第13話 新人冒険者との会話
わたしは目覚めて周りを見回し、状況が一変している事に驚いた。
「あれ、この布は何?」
弱弱しい自分の声。夜になっている事に気付く。さっき敵が来るって言ってた。今の状況は何? 傭兵の男が起きていて、見張りをしている事にも気付く。焚火をしている。額に雑に載せられた湿った布は、つまんでその辺に置く。
「あの…」
「起きたのか。具合はどうだ?」
傭兵の男が尋ねてきた。
「わたし、気を失ってましたか? すみません」
「熱中症だ。昼の行軍は暑かったし、きつかった。ゆっくりと体を起こして、水分を摂って。それからまた休むといい」
体を起こしてみるが、目眩がしたり頭痛があったりしない。倒れてしまった割には、すっきりとしている。魔法で治療をしてくれたのだろうか。
「その、どうなったんですか? 今、どういう状況ですか?」
さっきより声が大きく出せるようになった。尋ねると、傭兵の男は丁寧に教えてくれる。
襲撃を受けた事。敵は動物を操る魔法を使うと考えている事。動物の大きさが異常な事。準備が出来たら、早朝から追跡を再開する事。
準備が出来たらというのは、わたしが起きたらという事か…。迷惑を掛けてしまっている。
「その、ご免なさい。わたしのせいで、うまくいってませんね」
「治療担当としては、皆が無事だからいいよ」
何を言われても心が痛いけれど、それにしても、この男は慰めの言葉が下手だ。ただ、それで良かったとも思う。嘘を言わなさそうで、正直に話せそうだから。
「わたし、嘘をついていました」
「いつ?」
「その、仕事をたくさんこなしていると言ってしまって…」
「そんなの言ってたっけ? これが初めての仕事でしょう? エルフ達も気付いていると思う。この依頼は、慣れていてもきついよ」
熟練者でもきついと説明されると、少し心が安らぐ。傭兵の男が言葉を続ける。
「少し眠るといいよ。日の出より早く起こすから」
この男は話をするのが嫌なのか? 十分に眠ったから、少し話したい。熟練者は今、何を考えているのか知っておきたい。
「少しだけ話していてもいいですか?」
間を置いて返事が返ってくる。
「いいよ。俺は朝まで起きているし」
そう言ったが何を話そうか? 少し迷っていると、向こうが先に話し始める。
「ジオだ」
「何ですか、それ?」
「俺の名前」
少し間を置いて返す。
「ジオさんって呼んだらいいですか?」
「いやいや、面倒だから呼び捨てでいい。特に今は、そんな余裕無いでしょ?」
「当分の間、無いです」
「昨日も今日も、君は探知の魔法をずっと使っているでしょ?」
「わたし慣れなくて。あれ、思ってたより疲れます」
「確かに慣れの問題で…。歩きながらだと、言ってしまえば、自分が止まってて、周り全部が動いてるのと一緒だから、木と敵の区別が付きにくい。時々、立ち止まって確認するといいよ」
「熟練者は、皆さんそうしているんですか?」
こういうのが聞きたかった。向こうから教えてくれるのは嬉しい。けれど、こんな技術は簡単に教えてもらえるものなのだろうか? 何か裏や下心があるのだろうか? 聞きたい事はたくさん有るのだけれど思考が纏まらない。話の続きを聞いていよう。
「止まった時だけ集中力を強くする。想像してみて。なんとなく分かるでしょ? ただ、人によっては、歩いてる時は魔法を使わないで、立ち止まった時だけ使う人もいる。自分に合うのを探すといい」
なるほど。ずっと集中していなくてもいいのか。なら、一日中でも苦にならないかもしれない。
「昼に、君の荷物をここまで運んだんだけど」
「あ、有り難うございます」
わたしは慌ててお礼を言った。
「うん、それはいいんだけど、重かった。何か重い物持ってきてないか?」
「着替え、毛布、武器、本、瓶詰めの食品。後は身の回りの物だけですよ」
「それ。本は要らないでしょ? 瓶詰めって、食料も支給だし」
「日記ほどじゃないですけれど、何か書いておこうと思って。食べ物はどれくらいもらえるか分からなくて」
「なるほどね。いいけど、夜は真っ暗だし、書く時間も無いし。瓶詰めも瓶が重くて負担になってるでしょ?」
迷った挙句、厚めの記録帳を三冊持って来ている。確かに邪魔だったし、倒れてしまって書く暇も元気も無い。
食べ物も喉を通っていない。そうでなくても支給だけで十分だった。もらった食料は干し肉など軽いものばかりで、ちゃんと負担にならないように工夫されている。遭難して食料不足になったとしても、狩りで補充すればいいという事か。
「まあ、本は大事にするといいから、捨てて行かなくていい。食品も。明日からは代わりに持ってあげるから。街で返すようにするよ」
有り難い申し出だが、この男はどれくらい体力に余裕があるのだろう。わたしとどれくらい違うのだろうか? わたしが先輩になった時、逆の立場で同じ事があったら、そんなに余力があるだろうか。心配になってしまう。少しだけ鍛えないと。
「それと」
まだ何か、わたしの荷物に引っ掛かる事があるのだろうか? 近づいて来て、わたしの横に座る。
何?
意図が読めない。ちょっと怖い。しかし、急に小声になって話が続く。体の向きも目線も、こちらに向いていない。森のどこかを見つめている。
「この仕事は怪しい。変に記録すると、後で目を付けられるぞ」
どういう事だろうか? 続きが聞きたい。
「こんな風な手順で仕事を頼まれた事なんて無いんだ。軍人の個人的な依頼を受けたみたいになってる。冒険者組合の取り扱いになってなさそうだ。仕事の内容は、警察隊のやる内容だと思う。エルフも怪しがっていると思うけど、断るのもちょっと危なかったから、俺と一緒の考えで引き受けたんだろう。それと、なんとなく明日が山場だと思う」
比較する案件が無いから、わたしには一般的な手順は分からない。でも胸騒ぎはあった。あんな暗い部屋で頼まれる依頼は違和感だらけだった。早く一回目の仕事をやってみたい気持ちがあって引き受ける事にした。
他の三人が断っていたら、どうしただろうか? 自分だけが引き受けて、二日目に倒れて、この人達と違う同行者は、こんなに優しくなくて、置き去りにされたりしたら…。
そう考えたら、この男に対して少し気を許してもいいかもしれない。悪い奴ではなさそうだ。
昼の様子を聞く限り、相手の盗賊は攻撃的な様子だ。明日、危険な事があってもおかしくはない。その事で少し緊張する。
ジオは立ち上がると、元居た場所に戻ってから話を続ける。
「盾」
「盾が何ですか? 歩く時に何かに捕まらないと転びそうだったから、背中に背負って両手を自由にしてます。おかしいですか?」
「それは分かってる。俺だってそうする」
身を守れるように大き目の盾を選んで買った。何が気になるのだろうか。
「その盾を選んで間違いは無いよ」。
鉄の盾は重かったから少し後悔があったけれど、よかったようだ。
「明日、何かあったらすぐに盾を構えて身を守るんだ。剣は捨ててもいい。体に沿わせて持って。こう…。いや、使い方はいいか」
ジオの助言が続く。使い方の指導は要らない。しかし、明日は自らの力で自らの安全を守らないといけない。倒れてしまっては論外だ。緊張感が高まる。しかし、向こうの口調に緊張感は無い。
「ちょっと聞いてもいい?」
「なんですか?」
「最初に暗い部屋で会った時、君は人族かと思ったんだ。俺は、ダークエルフ族とあまり話した事が無くて…。でも、殆ど人族と変わらないよね?」
「あの時は髪を下ろしてましたから。たいして違いは無いですよ。きっと…」
エルフ族、ダークエルフ族は、耳の形が人族と少し違う。髪で隠せば分からない。ただ、わたしの髪は灰色寄りの青色だけれど、それも染めれば誤魔化せる。その程度の違いだ。
「人族の女性より、ちょっと背が高いくらいですね」
少し話の的を外して言葉を添えた。ジオがまた喋り出す。
「話してても、人族と変わらない。なんかすごい攻撃的な性格とか、血を見るのが好きとか、寡黙で喋らないとかって、全然違うのを想像してたけど、いい人そうでよかったよ」
何を想像しているのか、良くない本なんかで得た知識なのか、酷いと思う。少し反撃しよう。
「うーん。まあ人族と同じで色んな人が居ますよ。ここに来るまでの間に色んな人族を見ましたけれど、正直そっちのほうがちょっと怖いかな。商売で人を騙そうとするとか、ダークエルフ族で、そういうのあまり聞かないから」
「そうか、どうもすみません」
突然、ジオがへりくだった口調になった。面白かった。怒ってみようか。
「何それ、わたしを騙す気だったの?」
「いや違う」
「ふふ。分かってるって」
からかったのか、からかわれたのか分からないけれど、そんな話をしながら、ジオは、ずっと探知魔法を使って警戒を続けている。すぐには真似が出来そうにないけれど、出来るように訓練をしなければいけない。
「その耳の形、興味があるな」
真顔で見つめられると少し照れる。言葉に詰まる。
「もう寝ます」
そう言って、顔を向こうに向けて横になる。
「話してくれて有り難う。おやすみ。後で起こすよ」
彼は面倒見がよいだけなのか、何か下心があるのか分からなかった。しかし、話していて無駄に高まった緊張がほぐれた気がする。彼は朝まで見張りを続けるのか…。その体力が羨ましい。起きたら、少し頑張ろう。
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