第31話 「依頼人」

 俺は昼頃まで寝ていて、誰かが部屋の扉を叩く音で起きる。


 宿の従業員が呼んでいるようだ。昨日、組合に立ち寄った時、依頼があれば教えてくれと言ってあったんだった。優先の依頼があるとの連絡で、組合へ行く事にした。


 リージュも部屋で休んでいるだろうか。迷ったが、一緒に居るべきだろうか? 


 連れて行く事にした。


 冒険者組合の待合室で待っていた女性は、知っている人物だった。先の戦争の時、彼女の治療をした事がある。軍に居たはずだが、退役して冒険者になったのだろうか…。


 打合せ用の机に三人で着き、詳しい話を聞く。


「あの、その、軍の退役者を名指しで仕事を頼まれてしまって、班長をする事になったのですが、人手が集まらず困っています。助けてもらえませんか?」


 そういう事か。

 

 本人は依頼人ではなく、別の人物から冒険者として依頼を受けていて、数人の冒険者の仲間を募集していたようだ。


「この時期は、農地の警備で人手不足だからな。いつからだ?」


「引き受けてもらえるんですか?」


「断れないだろ」


「あの、何かすみません。強制するつもりではなかったのですが…」


「気にしなくていいよ」


 治療の時の事を思い出すと、彼女には迷惑を掛けていた。彼女の頼みは断れない。当の本人は無理を頼んだような気でいるのか、すぐに目線を落として俯いてしまった。


「申し訳ないです」


「気にしなくていいのに。それで内容は?」


「その、ええと。明日から開始で、農場近くの森へ行きます。巨大な動物が農地を荒らしに来るみたいなので、退治します」


 興味が無さそうに聞いていたリージュの表情が変わった。俺はリージュと顔を見合わせる。


 あの宝石を知る前なら、あまり疑問を抱かなかった。よくある仕事だが、気になってしまう。


 クローがあの時に手に入れた宝石で何か企んでいるのか、それとも、誰か仲間に渡して使わせているのか…。


「もう少し、分かってる事があれば聞くよ」


「はい。私以外に三人の班長が居て、全部で四班が森に入ります。二日間で森全体を捜索して、発見次第に退治です。出発は明日の朝です」


「分かった。準備するよ」


「わたしも行くよ」


 当然、リージュは参加すると言い出すと思っていた。


 確かに、二日間と期間が短く、内容も単純そうではある。しかし、具合の悪い彼女を連れて行く気は無かった。森でまた倒れた場合、本当に処置に困るからだ。


「ちょっと待っていてくれ。連れと話したい」


 断りを入れてから、リージュと一緒に席を立つ。


 少し離れてリージュと話す。


「お前、昨日倒れておいて連れて行くと思ってたか?」


「お昼前に病院に行ったんだけれど、何ともないって言われたよ。もう元気だし」


「それは良かったが、森で倒れられたら困る」


「一人で残っても、誰も看病してくれないでしょ?」


 確かにリージュを残して行くのも問題だった。病院に行ったと言ったが、良くも悪くも、そこでは紋章を見つけられなかったのか。これを他の誰にも相談出来ない。無理をしないように言って、連れて行くのも仕方無いか…。


「それに、あれが関係してたら放っておけないでしょ?」


 あの宝石をクローの手に渡したのは実質的に俺で、少し責任を感じていた。


 そもそもの原因が別にあるのは分かっているのだが、悪用された場合の事を考えると、この仕事に関わっておきたい気持ちがあった。それは、リージュにとっても同じなのだろう。


「あと、お金も要るし」


 金貨の収入は大きかったので宿に泊まっているが、街を移動する事も考えると、仕事をしておかないといけない。街の移動の事は言ってないのだが、何を思ってお金の事を言うのか分からない。何か察しているのだろうか?


 強いて予測するなら、旅人の彼女は、手持ちのお金が心許ないのだろう。僅かでも、稼げる時に稼いでおこうという判断なのかもしれない。


 俺が黙ってしまったのを見て、リージュは一緒に行って良いと判断したようだ。結局、連れて行く以外に無いのか…。具合があまりよくない事を先に説明しておいて連れて行こう。


 さっきまで居た机の方に目をやると、見知った人物が増えている。


 昨日の深夜に会った見張りの男は、いつの間にここに来たのか?


 リージュを置いて急いで打合せ机に戻る。机の横に立っている男に小声で話し掛ける。


「何でこんな所に居るんだ?」


「わしの自由だ。君がとがめる事ではない。仕事の依頼が出ていたので受付で聞いたら、この女性が冒険者を募集しているという事だった。参加出来るか交渉中だ」


 ひさしぶりに会った彼女は俺達の事情を知らないから、当然の質問で話に割り込んでくる。


「あの、この方はお知合いですか?」


「いや…」


「違うんですか?」


「いや…」


 本来は、見張りの男と俺が知り合っていてはおかしい。名前は知らないが、実際は昨夜に会って話をしている。この場面では、どう説明するのが自然だろうか? 迷っている間に、彼女が結論を出す。


「お知り合いの方でしたら、人手は足りていませんので引き受けて下さい」


 先手を取られてしまった。


 上手く説明出来ない以上、こうなるのは防げそうになかった。この男は、俺とリージュを見張るという仕事上、断っても上手く取りいってくるだろう。向こうが上手くやった形になっている。


 しかし、昨夜のように話を誘導出来れば変な報告をされずに済むし、近くに居させて逆に行動を見張る事も出来ると考えれば、悪い結果ではない。ここは良い方に捉えよう。


「わしの名はブロと言う。準備をして、明日ここに来よう」


 見張りの男は、ブロというのか。偽名かもしれないが、名前を知れたのはよかったかもしれない。しかし、この後に宿で顔を合わせた時、何と言ったらいいのか。考えたくない。


 準備のために組合の事務所を出ようとしたが、呼び止められて引き返す。


 彼女は、何か仕事の事で言い忘れた事があったのだろうか?


 リージュは先に歩いて行ってしまった。





 

 私は、ジオさんにどうしても言いたい事がありました。


「改めまして、私、ルオラと言います。戦争の時、名前を言えていなかったので…。あの時は有り難うございました。それと、お名前を伺ってもいいですか? あの時、きちんと聞けませんでしたから」


 私、本当は、戦争の時に傭兵の名簿を見て、ジオさんの名前を知っています。


 でも、もう一度、出会うところからやり直したいです。怪我が痛くて、出会いとしては最悪でしたし…。今日は丁度良い機会です。






 俺は、負傷兵の名簿を見て彼女の名前を知っていた。


 しかし、治療中に彼女の名前を呼んだ事は無かった。明日から仕事を一緒にするんだし、名簿の見間違えもあり得る。名前を確認するのはいい事だ。少し丁寧過ぎる気がするが、そういう性格なのだろうか…。


「俺はジオだ。よろしく」


「良いお名前ですね。よろしくお願いします」


「怪我が治ったみたいで良かったよ」


「はい。有り難うございます。あの後、もう戦争に行きたくないと思って、退役して冒険者になりました」


「俺は軍の仕事もする傭兵兼冒険者だから、一応、同業者だな。今後もよろしく頼むよ」


「はい。是非お願いします」


 しかし、優先で俺の所に仕事の依頼が来た事を思うと、彼女は俺の名前を知っていたんじゃないのか? まあいいか。


「あの…」


「ん?」


「お連れの方はどなたですか?」


「ああ、訳あって二人で組む事になってる。明日も一緒に行くよ」


「そうですか」


 急に顔色が暗くなって、機嫌が悪くなった。人手が足りないみたいなのに、意図がよく分からない。準備もあるし、今は引き上げよう。


「明日ここに来るよ」


「はい。また明日お願いします」


 最後の一言は、かなり落ち込んだような口調だった。

 

 まあいい。今はそれどころではない。

 

 依頼は簡単なはずで、日数も短い。しかし、リージュの体調の事、依頼の件の動物の事、宝石の事、ブロと名乗った男の事、背後に居るであろうクローの事、問題が重なっていて俺の仕事は多そうだ。二日間の行動は慎重に行わないといけない。


 報酬の額を聞き忘れたが明日にしよう。






 私は、彼の後ろ姿に手を振りながら溜め息が出るのを隠せません。


 再会の形としては良かったでしょうか? 


 本人に聞きたいですが、いくらなんでも聞けません。会話の流れの中で、お名前を呼べませんでした。また、溜め息が出ます。仕方無いです。私も準備があるので部屋に戻りましょう。


 それにしても、あのお友達の男の人もそうですが、ダークエルフさんは邪魔です。事情も分かりません。どうしましょう。

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