第45話 「迫る兵士」

 私とマイカを追いかけてくる森の中の兵士は何人でしょうか…。


 森の中は暗くて周りがはっきり見えませんが、足元には草が少なく、今のところ転ばずに走れています。


 木の枝を掴んで急な段差をよじ登り、崖みたいな下り坂を飛ぶ様に降ります。木の間を左に右に躱しながら走り続けています。追ってくる男性の兵士の方が、私より少し足が速いので振り返ると追いつかれそうです。


 私もマイカも、男性と比べて腕力も体力も劣ります。長い距離を走れば負けるでしょう。重たくて大きな斧みたいな武器を使うのも苦手です。


 でも、瞬発力と剣さばきの正確さ、状況を視る力は負けないつもりです。判断力や知識は、五分五分でしょうか…。つまり、やり方次第で男の人にも勝てます。


 森の外に兵士が待っていて見張っている場合、森の外から見えるような所で戦いを始めると増援に来てしまいます。森の奥に居るうちに、後ろを追って来る兵士を倒さないといけません。


 マイカとうまく合わせて、平らな所で戦いましょう。マイカの方を見て手で合図をすると、向こうも手を振って返してくれます。準備は良いようです。


 まずは、真後ろの兵士から倒しましょう。


 私が急に止まり、その場で振り返ると、その兵士は私を捕まえようとして剣を使わずに飛び掛かって来ました。


 この方は水泳が得意なのでしょうか? 


 両手を前に突き出して水に飛び込むような姿勢は乱れがありません。しかし、その才能は森の中では無用です。私は伏せるように身を低くして構えて、兵士の下に入って躱します。


 空中の兵士は、私の真上を飛び越えていきます。兜越しなので確信はありませんが、目が合ったような気がしました。その兵士が真上を通り過ぎる前、まだ真上にある足を木剣で突きます。


 とても痛いでしょう。受け身も取れずに顔から地面に落ちていきました。御免なさい。そのまま倒れていてください。


 その後ろに控えて走っていた二人目の兵士は、伏せている私の傍に来て木剣を振りかぶりました。


 両足で地面にしっかり踏ん張り、両手で強く剣を握って、頭の上に振り上げています。これをもらってしまったら、私は簡単に戦闘不能でしょう。


 でも残念ですが、あなたは背が高過ぎます。高く振り上げた剣が、上にある木の枝に当たってしまいましたね。振り下ろすのが遅くなりましたよ。


 私は立ち上がりながら、がら空きの胴を思いきり叩きます。鎧があるので十分な打撃にはなりませんが、動揺しましたね。


 あなたの剣は空振りです。大振りに真下に振り下ろした剣が地面に当たるのを見てから、頭部に打ち込みます。あなたも倒れていてください。振り下ろした剣をすぐに振り上げて、二撃目を狙おうとしていたのも見えていました。優秀な方でしたね。


 三人目と四人目の兵士は強敵の予感です。


 私が三歩ほど後ろに下がったら、二人が並んで左右から同時に斬りかかって来ました。二方向の同時攻撃から身を守るのは難しいですが、足元が見えていませんでしたね。


 この下は、落ち葉がたくさん積もっていて足場が悪いです。二人とも剣を振り下ろしはじめてから、少し滑ってしまったようです。


 私は知っていたので、簡単には滑りません。剣の軌道が変わって避けやすいですね。剣を振る速さは、私も自信がありますから、隙が大きい二人を倒してしまいましょう。


 五人目は隊長でしょうか…。落ち着いた様子で、手強そうです。すぐには斬りかかってきません。


 立って構えている私の前に立ち、向こうも剣を構えます。まるで、剣術の試合が始まる時みたいです。でも、確実に私が有利です。


 斬り合いをすると見せかけて、急に振り返って逃げましょう。


 戦いが始まる雰囲気でしたから、不意を突かれたでしょう。あなたの仕事は追って捕まえる事ですから、反射的に追って来て下さい。構えを解いたら、あなたは隙だらけになりますね。


 逃げるふりをして、すぐに隊長の方に向き直り、水平に胴を斬りつけます。木剣なので切れたりしませんが、当たり所が悪かったですね。倒れてください。


 私が背を向けた時に、もしも持っていた剣を投げてくれば、私が一瞬だけ不利になったかもしれません。でも、それを躱せば、あなたは武器を失ったでしょう。どちらにせよ負けでしたよ。


 迫っていた五人を倒し、マイカの方を確認します。


 四人を倒して、最後の一人と戦っています。相手は槍のように長い棒を持っていますが、木の多いところにうまく誘い込んでいますね。あれでは木が邪魔で、敵は棒を上手く振れません。


 そう思っているうちにマイカが勝ちました。マイカが「さすが姉さん。早いね」と言いたそうな様子でこちらを見ましたが、あなたの倒した敵の方が強そうでしたよ。


 追って来ていた十人を倒しました。


 この方達には、このまま森で寝ていてもらいましょう。虫に刺されるのは許して下さいね。すみませんが。その鎧を借ります。大きさが合いませんが、これで私達は完全に兵士に化ける事が出来ます。赤と黄色の布はもう外して、さあ、また走りましょう。


 森の中をマイカと一緒に走ります。森の終わりで止まり、隠れて様子を見ます。


 森の外には、たくさんの待ち伏せ兵士が居ます。百人以上居そうです。月が雲に隠れるまで待って、飛び出します。そして叫びます。


「侵入者を見つけました。兵舎の方へ逃げています。追いましょう」


「よし、全員、追え」


 私の声を聞いて、兵士の指揮官が叫びました。


 私達の前には誰も居ませんが、侵入者を追っているふりをして走り、兵舎に飛び込みましょう。そこで混乱が起きれば、もう誰が侵入者か分かりません。兵舎は兵士が多くて危険かもしれませんが、大丈夫でしょう。


 兜をかぶったマイカの顔は見えませんが、笑っているのは分かります。


「姉さん。こんな方法、どうやって思いついたの?」


 他の兵士が追いついてくるまでは話していても大丈夫です。


「昔、男の子達が悪戯でしていたのを見ましたよ。その時は私も、誰も居ないのに林檎を盗んだ犯人を追いかけていました。林檎を服の中に隠した子は、すぐ横で笑って走ってましたよ」


「そんな事あったね」


 ただ並んで走っている事が楽しいです。子供に戻ったような懐かしい気持ちです。さっきの兵士が追いついて来たので、少しお喋りはやめましょう。ジオさん達は無事でしょうか…。

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