第46話 「幻と疑い」
俺の目の前、隊の一番先頭に居たのは指揮官だったようだ。
指揮官は、大きく後ろを振り返った後、俺の方に向き直って木剣を構える。隙は無い。構えた木剣の先を俺に向けたまま、今度は小さく体を逸らせて後ろを見る。四人の部下の動きを再確認したのだろう。
一番後ろに居る兵士を睨んでいたが、その兵士は幻で偽物だ。
この指揮官の男から見て、俺と俺の仲間の化けた兵士から挟み撃ちにあう危機が訪れている。そんな風に期待通りの勘違いをしてくれたようで、男は体を強張らせていた。
実際は、子供が化けた幻の兵士と俺は仲間ではない。しかし、そんな事は、この指揮官には分かるわけが無い。
俺の期待としては、事情が分かっていても、そうでなくても、すぐに幻の兵士を攻撃してくれれば良かった。だが、指揮官はそうしなかった。さっき俺が使った魔法に何か裏があると詮索して、警戒したのかもしれない。
指揮官以外の兵士も危機意識を持った様子で、すぐに体の向きを変えた。幻の兵士に近い位置に居た三人は、俺には背を向けて幻の兵士の方に向きを変え、木剣を構えた。指揮官の横の一人は、一度後ろを振り返った後、俺の方に向かって木剣を構えた。
幻の兵士はこの時も動かなかったので、一先ず、俺と二人で兵士五人を挟んだ形となっていた。しかし、それは長く続かない。二人で五人を取り囲むなんて出来る訳が無いからだ。
指揮官と部下の兵士四人だって、そんな事は分かっていた。すぐに斬りかかってくる代わりに一斉に左右に散って、俺と幻の兵士を囲む陣形を取った。兵士五人が輪を作り、中心に居る俺達を睨み、木剣の先を向けた。
子供の化けた幻の兵士は、俺から少し離れた位置のまま、まだ動かない。体の向きを少し変えただけで、すぐに攻撃を受けなくて安心したのか、立ち尽くしているだけだった。もしかしたら、魔法に何か制約があるのかもしれない。もっと観察したい。
俺が黙ったまま木剣を構えていると、兵士達が口々に怒鳴り出す。
「動くな」
「剣を捨てろ」
「お前は、こいつの仲間だったか」
一斉に大声を出すのでよく聞き取れない。静かにして欲しいものだ。
俺は、五人の兵士と正面切って戦うつもりはなかった。味方に化けた敵が居る事を兵士達に連想させて混乱を誘い、子供の化けた幻の兵士に詰め寄ってもらう計画だった。
子供は怖がって魔法を解き、正体を現す…。それを見て驚いた兵士達を俺が背後から攻撃して気絶させる。子供は逃げ帰っていく。そんな風になれば面白いと思っていた。今のところ、思ったようになっていない。
状況を変化させた方がいいかもしれない。兵士達に隙を作らないといけない。少し悠長に構え過ぎたかもしれない。
周りを囲んでいる兵士達は、俺達に随分距離を取っていて、一人一人の間隔が広い。囲みの外に飛び出して、兵士達を混乱させてみようか…。
足に力を込めて踏み出そうとした時、状況は悪い方に変わった。さっき離れていった兵士達が戻って来て、五人の敵が十人に増えてしまった。十人に囲まれると、外に飛び出す隙は無い。小走りに戻ってきた兵士達は、興奮気味に言葉を交わす。
「こいつらか、面倒ごとを起こしているのは」
「もう逃げ場は無い。終わりだ」
「早いとこ、やっちまおう」
敵の指揮官は、幻の兵士をずっと観察していて、ついに確信したようだった。
「お前は鎧が綺麗すぎる。おかしいぞ。やはり侵入者か」
確かにこいつの鎧は、たった今訓練を終えたばかりの兵士達と違い、新品のように綺麗だった。子供が兵士に化けている意味は、もう無いのかもしれない。
俺にはどちらでもよかったが、この子供は、もっと早い時期に俺を攻撃すべきだった。そうすれば、兵士に紛れ込んだままでいられたかもしれない。何らかの理由があるのか、判断が遅れたのか分からないが行動していない。俺とこいつは、仲間だと思われたままだ。
兵士達は勘違いしているから、俺達を囲んで追い詰めた。その考えも行動も不自然ではない。しかし、こちらからすると不自然で落ち着かない。本来は敵同士の俺と子供は、五人の兵士を放っておいて、二人だけで戦いが始まってもおかしくなかった。
二人で一緒に囲まれたせいで、子供と共闘するような形になっている。こいつだって、兵士に囲まれた今の状況を切り抜けなくてはいけない。敵の敵は味方という言葉がある。無事に帰る為には、共闘だって選択肢のひとつだろう。
兵士達が作った円の中、俺と子供の化けた幻の兵士は、自然に背中合わせになって立っていた。そのまま周囲を警戒する。
この状況は、いくつか予想していたうちのひとつだったが、その中で最も起こり得ないと思っていた状況だった。だが、面白くなってきた。
子供は、覆面の奴らが兵士に倒されたのを見ていたのか、俺よりも兵士に対しての警戒心が強いようだ。
今は、俺の方を攻撃してくる気配は無い。俺は背中を向けたまま、子供に話し掛けてみる事にする。判断の難しい状態で問い質してみれば、案外、話してはいけない事を漏らすかもしれない。
「何故俺達を追うのか? お前らの欲しいような金目のものは持っていないぞ。それとも、何か迷惑をかけたか?」
子供の化けた幻の兵士は、こちらを見ずに答える。
「と、とぼけるな。お前達、宝石を探して見つけただろう。情報は掴んでるんだ」
声はやはり変えられない。幼い声だった。
そのやりとりを向こうの兵士達は待たない。
前後の一人ずつが同時に近づいて来て、俺と子供を同時に襲ってくる。俺は風の魔法で砂を舞い上げ、兵士の目を閉じさせる。兵士は俺を見失ったまま剣を振り下ろし、大きな隙を作った。
その兵士を木剣で打ち倒す。子供の方を襲った兵士の顔にも砂をぶつける。少しだけ助けてやって、反撃の様子を見せてもらおうか。
幻の兵士が持っていたのは、確かに木剣だった。もちろん、その木剣に実体は無く、振り回したって何にも当たらないはずなのだが、それを振っているように見えた。
敵の兵士が振った実体のある木剣は、幻の兵士の頭部を掠めたが子供には当たらない。子供は背が低いので、幻の兵士の頭の位置に子供の頭は無い。木剣は幻の頭部をすり抜け、敵の兵士は隙だらけになった。子供の力でも反撃は簡単だろう。
訓練場の兵士達も皆が木剣を持っていたので、俺は子供も同じだと思い込んでいた。それは大きな勘違いだった。
子供の反撃に遭い、倒れていく兵士の脇腹からは血が流れる。
子供は本物の剣を隠し持っていたようだ。深手ではなさそうだが、その兵士は小さく呻いて倒れていく。自身がどうやって切られたのか、理解出来ていないだろう。俺にも見えてはいない。
俺は心を少し乱された。
自己防衛の為、仕方無く刃物を使ったのだと考えたい。 子供が人を刺す事に対して、複雑な感情が湧き上がる。環境のせいか、生きていくためか、剣を振る事を選んだ理由を探し、奥歯を噛みしめる。しかし、今は、落ち着かないといけない。
狙いは宝石だと言ったのか…。こいつとクローとの関係はどうなってる?
「それは組合の依頼で探していただけだ。俺は持っていない。依頼主が持って行ったぞ」
俺は事実のままを答える事にした。
「口でならいくらでも言える。持っているだろう? どこかに隠しているのか?」
こいつはクローの部下ではない。覆面の奴らもそうだ。クローとは関係無い組織が宝石を狙っているのか? 疑いを晴らすのは難しいかもしれない。
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