第33話 「反省の夜」

 時間になってブロに起こされると、有り難うと伝え、寝床を譲る。


 見張りと火の番をこなしながら、考えたい事はたくさんあった。朝まで何も無い事を祈りつつ、考えよう。


 まずはリージュの紋章の事。


 会ってから数日間の彼女を見て、人当たりのいい明るい性格だと思ったが、本当は乱暴な性分を隠しているのだろうか?


 何かを封印する魔法の紋章だとして、人格のうちの一部の封印という可能性もある。


 ダークエルフ族はやはり攻撃的な性格なのか?


 親か親族が彼女の将来を心配し、怒りっぽい性格を封印したと仮定しよう。しかし、今日の喧嘩では声を荒げていたが、その間に口汚い言葉を使わなかった。人格を消してしまうような魔法は聞いた事が無いから、やはり性格の封印は考えにくいか? 


 魔法が解けてしまって急に性格が戻るような危険を冒すより、違う方法で矯正するのが良いだろうし、この考えは無いな。


 記憶の封印はどうだろうか。


 彼女が酷く落ち込むような暗い過去を魔法で封印し、明るく振る舞っていると仮定しよう。無い話とは言い切れないが、時間が経てば一時期の記憶が無い事に自身でも気付き、逆に不安になるだろう。


 同じように不意に魔法が解けた場合も衝撃が大きい。これも本人のためにならない可能性が高い。


 何らかの呪いの可能性もある。


 意図せず誰かを傷つけたか、過去に触れてはいけない呪物に触れたか、何らかの理由で呪いを受けて苦しんでいる。

 

 しかし、過去に同じような症状が出た事は無いと言っていたし、一晩苦しんで翌朝に治ってしまう呪いは、一体何なのか?


 呪いには詳しくないが、そんな呪いをかける意図が分からない。これは違っていて欲しい。


 彼女は幼い頃から体が弱く、病気の方を封印しているとしたらどうだろうか。


 治療法が確立されるまでの間、命を繋ぐための魔法。この仮定なら、封印が解ければ病気が再発してしまう事になり、苦しむ彼女の様子と合致する。


 この考えが当たっていそうな気がするが、その魔法を本人が知らないのはおかしい。知っていて体を大事にしようとするはずだ。そんな体で、ダークエルフ領から長旅をする本人の気が知れない。家族だって送り出さないだろう。これも違うか…。


 ダークエルフ族の事は詳しくないが、彼女が脱走したお姫様で、居所が分かるように紋章が刻んであるとか、身代金目的の誘拐犯が逃げないように付けたとか、想像はいくらでも出来るが現実的ではない。


 何らかの儀式の生贄に選ばれていて、途中で逃げてきたとか…。


 駄目だ。


 少し気分転換しよう。紋章に関しては、あれこれ考えていても準備をしておける事が無いようだ。光っている時に、彼女が苦しまないように手当てをするしかないのか。


 そろそろ焚火に薪を足さないといけない。リージュの所を見に行こう。


 暗い森の中に、焚火の明かりが点々と並んでついている。


 一晩中ずっと焚火をしているのは俺達だけではない。遠くにも焚火が見える。酒を飲んでいる奴でも居るのか、下品な笑い声が聞こえる。


 これなら動物は寄って来そうにない。森には起伏があり、斜面の向こうの焚火は、淡い光を放っている。強い光と弱い光が列を作っていて、何かの儀式のように不思議な景色だ。


 薪を持って、そのうちひとつに移動する。


 リージュの所へ着くと、彼女は起きていた。そんな気はしていた。


 膝を抱えて座り、頭から毛布をかぶっているが、風の探知魔法で誰かが来た事に気付いている。その毛布から顔を出し、目が合った後に彼女の方が目を逸らす。


「その、ご免なさい」


「謝るのは俺にじゃないだろ」


「そうだけれど…」


「いいよ。色々と不安も心配も多いんだろ。分かってる」


「明日は頑張るから」


「目的の動物が見つかっても、見つからなくても明日で引き上げだ。また街で考えよう」


「うん」


「しっかり寝ろよ。少し見回ってくる」


「いってらっしゃい」


 今のところ、紋章の発動は無いようだ。また見に来るようにしよう。






 わたしは一昨日の夜に、ほんの少しだけ死を意識した。


 あの夜、急に体調が悪くなった後、ジオには言わず我慢をしていたけれど、深夜になって彼に助けを求めた。


 遠いダークエルフ領を出て旅をして、この街に着き、頼れる人は誰も居なかった。


 本来は、自分の足で歩いて医師の家を探して訪ね、無理を言って診てもらうか、よくなるまで寝ているしかないのだけれど、あの森で手当てをしてくれた彼に頼ろうと思った。


 翌日に奇跡のように具合がよくなったけれど、まだ不安は拭えなかった。


 そんな折、組合の仕事を受けると聞いてどうしようかと思った。


 彼がお金を稼ごうとする真意は分からないけれど、何をするにもお金は必要で、わたし自身の治療にもお金がかかるかもしれない。ジオの事だから何か考えはあると思ったし、手伝いたいと思った。


 そうして、無理を言ってついて来る事にした。本当は、宿に居た方がよかったのかもしれない。仕事が終われば、彼はわたしの所に帰って来たと思う。けれど、彼と一緒に居る方が安心出来る気がした。


 今、いくつも問題が起きている。宝石の事、クローの事、自身の体調不良の事、何とかしないといけない。


 ジオは良くも悪くも問題が重なっているのを楽しんでいる節がある。


 彼の知人という女が入って来て、問題の解決が遅れたり、新しい問題が増えたりしては困る。あの女の事は、よく観察しないといけない。


 色々な事が理由で苛立っていた。明日は気持ちを切り替えよう。

 

 彼は朝まで寝ていろと言ったけれど、その理由は喧嘩をしたせいなのか、わたしの体を気遣ったせいなのか分からない。わたしには兄弟が居ないけれど、もし兄がいて彼のように優しかったら嬉しいだろうと思った。






 俺がルオラの所に着くと、やはり彼女も起きていた。


 焚火の傍に置いた荷物にもたれかかり、揺れる炎を見つめていた。小さく声を掛ける。


「泣いていないで、今は言いたい事言っていいよ」


 焚火の傍まで行ったが、彼女はこちらを見なかった。焚火の明かりでは分かりにくいが、目が赤くなっているように見えた。すぐに返事は無かった。


「さっきはすみませんでした。その、こんなはずじゃなかったのですが…」


「班長するのも、指示出すのも、今日が初めてだったんじゃないのか?」


「やっぱり分かりますか。私、駄目ですね。すみません。恥ずかしいです」


「いや、昼間はちゃんと出来てたよ。そのままでいいと思うよ」


 彼女はまた黙ってしまった。


 焚火に薪をくべながら、俺も暫く黙っている。燃え始めた薪が、小さく爆ぜて小さな火の粉を飛ばす。辺りには、薪が爆ぜるたびにするその音しか聞こえなかった。その音に聞き耳を立てていた。心が落ち着く音だった。


 焚火を見つめている彼女が口を開く。


「あの、この任務は明日で終わってしまうのですが…」


「うん」


「また違う任務があったら、ご一緒してもらえますか?」


「いいよ。いや、俺が言葉を間違ってる。こちらこそ、是非お願いします、だ」


「有り難うございます」


 焚火の火が大きくなって、彼女の顔を照らす。顔色が明るくなったように見えるのは、その炎のせいなのか、何か心の変化があったのか、俺には確信が無い。


 彼女も何か不安があったのだと思う。焚火を見つめているうちに、少しでもそれが晴れたらいいのだが…。


「ブロの所の火を見て来るよ」


「はい。行ってきてください」





 

 私がジオさんに伝えたい事、言いたい事はたくさんあるのですが、昨日も今日も全然言えませんでした。


 戦争で怪我を治療してもらった後の事、その後に兵士を辞めて冒険者になった事、探していて昨日やっと会えた事、他にもたくさんあるのですが、任務中はゆっくり話す暇がありません。任務が終わって街に帰れば、話す時間があるでしょうか…。


 任務中に喧嘩なんて、すごく恥ずかしい事をしてしまいましたが、班長の事は少しだけ褒めてもらえました。悲しい気持ちと嬉しい気持ちが重なって、胸が苦しいです。


 ジオさんとダークエルフの人との関係も詳しく聞きたいですが、内容によっては一切聞きたくありません。聞いてしまったら後戻り出来ないかも知れません。どうしたらいいでしょうか。


 私の事は少し認めてもらえている気がしますが、今はもっと色んな事をお話したいです。


 この任務はもう一日ありますが、早く次の任務を探したいです。溜め息が止まりません。朝までに眠れるでしょうか。

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