第18話 睨み合いの結末

 素手のオレは、山猫と睨み合っている。


 腰の道具袋に右手を突っ込んで中身を探る。長剣を落としたから、何か代わりの武器が必要だ。手触りで袋の中身を確認する。


 長い縄が一本、短いが丈夫な縄が一本、小さい松明が二本、火付けの道具、干し肉の欠片、煙が出る花火、包丁が1本、短剣が一本、他にもあるが、これで出来る事を考えないといけない。


 取り出した火付けの道具で松明に火を点けると、薄暗い森が明るくなる。山猫は急に嫌がる顔をして、牙をむき出しにする。


 足元に近づいてくる蛇に、その松明を近づけると逃げて行く。蛇は回り込んで近づいてくるが、松明を動かせばまた離れていく。これで足元の心配は随分減った。


 どうにかして、落とした剣から山猫を離れさせたい。試しに、干し肉を地面に投げてみる事にする。腹が減っていれば、喰いつくかもしれない。


 指でつまんだ干し肉を山猫によく見せてから、向かって左の地面に放る。山猫はこれを途中まで目で追っていたが、地面に落ちる前にオレの方に目線を戻した。そんなものに釣られはしない。言葉が喋れたら、山猫はそう言ったかもしれない。


 次に、玩具のガラス玉を投げてみる。今度は向かって右側へ。松明の光を反射して光るガラス玉は、地面に落ちて茂みの中に転がっていった。


 同じように光る金属の欠片、鳥の羽根のついた飾り、お香の匂いの染みついた小さな皿、道具袋に入っていた小物を次々と投げてみる。どれかが注意を引ければいい。


 結果としては、どれも駄目だった。


 どの小物も山猫の注意を引けるのは最初だけで、オレの手から離れた後は見向きもしなくなる。剣を取り戻させない事で、ずっと有利で居られる。この敵は、それを分かっているようだった。


 それならそれでいいさ。


 オレは、動かない山猫の前で堂々と工作を始める事にした。


 松明は地面に置いておき、長い縄の端を使って長剣の鞘に短剣を結び付ける。急ごしらえの槍が出来上がった。縄の反対側に石を結んで頭上に投げると、丈夫そうな枝に縄が上手く引っ掛かった。


 縄を使って、槍を木にぶら下げる事が出来た。その縄の支点は山猫の真上の枝、縄は斜めに降りてきてオレの手元の槍に繋がっている。縄の長さを調整し、手を離したとしても槍が地面に着かないようにする。


 この槍を投げてこいつに躱されても、振り子の仕組みでこちらに戻ってくる。長剣は奪われたが、この槍は奪われないだろう。


 山猫は、オレを傍観する事に慣れてしまっていたのだと思う。ずっと動かないままだった。近づいてこないオレを自由にさせ過ぎていた。こいつが強敵なのは間違いが無いが、人間がどんな工夫をするか想像出来ていない。


 花火に火を点けて山猫の足元に放ると、小さな火花が散ってすぐに煙が出始める。


 玩具だから、実戦的な煙幕にはならない。せいぜい片方の前足が見えにくくなる程度だったが、これは十分に注意を引いた。火薬の匂いを嫌がったのかもしれない。


 山猫は、片方の前足を少しだけ後ろに引く時に下を見て、オレから目線を外した。その隙をつき、槍を投げつける。怪我をしていない右手で思いきり投げる。


 刃先の方を後ろに、柄の方を先にして槍を投げつける。


 槍には縄がついているから、オレの腰くらいの高さで地面に着かずに飛んでいく。いや、弧を描いて移動するという表現が正しいかもしれない。


 その槍を伏せて躱す事は、山猫にとっては簡単な事だっただろう。しかし、こいつの上を通り過ぎた槍が、後ろから引き返してくる事を想像出来ているだろうか? しかも、今度は刃が付いた方が迫ってくる事も…。


 オレが見守る中、山猫は力強い野生の本性を現した。


 山猫は、後ろ足で立ち上がって反り返るように身を伸ばし、上半身を捻る。爪を出した両方の前足を使って、戻ってきた槍を掴む。剣の達人がやるような見事な真剣白刃取りだった。


 そんな器用な事が出来るのか。


 そんな風に思いながら、オレは頭を低くして走り込み、山猫の懐に入る。長剣を拾って胴に突き刺せば終わりだったが、操られている動物を殺す気にはなれなかった。


 山猫の背後に回り、鉄線入りの頑丈な縄を首に巻き付けて締め付ける。まるで人みたいに後ろ足だけで立ち上がったままの山猫。混乱し、掴んだ槍をまだ手離せないでいる。


 立ち上がった山猫の後頭部は、オレの頭より遥か上にある。子供が大人の背中を見上げているようだった。山猫の背後に居ても、近づき過ぎると危ない。三歩程の距離を取れるように、縄を長目に持って引っ張る。


 暴れる山猫の爪を全部躱せたのは、運が良かっただけかもしれない。少し時間は掛かったが、なんとか気絶させる事が出来た。


 力無く倒れ込んだ山猫は、浅い呼吸をして目を閉じていた。オレが近くに寄っても反応は無かった。縄を使って首輪を作り、それを木に縛って、追い掛けて来られないようにした。


 残ったのは蛇。どこへ行ったのか?


 山猫が暴れている間、踏まれないようにどこかに隠れたのだろうか。探さないといけない。連携が取れていたのは最初だけだったようだ。


 オレの左手の血は止まっていなかったが、小さな毒蛇を倒すのは簡単だ。早く終わらせて、彼女の所に援護に行こう。クロー達がどうなっていてもいい。

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