第19話 自信

 自分は、軍の訓練で鍛えた腕を見る。


 この猿にだって負けない。十分に太い。鍛錬に手は抜かない。その腕を守る鎧は特別に注文した品で、頑丈なうえに人の指の長さでは掴むのも難しい太さだ。しかし、その鎧は猿の手で簡単に掴まれ、今にも壊されそうになっている。


 組みつこうと寄ってきた猿の体に、盾を押し当てて押し返そうとしているが少々分が悪い。両手で持って押し付けている盾の左右から猿の手が伸びてきていて、両方の上腕の部分を鎧の上から掴まれている。その力は人間より遥かに強い。


 鎧の金属が音を立てて酷く軋んでいる。盾の上側からは猿の顔が覗き、大きな牙のある口をいっぱいに開けて噛みつきに来る。少しずつ押されていてこのままの体勢では不利だが、どうしようかとじっくり考えていた。焦りは一切無い。


 腕の鎧が強度の限界を超えて壊れると、事態は自分に都合の良い方に動いた。


 鎧が握り潰される直前だった。鉄の部品同士を繋ぎ止めていた布やら金具やらが千切れ、猿が握っていた部分の鎧が腕から外れた。猿の手は腕の鎧だけを握り潰した。


 盾を振って猿を押し返すと、お互いが間合いを取って睨み合う形となった。


 握力がやたらと強いが、それ以外は牙も爪も他の動物と大差無いな。


 落としてしまっていた剣を拾ってから、ずっと握っていた盾を近くの地面に置く。本来は片手で持つ剣を両手で不自然に持ち、その様子を猿に見せる。


 猿はこちらの事を観察している。猿との間合いを広く取ったまま、素振りをして見せる。縦に横に繰り返し剣を振る。十字を切るように振る。猿は動かず、切っ先を目で追っている。


 剣を振りながら、ゆっくりと近寄って行く。


 一歩進んで一回剣を振る。また進んで剣を振る。猿は徐々に興奮を増し、毛を逆立てて唸り始める。逃げて行く様子は無い。


 剣の先が届く距離になり、猿の顔を目掛けて水平に薙ぎ払う。猿は案外、器用に避ける。首を引っ込めるようにしながら体を低くして躱した。剣を棒か何かと勘違いして掴みにくれば、手を切りつけてやれたのに。


 次は、斜めに剣を振り下ろし、これを猿が躱す。下から振り上げても上手に躱す。曲芸みたいで面白くなってきた。不意に笑みが零れる。それを見た猿が、真似をして笑ったように見えた。


 何度も剣を振るが、切り傷が出来るぐらいにしか当たらなかった。猿は、猿自身の血を見て興奮し、力強く吠えた。


 数歩下がってから、猿の目を睨む。


 剣は正面に向けて構えている。その剣を猿に目掛けて投げつけてやると、それも器用に避けた。剣は、猿の近くの地面に突き刺さった。


 歯を出して嫌な笑い顔をした猿は剣を抜き、慣れない手つきで柄を握る。こちらの真似をして両手で握る。それを見てから、自分は両手で拳を作って格闘術の構えを取る。


 近寄ってきた猿は剣を高く振り上げて、真下に振り下ろす。


 猿真似すると思ったよ。


 猿の振る剣は、素人の振り方だった。


 当然だと思う。簡単に躱す事が出来る。頭上から垂直に振り下ろされる剣を半身になって躱すと、猿の振るった剣は地面に刺さった。


 力の強い猿が振った剣は、地面に深く刺さって簡単に抜けない。地中に隠れた岩にでも刺さってしまったのか…。猿は剣を持ち上げようとするが、持ち上がらなかった。それでもまだ剣を握ったままで、思ったようにならず、猿は小さく鳴く。


 剣を握ってると、他の物を掴めないよね。握力自慢が台無しだ。


 剣を手放す事に頭が回らない猿に、一撃入れるのは簡単だった。小さな短剣を取り出し、猿の喉を刺す。その後、腕を掴んで格闘術で投げ倒す。剣は折れてしまった。動かなくなった猿は、それでも剣の柄を握ったままだった。

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