第5話 魔法使いの役割

 俺と他の三人は、依頼を受ける事になった。


 俺は屋敷を出て、冒険者組合に預けてある荷物を取りに行く。戦いの時、治療魔法兵士である俺は、剣士達の後方に配置されるが、十分な防具を纏い、自身の事は自身で守らなければならない。


 鎖かたびらを着こんで、体の前面を覆う鉄の鎧も付ける。手足を守る鉄の防具も加えて剣と盾を持てば、殆ど剣士や騎士の格好だ。


 違うのは、防具の鉄が薄く小さく軽い事、剣も盾も同じように本職の剣士のものより簡易なものを選んでいる。それらが軽い分だけ、大きな鞄を持ち、薬や包帯をいっぱいに詰めていく。


 背中に背負う荷物には、毛布や着替え、火起こしの道具も持つ。配ってもらう食料も入れられるようにしなければ。水は、川があれば手に入るが、飲用にも治療にも必要だ。煮沸したものを少し持って行こう。


 いつだってそうだが、何事も無く全員無事で戻れる事が目標だ。このところ、問題があった事は無い。


 街を囲む城壁の外には、農地が広がっている。


 目的地の南部の森までは馬車が通りやすい道があって、移動はすぐだった。送ってくれた馬車は引き返した。


 いくら報酬がもらえるか知らないが、早く任務達成した場合に備えて、毎日一度ここに見に来てくれるそうだ。面倒な仕事もあるものだと思う。


 馬車移動の間に外していた防具を着こむと、すぐに森に入る。


 間隔を空けて立ち並ぶ背の高い木々。その木の枝葉は、重なって頭上に覆いかぶさり、森全体が暗い。見通しは悪く、誰かが隠れるには丁度良い。草刈りやなんかをして、誰かが手入れをしている森ではない。時々、山菜取りに人が入る程度で、普段は誰も立ち入らない森なのだろう。


 分け入るのは大変そうな森だが、獣道のような細い小道が湖まで続いているそうだ。道なき道を行くのでないのなら随分ましだ。ただでさえ暑いのに、草の茂みを歩くのだったら大変だから有り難い。


「よし、進むぞ。指示するまでは、この小道を行く。15フィートだ」


 クローが隊長として声を掛け、最初に歩き出す。大きな盾を持っているが、すぐに戦いがあるわけではなく、構えに力は入っていない。


 全員がそうだが、全身を覆う甲冑ではなく、胴体を守る軽い鎧と手の先から肩までを守る鉄製の手甲、足先から膝までを覆う甲冑付きの靴を身に着けている。動きやすさと歩きやすさに重点を置いた格好で、背中には大きな鞄を背負っている。


 武器を見ると、クローが持っている剣だけは高価そうに見える。彼はそれを鞘に納めたまま、代わりに鉈を持ち、邪魔な枝葉や蔓草を切り払いながら進んで行く。


 俺の横では、ダークエルフのリージュが立ち尽くしている。理由は想像がつく。






 わたしは、戸惑って動けなかった。


 15フィートって何? 他の意味は分かるけれど…。


 意味が理解出来ずに立ち尽くしてしまう。まずい。エルフの剣士がこっちを見ている。初仕事なのが早くもばれそうだ。






 オレは、立ち尽くすダークエルフを見て思う。


 指示の意味が解ってないのか? やはり素人だったか? まあ、構わないが…。


 ダークエルフから目線を外し、クローの背中を追う。隊列を作るように二番目に森に入る。クローの指示通りに、ひとりひとりの間隔は15フィートだ。


 剣は背中に背負ったまま、手で草を掻き分けて行く。一度立ち止まって、周囲を見回すような仕草をしてから、また歩き出す。


 移動の間、周囲の警戒は魔法使いの仕事で、剣士の本来の役割ではない。しかし、あのダークエルフの魔法使いは、自身の仕事を解っていない様子だ。この任務の間は、いつもより警戒に注意を割くようにしないといけない。


 さっきの仕草は、魔法使いが当てになりそうにない時に隠れてやる仕草だが、今日は見える所で堂々とやっても構わない。経験のある冒険者にしか通じない方法で、オレの意見を伝えておきたい。


 心配事は他にもある。盗賊が本当に湖に居るとは限らないが、湖を目指すとしたら、着くのは明日かもしれない。すぐに日暮れだから、今夜眠れる場所を探しながら進まないといけない。


 この魔法使いの頼り無さと、移動中の心配については、オレの相棒も同じように思っているだろう。






 ワタシは、ダークエルフを助けるべきか迷っていた。


 嘘ついても分かるのに…。でも、それも分からないか…。初仕事かな? それにしても、あいつ、からかうにしたって堂々とやりすぎね…。


 今は立ち尽くしているが、少し考えてクローの指示の意味に気が付けば、彼女の体裁は整う。ワタシはダークエルフの戸惑いに気付かない振りをして、何も言わずに列の三番目に続く。


 さて、小道に罠を張るような相手でなければいいけど…。


 いくらなんでも、森に入ってすぐに何かあるとは思えない。罠があれば先頭の男が気付くに違いないし、経験の浅い冒険者が列の四番目に居たってすぐには問題にならない。


 もし駄目そうなら後で声を掛けてあげる事にして、先に進む事にした。それに、本人が気付く事が出来なければ、傭兵の男が何か言うかもしれない。






 俺は治療魔法兵士だから、列の最後尾が通例だ。


 風の魔法使いのリージュには、列の四番目について欲しい。彼女の真横に歩いて行き、小声で話す。


「歩く時の隊列、15フィート間隔で。次は君の順番だ」


 もう少し優しい口調がよかったか? 簡潔過ぎて冷たいように聞こえたか…。


「そ、そうだね。分かってる。行くよ」


 そう言うと、彼女はエルフの後に続いて歩き出す。これでは俺の仕事が増えそうだ。


 風の魔法使いは、風を起こす事が出来、また周囲の風を感じる事が出来る。視界の悪い森の中で敵の位置を探したり、地形を把握したりして、戦闘員を補助するのが兵士としてのひとつの仕事だ。


 歩き出した彼女にまた近づくと、森に入る前に肩を軽く叩いて耳打ちする。


「探知魔法」


 俺の言葉に驚いた彼女は、肩をすくめて体を少し傾ける。声が出ないほど驚いたようだ。息を深く吸うと、振り向かずに森に入っていく。魔法を使い始めたが、心配だ。


 こんな時、治療魔法と風魔法の両方が使えてよかったと思う。火の魔法では、森の探知に向かない。この仕事の間は、安全のために俺も探知魔法を使っていた方がいいだろう。


 さらに、弓や投石での不意の攻撃を防ぐために、周囲に風の層を作って防壁とし、味方を守らないといけない。そのように期待されている。


 矢を跳ね返したり、石を空中で止めたりするのは難しいが、速度を緩めたり、僅かに方向を変えたり出来る。風の魔法使いは相手を攻撃する事を期待されていないが、危機管理上の重要な役割が多い。


 俺は広範囲を探知出来るし、森に入ってすぐだから防御魔法はまだ使わなくていいだろう。


 そう思いながら、治療魔法兵士として最後尾につく。後方からの攻撃を避けるため、背後を見張りながら歩くのは大変だが慣れている。


 もう数人居れば、役割を交替して休む時間があるが、五人ではそうはいかない。きつい仕事になりそうだ。


 エルフ二人は、リージュの事を素人だろうと指摘して馬鹿にしなかった。悪い奴らではなさそうで、そのうえ素人が一人居る事を加味して行動出来るという事。実力があり、余裕がある。それは、役割の増えた俺にとって救いだった。

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