第12話 深夜の考察

 オレ達は、今夜も密談する。


 今夜は、オレの方から彼女を誘った。


「明日の行動方針次第で、仕事を辞退しよう」


「そうね。動物使いなんて相手にした事が無い。それどころか、噂話で少し聞いた事がある程度。情報が少な過ぎるわ」


「それに、あの動物は異常だ。今まで狩ってきたものと違う」


「大きくする魔法なんて、聞いた事が無いけれど…」


「追って、このまま盗賊を退治すると言い出したら、軍の兵士を大勢連れて出直すべき、そう進言しようと思う」


 この依頼は、組合で受けた依頼ではない。途中で辞退しても特別に罰則は無いだろう。


 彼女はオレの提案に頷いた後、さっきより小声になって問い掛けてくる。


「クローは、何を考えているのか分からない」


「オレもそう思う。何か隠していると思う」


 彼女は今度も頷いて返事をし、少し考えてから言う。


「明日は、今日よりももっと慎重に行動しましょう」


 オレ達は、昼の事で傭兵の事を少し見直していたと思うが、オレは言わなかったし、彼女もそうだった。






 夜半過ぎ、俺は弓使いに起こされる。


「有り難う。替わるよ」


「彼女の様子は少し良くなったと思う。でも、治療魔法の得意なあなたが処置した方が、回復は早いでしょう。お願いするわ」


「みんな疲れているし、あなたも少しでも長く眠って」


「有り難う。おやすみなさい」


 リージュの体温はまだ下がり切らないが、平熱に近くなっている。新人冒険者を労わる弓使いの気持ちと処置の結果だ。


 俺に残りの手当てを任せる申し訳ない気持ちと、交替して早く眠りたい気持ちは両方よく分かる。少しでも長く眠れるように、彼女との会話を短く切り上げた。


 エルフの二人とは同じ街に住んでいるはずだが、この仕事で初めて出会った。


 初対面の者同士が、お互いの実力や性格を探りながら仕事をこなす。冒険者が仕事をする時には、よくある事だ。この二人が良い奴かどうかを判断するにあたり、昼間の行動とリージュへの手当ては指標になる。


 始めから変な疑いを持っていないが、弓使いは十分信用していい。それに、剣士の事も特別に悪い奴とは思っていない。その理由を考える。


 俺はクローに対して不信感を持っていて、弓使いと相棒の剣士も同じに違いない。これは共感意識に繋がるが、この事を理由に二人を良く評価しているわけでは無い。理由を表す上手い言葉が思いつかない。


 振舞いの悪い隊長に対し、隊員同士が悪口を言いながら結託し、良い仕事をする…。そんな話を聞いた事があるが、俺達を結束させるために、クローが演技をしている様には思えない。


 あいつは冷酷な男にしか見えない。


 しかし、俺は、こうも考える。クローも組織の歯車のひとつで、上官からの命令を忠実にこなそうとしているだけかもしれない…。


 クローの腹の底を探り切れていないのは、あの二人も同じだろう。


 クローを悪人と言い切れない者同士で共感している? 少し違う。


 クローの善悪に関係無く、仕事は仕事と割り切っている感覚に共感している? これも少し違う。


 クローを疑いながらも、ここまで一緒に来てしまった者同士だから共感している…。


 この表現が最も当てはまるかもしれない。


 盗賊一人を探すくらいなら大丈夫だろうと思って、嫌な予感を心の隅に押しやっていた。金貨に目が眩んだわけではない。五日間探して、盗賊を見つけられずに帰る事だってあり得ると思っていた。


 嫌な予感が的中し、今日の昼間に想定外の事が起こったが、この敵をこのまま放っておけない正義感がある。それに、今引き返すとなると、今度はこちらが追われる立場に回る事になる。


 クローを中心に盗賊を捕まえるという意思は全員にあるのだから、こうなったら一緒に立ち向かう方が安全…。俺とあの二人は、概ね同じ判断をしている気がする。


 思わず苦笑いをしてしまう。


 依頼を説明された時の判断が甘かった。あの二人からは、どこか情を捨て切れない性分があるのを感じる。この事は、冒険者にとって危険なものだ。本来は、自身の安全を最優先すべきだからだ。


 そして、この甘さは俺にもある…。


 クローに対する甘い判断とは別に、もうひとつ良くない判断があった。


 素人同然のリージュを連れていても、自身の頑張りでこの仕事をこなしてやろう。こなせるだろう。


 こう思った事は、今になっては悪い判断以外の何でもない。この仕事に新人を連れてくるべきではなかった。あの場でリージュに来るなと言えなかった。断るべきだと助言出来なかった。


 その結果が今の有り様で、後悔している。


 エルフの二人に、この気持ちが無いとは思えない。俺があの二人に悪い評価をしないのは、リージュに対しての接し方にもあるのかもしれない。


 ある意味では被害者と言っていい彼女は、俺の横で苦しそうに息をしている。森の中は、今夜に限って夜になっても暑いままで、風でも吹けばいいのにと思う。


 いや違う。考えた事も無かったが、魔法で風を起こせばいいのか。


 涼を得るために風魔法を使う。探知魔法に少し影響が出るだろうが、僅かな風なら問題無いだろう。木々が揺れても音を出さない程度に風を吹かせる。効果があればいいが…。


 深呼吸してから今日の出来事を思い返す。考える時間は朝まで十分にある。


 動物が大きくなるのはどういう事で、どんな魔法なのか?


 大きくなって、単純に牙や爪が大きくなり、殺傷力が上がっている。手足が長くなれば、足が速くなるだろう。利点ばかりが目立つが、欠点は無いのだろうか?


 例えば、家を建てる時に一階建てを二階建てにするとすれば、柱を増やしたり太くしたりといった工夫が必要になる。魔法で動物の体が大きくなれば、体を支える骨に負担がかかって弱点になっていないだろうか…。


 他にも注目したい事がある。背の高い人が小さな扉を通る時、頭をぶつけないように首を曲げて通り抜けるのを見る事があるが、同じような問題を抱えるだろう。


 小さいままの時はよくても、大きくなれば、前まで気にしなかった何かに頭をぶつけて怪我をするかもしれない。体が大き過ぎて巣穴に入れないかもしれない。


 余計な注意を払う事は、戦いの最中に不利になる。あれこれ思うと、こちらが全く不利でもなさそうだ。


 考えながらリージュの様子を見る。熱は引いたようだ。起きてもらって水分を摂って欲しいが、目を覚ますのを待とう。


 魔法で体が大きくなる仕組みは、想像がつかない。人が大人になっていくにつれて身長が伸びる事とは違うのだろうか? 寧ろ、髪や爪が伸びる事に近いのだろうか? 


 木が成長し、見上げるほど大きくなるのを考えれば、動物が大きくなってもおかしくはない。


 だが、それぞれの種類に決まった大きさで成長が止まっているように見える。何か共通の理由がありそうだが、想像がつかない。


 その理由を曲げてしまう魔法の方も不思議で仕方無い。興味はあるが、この事は戦う上で俺達の有利点を見出せそうにない。


 それでも思考は止まらない。


 例えば、犬の子供は、大きくなって親そっくりの犬に育つ。それは猫や馬も同じ。生き物にも設計図のようなものがあれば、同じ形の家をたくさん建てるみたいに、そっくりの生き物が生まれる。そんな風に考えるのも面白いか。


 設計図をちゃんと書き直せば、一階建てを二階建てに変更しても強度に心配は無いだろう。動物が大きくなっても骨に支障は無いかもしれない。設計図? そんなもの無いか…。ただの妄想だ。


 そろそろリージュが起きそうだ。

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