第4話 それぞれの顔色

 ワタシは、人族の男の視線が気になったから表情を変えないようにした。


 この仕事は、受けてもいいと思った。エルフ領地を旅立ってから、ずっと二人で仕事をこなしてきた。内容は、農地を荒らす魔獣を退治する依頼ばかりで、人を追う仕事は経験が無い。でも、一人を捕まえるのなら出来ると思う。


 それに、今回の仕事で、軍に恩を売れるのは悪くない。これまで無かった機会になる。今後、割の良い仕事を回してもらえるかもしれない。


 先の戦争で最前線となったこの街では、この国が勝ったから良かったが、負けていれば、兵士ではない冒険者のワタシ達にも命の危険があった。


 少しお金を貯めて、国境から離れた隣の大都市に二人で引っ越すのも悪くない。そのためなら、この依頼は小さな危険を冒す程度の事だと思える。


 それにしても、この依頼人は気に入らないわ。


 部屋に来てからずっと、表情が見えないように意図的に振る舞っている。少しくらい裏がありそうだから、深く関わらないようにしよう。冒険者組合の名簿を見て、名指しでワタシ達を選んだのでなければ、名前を知られていないかもしれない。名乗りたくない。


「武器は弓を使います。どうぞ、よろしく」


 自己紹介を簡単に済ませて、目で合図し、一緒に来た彼に話す順番を譲ろう。




 


 次はオレの話す番か。


「オレは剣士だ。長剣を使う。よろしく頼む」


 二人で長く連れ添っているから、あいつの勘がいい事は分かっている。何か引っ掛かる事があるに違いない。オレの自己紹介も簡単な形にしておく事にしよう。それに、合わせて名乗らない事にした。


 この部屋を暗くしていた理由はひとつも思いつかないし、雰囲気は良くない。しかし、それを理由に依頼人の男を怖いとは思わない。領主の事もどうだっていいが、悪い奴を捕まえるのだから、気分の悪い仕事じゃない。


 ちょっと仕事が連続していたから、あと数日は休暇を取ろうと思っていたが、やると言うなら仕方無い。報酬は十分だから、いつも気遣いをしてくれるあいつに何か贈り物を考えようか。


 軍への貸し借りも気にしないし、この男の依頼がこの一回きりでも構わない。


 気負うつもりは無いが、気持ちの整理はついたな。


 しかし、気になる事は他にある。五人なら、編成次第で無難にこなせるだろうが、全員が剣士ばかりでは困ってしまう。あとの二人は、何が得意だ? 魔法使いが居なかったら、やっぱりこの依頼は無しだな…。


 オレ達より先に部屋に居た男の意見を聞こうか。






 俺は、エルフの男と目線が合った。


 エルフの二人は仕事を請ける事にしたようだが、警戒していて名乗ろうとしない。表情からは複雑な意図は読めないが、俺もエルフの真似をしよう。


 名前が分からないと、この先で仕事を回してもらう都合上は不便だが、逆に何度も危険な仕事を回されるのも困る。依頼人には、顔は覚えられただろうから名乗らなくても十分だろう。


 さっきの会話で分かった事は、こんなところか。


《期間は五日、森に向い、五人がかりで盗賊一人を捕まえ、宝石を取り返す。報酬は金貨》


 本当に相手が一人なら、大きな危険は無いだろう。他の傭兵や冒険者が出払っていなければ、希望者が多くて逆に困ったかもしれない。腕に覚えのある奴なら楽勝だと思うだろう。治療魔法の得意な俺には、そう思えないところもあるが…。


「俺は治療魔法兵士で、傭兵として軍の仕事もしている。よろしく」


 さて、最後の一人はどんな奴だろうか。






 わたしは、少し後悔していた。そして怒ってもいた。


 簡単にやると返事をしたのは間違いだったかもしれない。


 冒険者組合には簡単ながら入会試験があって、遥か西の離れた都市で試験自体は合格している。その後、国の東端に位置するこの都市まで、主に農業の手伝いでお金を稼ぎながら旅を続け、辿り着いた。仕事の依頼は、初めて受ける事になる。


 難しい仕事なのか、そうでないのかを判断する基準さえ無い。受けるべきなのか、助言を受ける人も居ない。勢いで受けると言ってしまったが、よかったのか…。


 しかし、この屋敷に入る前、エルフの二人組と一緒になった時、「あなたダークエルフでしょう。見かけない冒険者ね、違う都市から来たのかしら」と尋ねられて話を続けるうちに、十回以上の仕事をこなしていると嘘をついてしまった。


 今更、仕事を降りるのは少々体裁が悪い。試験を受けた都市とは遠く離れているし、実績を書いた書類が回ってくるような事も考えにくい。嘘がばれる事が無いように祈りたい。


 その心苦しい思いとは別に、少し怒っている事があった。


 この人達、なんで名乗らないの? これから一緒に行動するのに、おかしいでしょう?


 そう考える程、腹が立ってくる。


「リージュと言います。風の魔法使いです。よろしくお願いします」


 わたしだけ名乗ったのは変だっただろうか? 当てつけみたいに聞こえただろうか? まあいいか。依頼人はどう思うのかな。





 

 自分は、嘲笑が漏れるのを堪えていた。


 四人から依頼を受ける返事をもらい、腹の中では笑っていた。表情に出ないように隠さないといけない。自分の背後から光が差しているし、分からなかっただろう。


 仕事は、引き受けてさえくれればそれでいい。エルフ二人が仲間なのは気になるが、他の二人とは初対面のようだし、その二人も単独の冒険者か傭兵のようだ。概ね組合せとしては良い。


 囮や盾にしてもいいし、邪魔になるようなら消してしまっても、誰も探さないだろう。必要があれば、何か責任をなすり付けてもいい。


 名を名乗らないくらいの小さな抵抗は、可愛らしいものだ。寧ろ、覚える気も無い。


「自分はクローという。道中の食料は、こちらで用意する。昼には出発したいから、準備をしてから、またここに集まって欲しい。では、解散」


 名前なんて偽名でも何でもいい。それでは、自分も準備をして待つ事にしよう。

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