第2話 変り映えしない街

 一年程前に突然起きた隣国との戦争は、隣国が国境を越えて侵略してきた事が原因で始まった。こちらの徹底的な抵抗が上手くいったおかげで、最初の一週間で向こうが甚大な被害を出して諦め、およそ終結した。


 この戦争の後、国境線の警戒は戦争前より厳重になった。軍人でも傭兵でも、大勢が国境を見回る仕事に就いている。


 俺が参加した警備隊が街を出発したのは、二ヶ月ほど前。乗り心地の悪い馬車で、南北に長く伸びる国境線を巡回し、やっと戻って来たのは昨日、夏の盛りの十五日。街に着いた昨日は倒れるように寝床に入り、眠った。


 任務中、戦闘そのものは全く無かった。今回の巡回でも、敵の姿どころか侵入を試みた痕跡さえ見つからなかった。


 巡回中に怪我をする者は無く、治療担当の俺としては気楽な任務だったが、二ヶ月も野営を続けていては疲れが溜まる。少しの間、街で休みを取ってから次の警備隊に参加しようと考えながら、今日の休日は出歩く事にした。


 とはいえ、住み慣れた街に大きな変化は見つからない。貸本屋の本も相変わらず、いつもの食堂のお品書きも変わらない。魔法道具の店だっていつも通りだった。赤い煉瓦の家並みや灰色の石畳も、汚れた煙突が作る景色も同じだった。


 行く宛を失くした俺は、通い慣れた冒険者組合の事務所に立ち寄り、街に居なかった間の話を聞く事にした。王国軍の正規軍人ではなく傭兵である俺は、組合を通じて軍の仕事を受ける。急がないが、次の警備隊の傭兵募集も確認したい。


 獣の退治や貴族の護衛など多くの依頼があるが、長く街を離れる警備の仕事は人気が無く、その分報酬が多い。馬車に乗っている間はゆっくりと考え事が出来るし、向いていると思っていた。


 冒険者同士の情報交換や仕事の打合せが出来るように事務所の一部は開放されていて、丸い机と椅子が数組置かれているが、昼間の事務所は、冒険者も傭兵も出払って閑散としている。


 窓口の向こうの事務机に係員一人だけが居て、書類に目を通しているのが見える。挨拶をされ、こちらも返してから話し掛ける。


「この二ヶ月くらいで、変わった事はあったかい?」


 噂話を聞きたがる冒険者は多いのだろう。係員にとって、こんな問い掛けはいつもの事だとばかりに、次から次へと喋り始める。この係員は話好きなのか…。


 戦争の終息宣言が出され、最高警戒状態が解除された事。新兵が補充され、負傷した後も軍に残っていた多くの兵士が退役した事。夏の農作物は豊作だとの事。盗賊が居て、貴族の間で被害が出ている事。国境線に近いこの街は、良くも悪くも日常を取り戻しつつある事…。


 話が止まらない中、奥の部屋から現れた別の男が噂話を遮る。こちらを見ずに係員に近寄ると、俺に聞こえない様に会話を始めた。仕事をしろと怒られているわけでは無さそうだ。


 二人が揃ってこちらを見ると、お願いがあると言う。二人が交互に喋り出す。


「治療魔法兵士の緊急募集だってよ、頼むよ」


「組合が直接出す仕事じゃないんだが…」


「依頼元は軍の誰からしい」


「みんな出払って、あんたの他に居ないんだ」


 なんとなく歯切れの悪い言い方の説明だ。疲れているからと断る事も出来たが、実際の体調は悪くない。組合に恩を売っておけば、いい事もあるだろうか…。


「やってもいいけど、内容によるよ。あと、報酬にも」


 また、二人が喋り出す。


「そりゃそうだ。言いたい事は分かる。でも、内容も報酬も依頼人に会って聞いて欲しい」


「言いたい事は分かる。こんな依頼はあまり無いんだ。こっちも困ってる。助けてくれよ」


 二対一で話していると何やら断りにくい。少し考えてから答える。


「これ、貸しだよ。俺もこんな頼まれ方、あまりしないんだ。本来なら、ここで内容も報酬も聞いてから選べるはずだし」


「助かるよ。依頼人の屋敷の場所を教えよう」


 数日休むつもりが仕事を頼まれてしまった。しかし、さっきの係員の話で、戦争のせいで増えた警備の仕事が今後減りそうな予感があった。


 新しい仕事をもらえる機会になるかもしれないし、そのうえ貸しが出来ればいい。依頼人に会って話を聞いてみるとしよう。

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