を差す。ブロの頭上を。


 ブロは警戒したまま自らの真上を見上げる。頭上高く、そこにはゆっくり回る竜巻。跳ね返されて飛んで行った小石を巻き込んで回る渦。目を見開くブロ。驚いている。


 右手は上げたまま、左手の手のひらをブロに向けて伸ばし、今までのやつより強い風をブロにぶつける。彼は倒れないように今までより強く踏ん張る。踏ん張った分だけ、すぐに動けない。


 頭上の風を操作するように右手の人差し指を振り下ろす。小石混じりの突風が真下に吹き付ける。ブロに弾かれて割れ、牙みたいに尖った石なら、兜の薄い部分を貫通するだろう。


 槍を両手で持つブロは、盾を持っていない。彼は両手を使って頭を守る。手を守る鎧も薄いから、小石は手に突き刺さる。これだけでは倒せないが、まだ終わらない。


 彼は馬鹿ではない。小石の雨が降る場所にいつまでも突っ立っていない。一時的に手を傷つけてでも頭を守り、すぐにその場所から飛びのく。でも、それもわたしの策のうち。


 両手を上げて頭だけを守る体勢のブロは、大きく一歩を踏み出す。その一歩を踏み出したとき、一瞬だけ注意がわたしから逸れた。


 その隙を逃さない。


 ブロにぶつけないで服に隠していた小石を取り出す。九個あった。それを一斉に飛ばして、ブロの顔を狙う。いくつかの石をまとめて飛ばせば、どれかが当たる。それに、いくつも同時に当たれば一個ずつより威力が上がるかもしれない。


 殆どの小石が鉄兜に直撃した。


 わたしが思った以上の衝撃だったみたいで、顎の紐が千切れた兜は、ブロの頭から外れて遠くに吹き飛んでいった。当たった時の音が大きかったので、わたしの方がびっくりした。空中を舞った兜は、酷く変形していた。


 ブロは気絶こそしていなかったが、足元がおぼつかない様子だった。


 わたしは木剣を拾ってブロに走り寄り、頭を目掛けて思いきり振り抜く。わたしの力では気絶させるくらいが限界だけれど、今はそれで十分だ。ブロは地面に倒れ込んで動かなくなった。わたしの作戦は、うまくいった。


 一息ついたので、ジオの所に行こうと思ったら、ジオの方が戻ってきた。






 俺がリージュの所に戻ると、ブロが倒れていた。


「どうなってる? これ、ブロだろ」


宝石を渡せって、しつこくて」


「倒したのか?」


「そう」


 自慢げにリージュが答えた。ブロは実力者で強敵だったはずだ。「やるじゃないか」と褒めてやろうと思ったが、その前に聞いた事がある声がする。


「やるじゃないか」


 先にクローの声が聞こえて、暗がりから姿が現れた。顔が見えないように覆面をしているが、声と背格好から間違いないと判断出来る。


 黙って見ていると、ブロの横にしゃがみ込み、顔を確認している。


「後で誰か呼んで、取調べ室に運ばせておこう。さて、傭兵君、少しいいかね?」


 丁度いい。クローにひとつ聞きたい事がある。リージュには、ブロを見張っていてもらおう。


 離れた所に移動した後、クローが喋り出す。今はこいつから殺気を感じない。


「君達は無茶をしたな。この騒動は少しだけ誤魔化しておいてあげよう」


「そうか。助かる。それで…」


 俺の言葉の続きをクローの言葉が遮る。


「覆面をした連中は、宝石を狙っていたのかね?」


 俺も聞きたかった事だ。嘘の返事をすると情報は引き出せないかもしれない。


「そうだ。俺達は持っていないのに、宝石を出せと言って現れた。あいつらは何なんだ?」


「自分も知らないよ」


 何か裏があるように思えるが、それは読み取れない。言葉通りに受け取っておこう。今のところは、あまり深入りしないようにしよう。


「そうか。そういえば、俺達はいつまで一緒に居たらいいんだ? 次の仕事はまだか?」


「ふむ。それはもういい」


 待機するように言って、その代価も払うと言っていたが、拘らない方がいいな。


「では、俺達はそろそろ立ち去るとするよ」


「そうだな。また会おう」


 こっちはあまり会いたくないが、クローはまだ俺達に何か用があるという事か? しかし、ここから逃げるとしよう。ルオラの方は、集合場所に着いただろうか…。

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