第44話 「一言」

 俺は、リージュと一緒に動かずにずっと隠れていた。


 森に入ってきた兵士達は、ルオラとマイカを追って行き、俺とリージュの居る場所から離れていった。松明の明かりが揺れながら遠ざかっていき、完全に見えなくなった。周囲に静けさが戻っていた。もう少しだけ待ってから、森の外へ出よう。


 暫く待っても、他の兵士は来ないようだった。森に入ってきた兵士は僅かで、ルオラがうまく引き付けてくれたようだ。兵士達への対応はこれでいい。


 あとは、あの子供がいつ俺達を襲ってくるかが問題だ。ルオラが部屋に来る前から、俺とリージュは狙われていた。執念深く追って来るに違いない。警戒しながら進まないといけない。


 静かに立ち上がり、森の外へ向かって歩き出す。リージュに合図してから、暗い中を手探りで慎重に進む。松明なんて持ってないし、そもそも敵に見つかるから使えない。しかし、今のところは順調だ。


 森と草原の境目に辿り着き、大きな木に隠れながら探知魔法で周囲の敵を探す。


 目の前の草原に生えている草は短いものばかりだ。森の外に出れば、身を隠す事は出来ない。ここで見つかったら、戦うか、走って逃げるかしかない。向こうに探知魔法の使い手がいれば、もっと簡単に俺達を見つけてしまうだろう。


 草原の中、離れた所に兵士が数人立っているのが見える。少し待っていると、入れ替わりの兵士達が来て、最初の数人は歩いてどこかへ行ってしまった。


 後から来た兵士達のうち、一人に違和感がある。魔法を使っている奴が居る。俺の勘が当たっていれば、その一人が兵士に化けた魔法使い、幻の魔法を使うあの子供だ。リージュはこの相手を知らない。計画通り、俺が相手をしよう。


「リージュ。ここで隠れていてくれ。あの兵士を倒してくる」


 木に寄り添って立っていたリージュは、頷いてからしゃがみ込む。俺は、月が雲に隠れてから森を出て走り出す。数人なら好都合だ。


 兵士の持っている松明の光は、周囲の地面を明るく照らしている。その明るくなっている範囲の中に入らないように立ち止まる。


 俺は足音をなるべく立てないように来たが、兵士は気配に気付いていると思っていい。しかし、警戒しながらでも、敵か味方かを見極めるまでは襲ってこないだろう。


 兵士の方から声が掛かる前に、俺から先に声を掛ける。


「探しているのは俺か?」


「何だと。誰だ?」


 マイカの用意した兜をかぶり、顔が分からないようにして、松明が照らす明るい地面の範囲に踏み込む。相手から姿が見える所まで近づく。


「お前か、侵入者は? おとなしくしろ。両手を頭の後ろに組んでしゃがめ」


 いきなり殴りかかってくるかと思ったが、この兵士達は落ち着いた対応だった。訓練で疲れていたのかもしれない。囲まれる前に仕掛けよう。


 俺から見て、六人の兵士達は整列しているわけじゃなかったが、およそ二列に並ぶ様に立っていた。前に居た二人のうち一人が松明を頭上高くに上げ、俺の顔にも光が当たるようにする。


 兜があるので俺の顔は分からないだろう。鐘を鳴らした時とは違い、やや安心感がある。


 俺は魔法を使う。


 兵士達の後方から風を起こし、砂と小石を舞い上がらせる。空中に浮かんだ砂と小石を兵士の背中にぶつけていく。一番後ろに並ぶ二人の兵士のうち、片方が一歩後ろに下がって、他のどの兵士よりも後ろに立った。目立つ行動だった。


 宿で見た時、幻の魔法を使う子供の背は低かった。こいつは今、大人の背丈の兵士の幻を作り、それに重なって立っていると予想出来る。その幻に砂粒をぶつけると、全身のうち、頭や胸の部分は砂がすり抜けている。


 間違いない。幻の兵士は、子供の背より高い部分には実体が無い。


 本物の兵士には、風も小石も実害が無いから不自然な行動は取らない。俺を取り囲む為に歩き出そうとし、風に気付いて立ち止まっただけだった。そして、すぐにまた歩き出そうとしている。


 子供は風が起きている意味に気付き、不自然な行動を取った。そして、そのまま動けないでいる。


 幻の兵士の正体がばれた場合、当然、本当の兵士から見て子供も侵入者という扱いになるだろう。


 酷い暴行を受ける事はなくても、捕まる事は間違いない。兵士の相手をし始めるとなると、俺の相手をしていられない。さっき後ろに一歩下がった偽物の兵士は、他の兵士から離れようと、さらに一歩後ろに下がる。


 では、風を止めて、仕上げの一言を放つとしよう。


「よくやった。うまくなりすましたな。今だ。後ろから殴りかかれ」


 本当の兵士達の目線で見て、俺の仲間である侵入者が兵士の一人になりすましている…。彼らにそういう疑いを持たせたい。たった今、敵が自分の背後に居て、殴りかかろうとしている。その恐怖を頭によぎらせたい。


 かなり不自然で説明的な言葉だったから、兜で隠した俺の顔は少し笑っていた。だが、俺の顔は見えないし、これで良かったと思う。


 俺の策に騙された兵士五人が後ろを振り返る。目に砂が入ると困るだろうから、風も止めておいた。幻の魔法使い君、お前に注目を集めてやったぞ。さあ、本当の兵士諸君、こらしめてやってくれ。






 わたしの位置からだと、暗くてジオが何をしているのか分からないし、声も聞こえない。


 森の端に隠れていて、呼ばれたらジオの所に行けばいいと思っていた。


「宝石を渡してもらおう」


 低い声の誰かに背後に回られていた。驚いて心臓が止まるかと思った。探知魔法を使っていなかった。わたしは、未熟者だ。


 少しでも鼓動が治まらないかと、胸に手をきつく当てる。そして探知魔法を使う。声のした方と魔法で探った位置は合っていて、誰か居るのは間違いなかった。慌てていて、四つん這いの姿勢で転がるように逃げた。こんな姿は誰にも見られたくない。


 森から飛び出して草原に立ち、相手が姿を現すのを待つ。


 剣士か魔法使いかは分からない。相手がどんな武器を持っているかも見ないと分からない。すぐには近寄って来なかった。不気味な相手だ。ジオの所に行かせない方がいいかもしれない。


 わたしが持っているのは木剣だけで、訓練兵一人が相手でも、逃げる方がいいかもしれない。戦っているうちに仲間が来ると逃げ切れない。


 少し落ち着いてきた。森から歩いて出てくる敵。さっき、そいつが宝石と言った事に今気付く。


 きっと兵士じゃない。緊張が増す。クローか? クローの部下か?


 いや、それなら宝石を持っていないと知っているはず…。この相手は誰なのか?


 森も暗かったが、草原でも月が雲に隠れると真っ暗になる。たった今は雲が月を覆ってしまった。深呼吸して空を見ながら待つ。もうすぐ雲が切れる。


「ブロ?」


 わたしは、思わず相手の名前を声に出した。月明かりで見えた顔、森の時と同じ鎧を着て、森で持っていた槍を持ち、森で聞いた声で話す。交渉の為なのか、兜の顔の部分は覆いを外していた。


「宝石を渡してもらおう」


 要求はさっきと同じ。持っている槍は訓練用ではない。月明かりで刃先が光っている。ジオが向こうで相手をしているのは厄介な相手だと言っていた。今、わたしの体は軽い。魔力も強くなっている気がする。


 こいつを一人で倒せるだろうか? 倒すしかないだろうか…。

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