第3話 薄暗い部屋の主
示された屋敷へ歩いて向かう。
軍の敷地に入ると、本部の大きな建屋から離れた所に指示された屋敷があった。頑丈な軍の建物というよりは、貴族の屋敷を小さくしたような個人の家に見える。
漆喰を塗った白壁は掃除が行き届き、煉瓦が剥き出しの壁なんかに比べて美しく目に映える。門番などは居らず、戸口で声を掛け、中に入る。
返事は無いが、薄暗い廊下に張り紙がしてあって、左手の部屋に入るように書かれている。扉を叩いてから、疑わずに部屋に入る。
小さな明かりしか無い暗い室内は片付けられていて、中央に小さなソファがある。その奥の大きな事務机に構えている男が居る。依頼人だろうか?
こちらを向いているが、影になって顔は見えない。机に両肘をつき、顔の前で手を組んでいる。
「君が一人目だ」
「こんにちは。あなたが依頼人ですか?」
「そうだ。他に数人来るから、ソファに掛けて待っていてくれたまえ」
「ここでいいです」
挨拶をしない男に、軽く苛立ちながら答えておく。入り口の脇の壁に近づき、もたれかかって立ったまま待つ事にした。
皮製の黒いソファに毒針や刃物が仕込んであるなんて思えないが、初対面のこの男には、そんな心配をさせる嫌な雰囲気があった。
軍服の上からでも分かる鍛えられた体躯。それを包む整った身なりは一般兵士のものではなく、相応の高い階級にある事を思わせる。こんな暗い部屋でなければ、悪い印象は持たなかったかもしれない。
部屋を観察しながら待つが、目立ったものは無い。男が話し掛けてくる事も無い。
数分待つと、外から声と足音が聞こえた。扉を叩く音がしてから部屋に誰かが入ってくる。
「こんにちは」
一人目の声。ドアをゆっくり開けながら、落ち着いた声で室内に呼び掛ける女性。エルフ族のようだ。俺が目線を合わせて返事をする。
「こんにちは」
依頼人は、返事をしない。
暗い部屋の壁際、腕組みして立っている俺を少し不思議そうに見つめ、エルフは部屋に入ってくる。奥までは進まず、残りの誰かが入れる場所を空けて立ち止まる。
「なんだ、ここも暗いな」
二人目も落ち着いた声だが、低い声。背の高いエルフ族の男性だ。部屋の奥の静かな人物に気付くと嫌な空気を感じたのか、女性を守れるように少し前に出て立つ。
「こんにちは。お仕事の依頼は、こちらで良かったですか?」
三人目は、幼さを感じる女性の声。元気よく話すが、部屋の中を何度も見回し、落ち着きが無い。俺が目線を合わせてから逸らし、部屋の奥を見るように視線を誘導する。
「君らで四人か。これまでかな」
依頼人は、苛立った口調ではない。人集めのために組合やらに声を掛け、集まってくるのを随分待っていたのかもしれないが、人数が思った程にならずに諦めたような様子も無い。
「君らに仕事を頼みたい。難しい仕事ではない。引き受けて欲しい」
丁寧に話すが、依頼人の口調は重い。本来は、自らの身分を明かすのが先で、次に内容の説明をするのが筋だ。話は続く。
「自分も同行するので、指示に従ってくれればいい。期間は五日程だ」
エルフの男が言葉を返す。
「ここに来たのは仕事を受けるつもりだったからだが、軍の仕事の手伝いなのか? 内容を聞きたい」
俺は、暫く黙って二人の話を聞く事にする。
「ここからの依頼で、内容は人探しだ」
顔のよく見えない依頼人は、はっきり軍からの依頼と言わない。怪しい様子だ。待っていると、溜め息のような深い息が聞こえてから話が続く。
「先日から、街に盗賊が出ていると噂されているのを知っているか? その盗賊が宝石を盗んだので、それを取り返しに行くんだ。盗まれた領主が怒っていて、すぐに行けと頼まれた。軍が大勢で動く内容ではないのでね。軍のはしくれの自分が働く事になった」
その領主は、軍に頼み事が出来る権力者なのか? 無い話とは言えない。エルフの男と依頼人の会話が続く。聞きたい事を聞いてくれているので、まだ黙っていよう。
「盗賊は一人なのか? この五人だけで捕まえに行くのか?」
「情報は集めている。相手は一人だろう」
「人数が多くて、手に負えなかった時はどうする?」
「引き返すとしても仕方無い。その時は、後で軍を動かすよ」
「行き先はどこなんだ?」
「街からそう遠くない森だ。中央に湖がある」
そう言いながら依頼人は立ち上がり、背を向けて、机の奥の厚いカーテンを開けた。日の光が差し込んで、一気に部屋が明るくなる。今度は眩しいせいで、男の表情はまた分からない。話が続き、エルフの男も黙って聞いている。
「報酬は金貨で用意している」
依頼人は、机の傍に戻ると、立ったまま両手を机の上に突く。
「あまり細かくは話せない。君らに借りを作る事になる。利点はあるだろう。成果が無くても報酬は払う。お願いしたい」
表情の分からない依頼人は、頭を下げた。やや高慢な態度から一転した。
エルフは、あまり危険な仕事を望んでいないようだが、軍の幹部と思われる人物に頭を下げられると断りにくいようだ。俺だって同じだが…。
エルフの男は振り返り、エルフの女の顔色を見る。渋々だが依頼を受けてもいいといった表情だ。この二人は仲間なのだろう。エルフの男が答える。
「分かった。やろう。報酬は金貨だな。ちゃんと聞いたぞ」
仕事内容を怪しんでいるが、報酬が高額な事を理由にして自らを納得させるように話している。気持ちは分かる。続けて俺も返事をする。
「五日で金貨なら嬉しい限りだ。やるよ」
遅れて、幼い印象の女も返事をする。
「お仕事、受けます」
それを聞くまで頭を下げていた依頼人が顔を上げ、腰を下ろしてから言う。
「有り難う」
挨拶をしない男が、有り難うと礼を言う事に違和感があった。何か裏がありそうな予感もある。これを見て、エルフの女はどう思うだろうか? 心を読むなんて事は出来ない。表情や仕草から何か読み取りたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます