第32話 「この前とは違う森」
翌日、俺達は組合に集合し、すぐに出発となった。
組合事務所前の石畳の広場には、装備を整え、大きな荷物を持った大勢が集まっていた。
他の三つの班は、班長も班員も知らない人間で、人員構成も整った構成ではなかった。剣士ばかりで、治療魔法兵士が居ない班があった。殆どが、目つきの鋭い粗暴そうな外見の男達だった。
大人数が集まる依頼であればエルフの二人に会えるかと期待したが、この仕事には居なかった。
あの二人になら、リージュの不調を打ち明けてもいいと思っていた。助言をもらう事や、一日くらいなら看病を手伝ってもらう事だって期待してよかった。
そう思う反面、もう姿を隠していて、会えない確率の方が高い事も分かっていた。
家が分からないから連絡の取りようが無い。組合に来ないなら伝言だって伝わらない。この小さな賭けは、初めから破綻していて、初めから俺の負けだったのかもしれない。
俺達の班員の方を見る。ブロがしっかりとした鎧を着込んで、槍を持っているのを見ると、あの男は前衛職のようだ。ルオラも前衛で、槍を持って戦場に居たのは見ているし、リージュが魔法使い、俺が治療担当で、一番良い人員構成だ。
構成が良ければ、想定外の事態への対応力が高い。人数が一番少ないという不利を、この事で補おう。
城壁の外には、見渡す限り農地が広がっている。
その農地を馬車で抜け、森に入る。
この森は、前の森に比べて草が少なく見通しが良い。噂の巨大動物の対策で、森には罠が仕掛けてあるそうだ。冒険者が引っ掛かっては恥ずかしい。注意が必要だ。
ルオラの指示は丁寧で、班長に向いている。変な気疲れをしないように助けてあげよう。リージュの探知魔法は見違えるように安定した。前の仕事で自信がついたのなら、よかったと思う。それでも気になる事はあるのだが…。
計画では、三つの班の全員が間隔を空けて横並びになり、森を進んで行く事になっている。こうして、目的の動物を森の端に追い込むようにしたいらしい。
わざと音を立てて、人が来ている事が分かるように歩く。このやり方では、今日より明日の方が動物と出くわす可能性が高いだろう。森の向こう側で待ち伏せする班は、移動が無くて楽そうだ。
午前中の小休止でリージュに声を掛ける。
「さっき転びそうになったでしょ? この森は前回の森より起伏がある。歩く時は足元をしっかり見て。それでも周りも見ないといけないけど、周りを見る時と敵を探す時は、少しの間だけ立ち止まって見るんだ」
「分かった」
「歩く事と周りを見る事を同時にしない。怪我をしないように」
「うん」
素直に聞いてくれると嬉しいし、俺の仕事が増えないで済む。前の森と同じくらいに暑いが体調は良さそうだし、明日までは崩れないで欲しい。前と違い、荷物も選んで減らしているのだろう。
今日も俺は最後尾を歩くが、前回と違い、探知魔法を使わないで済んでいる。その分だけ、足跡なんかの獣の痕跡探しに集中しよう。
一日目は、何の手掛かりも見つからなかった。
普通の大きさの動物ばかりで、何事も無い様子の森だった。暗くなる前に野営の準備をする。寝ている間に獣が回り込まないように、朝までずっと何か所も火を焚くそうだ。大量の薪を拾いに行かないといけない。
ルオラが他の班との情報交換に行っている間に温かい食事を作る。たくさんは作れないが疲れが取れやすくなっていいだろう。
ルオラの報告では、他の班も手掛かりは無いとの事だった。明日の捜索に期待しよう。
食後、薪を拾いに行くのにブロを誘う。クローから宝石の事を聞いていれば、話の中で何か手掛かりをこぼすかもしれない。
「何の動物か知っているか?」
「知らない」
「巨大な動物って何なんだろうな。何が原因だろうか?」
「餌を食い過ぎなんだろう」
「すぐに見つかると思うか?」
「わしは何でも構わない」
ブロは、俺達を見張れればいいのだ。見つかっても、見つからなくてもいいのだろう。
昼の様子を見た分には、この仕事に対して不真面目な態度ではなかったが、報酬だって無くても構わないのかもしれない。
余計な一言を喋らせる程には、こちらも宝石の事を分かっていない。駆け引きが上手くいかない。仕方無い。薪が集まれば引き返そう。
夜の間、俺達の班は三か所で焚火を焚く。
その三か所に一人ずつ、三人が焚火の近くで眠っていて、起きている残った一人が三か所の焚火を見回って薪を足し、火の世話をする。何かあれば、眠っている三人も起きて対処する。
交替で全員が一回ずつ火の番をする予定で、交替で全員が眠れる。俺も今夜はよく眠ろう。
リージュとルオラの所へ戻る途中、まだ離れたところで二人の声が聞こえてくる。
「なんでそんな丁寧な言葉使いなの? 変だと思わないの?」
「何も変じゃないと思いますよ。この方がいいと思います。そっちの方が馴れ馴れしくておかしいです」
「これが普通だよ。他にそんな人見ないよ」
「だいたい、あなた何故ここに居るんですか? 私、頼んでいませんよ」
「人手が足りないって言ってたの、そっちでしょう? その言い方おかしくない?」
「無理矢理ついて来て、人の後ろに隠れて魔法使ってるだけですよね。それで人並みに報酬もらえると思ってるんですか?」
「こっちは色々やる事多いんだよ。知らないの?」
「待て待て。落ち着け」
顔を突き合わせて睨み合い、大声をあげる二人の間に割って入る。
集めた薪は地面に放り出した。二人の肩に手を当て、それ以上近寄らないように引き離す。
お互いの命に関わるから仕事中は無理な主張を控えて、冒険者同士で喧嘩をしないように努めるはずなんだが、困るな。あんな言い争いに出くわした事が無いぞ。
なんて言えばいいんだ…。
「落ち着こう。仕事中だ。二人とも後ろを向け」
お互いの顔を見ないように、振り返らせて背中合わせに立たせる。肩に当てた手に力をいれて、その場で体を回す様に促すと、素直に従ってくれた。俺の指示を聞いてくれるのが有り難い。
「深呼吸だ。十回しろ」
人が怒りを収めるのに必要なのは何秒だったか?
とにかく時間をかけて呼吸して欲しい。
落ち着いて欲しかったのだが、時間が足りなかったのか? 二人が同時に俺に対して言う。
「どう思われますか?」
「どう思ってんの?」
「待て待て。暫く声を出すな。少し情報を整理しよう。仕事の話だ」
二人の言葉の意味が分からない。主語は何で、どう思っていたらいいんだ?
しかし、口喧嘩で止まっていてくれて本当に助かる。武器を持ち出していたら、力づくで止めないといけなかった。お互いに理性は吹き飛んでいない。二人が背中合わせのまま打合せをしよう。
「森に来る前に集めた情報だが、荒らされていた農場に群れの動物が入った痕跡は無かったそうだ。だから動物は一匹か、多くても番いの二匹だと思っている。目撃者の情報は曖昧で、決定的な情報ではないそうだ。
巨大で素早く逃げたという話だが、これだけでは肉食動物か草食動物かは判断出来ない。畑を荒らしているので草食の可能性が高いが、熊のように雑食の可能性は捨てきれない。夜に襲われる事もあり得るから用心して休んで欲しい」
俺は班長ではないが、もうどうしようもない。意見が出る前に続けて話そう。
「夜間の担当だが、配置は、左端の焚火にルオラ、右端にリージュ、中央にブロと俺が入る。すまないが、ブロ。最初の二時間の見張りと火の番を頼む」
「分かった」
ブロは、こちらの喧嘩の事に興味が無いはずだ。動物退治にも興味が無いようだが、今日は連れて来て良かった。少なくとも与えた仕事はこなすだろう。
たまたま仕事を請け負っただけという体裁を保たないといけないはずだ。それにしても、三人だけで来ていて喧嘩をされたらと思うと、俺が泣きそうだ。
「ブロの後は、朝まで俺が見張る。お前ら二人は頭を冷やして寝ていろ。以上だ。持ち場に付け」
リージュとルオラが歩き出し、離れていく。二人ともが俺の方を振り返りたそうに首を動かしたが、振り返らずに下を向いて歩いて行った。ブロに近寄って話し掛ける。
「すまないが先に眠らせてもらう。時間になったら起こしてくれ。それに、異常があったら俺を先に起こしてくれ」
「分かった。問題無い」
さっき俺が何か詮索しようとしたのを感じ取ったのか、単純な返事しか返さなくなっていた。それでも、仕事をしてくれればいい。僅かでも眠らせてくれ。
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