第20話 弱者の決意
俺は、近くでリージュが叫ぶのを聞いた。
「わたし、どうしたらいいですか?」
狼と一緒に倒れ込んだ俺はこいつの下敷きになっていて、全力でその下から出ようとしていた。狼は体に力が入らない様子だったが、それでも噛んだ右腕だけは離さない。それに狼は重く、すぐに押しのけるのは無理そうだった。
「ちょっと。待ってくれよ」
そう言った俺を見て、彼女は、俺が慌てる様子が無い事に不思議がっているだろう。
倒れる前、狼に毒針を刺している。狼は体が麻痺し、足に力が入らず混乱しているようだ。
麻酔と呼ばれる毒を持って来ていた。効果があってよかった。麻酔が効いているうちに下敷き状態から脱出したい。しかし、このまま彼女に経験を積ませるのはどうだろうか?
「狼は動けない。剣を持っているか? それでこいつを刺せ」
体を動かせない狼は、苦しそうに浅い呼吸をしている。少しでも狼が動かないように頭に抱きつき固定する。狼と俺の目線が合う。目でさよならを告げる。
「動けないって、何ですか? それ、嫌です。わたし」
「この先この仕事を続けるんなら、敵を殺すのは避けて通れない、いいからやれ」
リージュは、鞘に収まった剣の柄に手をかけるが、抜かずに立ち尽くしている。
「毒を使って、狼を動けなくしている。早くしてくれ」
こんなに大きな動物に使う予定は無かった。毒の分量は目分量で、いつまで効果が続くか分からない。暴れ出す前にもう一度、麻酔を打つしかないが残りは少ない。狼の牙にも、立ち上がろうとする足にも、少しずつ力が戻って来ていた。
わたしは、ジオに噛みつく狼を見て、思う事があった。
この狼は、本当はずっと小さくて操られているんでしょう?
狼を刺して殺すのは嫌だった。こいつに罪は無いと思う。だからといって狼をなんとか出来る力は無い。縛るような縄を持って来ていないし、動きを止めるような魔法も使えない。
悔しい。
そう思うと、涙が零れた。
彼ら全員は、わたしが半人前以下なのを分かって連れて来た。ずっと助けられている。そのくせ今は、刺すのは嫌だと理屈を分かったような主張をしている。その事も、嫌で嫌で仕方が無い。
彼らとわたしの違いは何なのか?
彼らは、隊の一員として自分の役割を務めている。指示を受けてはいるけれど、行動する時は、自身の意思で行動しているように見える。自身の責任を理解している。昨日だって今日だって、わたしは全然駄目だった。
誰かの宝石を取り返すなんて、わたしのためにはならないけれど、全部が自身の訓練になると思って仕事をしよう。
「狼は殺しません。あと、助けてもらった恩もちゃんと返します」
そう言って、首飾りにしている水晶を襟元から出して強く握る。目を閉じて集中すると、強い風を起こせる自信が溢れていた。
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