第117話 説明は理解を超える
今日はわたしが組織の調査、ルオラが病院で待機だ。
ルオラに聞いていたから、わたしはきっと彼女よりも落ち着いていると思いたい。地下室に入る。それでも驚きは隠せない。地上に居るんだと勘違いしそうな、こんな不思議な地下室は見た事無い。事務室と呼ばれる部屋は、昨日ルオラが案内された部屋と同じに違いない。
「宝石を知っているか?」
ガーネットという女の質問は唐突だった。即答するべきか、迷った様子で答えるべきか困ってしまう。
「何の事?」
これが正解だ。知らないと言ったら不自然だ。本来は希少で綺麗な石を指す言葉で、知らない訳が無い。
「誤魔化さなくていい。遺跡で使っただろう。痕跡があった」
「何の…」
言いかけてから、黙秘する方に切り替える。この問答を続けられたら、わたしはきっと間違える。組織に情報を与えてしまう。避けたい事だった。
「黙られたら仕様が無いか…」
ジオなら上手く会話出来そうだけれど、わたしには無理だ。黙って居るしかないけれど、それではここに来た意味が無い。何か聞かないといけない。
「遺跡で不思議な事が起きました。あの強そうな男が苦しんで倒れたんです。何かが燃えていました」
あの特別な宝石を知っている口ぶりでは話せない。この表現なら、不自然ではないかもしれない。
「いいだろう。君らの事は気に入っている。病院では強盗退治に活躍してもらったからな。説明しよう」
上手くいっている。組織に気に入られて利点があるかは分からないが、もう襲われずに済むなら有り難い。
「遺跡の中では、大量の酸素が発生していた。最悪の場合は周辺の大気組成が変わってしまうおそれがあったから、君らを放って処置に向かった」
さんそ? たいき? 何の事か分からない。
あの時、男は宝石を持っていた。ジオが何かをして宝石の力が発動した。その結果が、さんそ?
「防毒面を付けて中に入って…。回収は出来たんだ。換気もした」
組織は宝石を回収した。きっとそうだ。宝石が何なのかを知っていそうだが、聞く事は出来ない。わたしは、宝石を知らない立場を貫く。
「あの大きな狼は、何だったんですか?」
「君らも連れていただろう? あれはもう、今となっては珍しいものだ。随分数が減った。我々が連れていたのは少し違う」
違うと言っても同じにしか見えなかった。ダニーの仲間。そうとしか思えない。
「進化させたんだ。イヌ科の大きな奴を使って…。ただ、込められた力を上手く使いこなせないんだ。あれは、寿命を短くしてしまった。それで、あの場で伏せてしまった。他の生き物で試した時は、変化し続けてしまう事もあった」
しんか?
もう聞いても仕方無い気がする。説明の意味を理解出来ないし、覚えて帰れない。
「両方ともそれを使って起きた結果だ。このふたつの事を続けて質問した君は、知っているんだ。君は、それを知っている。秘密を追っている。持っているなら渡して欲しい」
この会話は、もう続けられない。
「何の事か分かりません」
不思議だった事を連続で聞いたのはまずかった。もう誤魔化しておくしかない。この組織が宝石をどう扱うかを聞きたいが、上手く質問出来そうにない。悪用されない事を祈るしかない。
「まあいい。我々が把握している限り、君らはそれを持っていない。今は信じておこう。それと…」
どうやって把握しているのか分からない。今は何も言いたくない。
「もし興味があって、研究者を希望するなら歓迎するぞ。我々は、発想の豊かな人材を常に募集している」
何らかの理由で認めてもらえるのは嬉しいが、研究者というのにはなれそうにない。或いはジオならと思うが、何と答えるべきか分からない。
「考えておきます」
「そう言う気はした。それはそうと、君の武器だが…」
わたしの武器? 飛び道具の事か?
「我々も似た道具を研究していて、それは魔法使いでなくても使えるんだが…。君の筒ほど簡単な作りではなくて…。見本はこんな風だ」
出されたのは綺麗な絵。水彩画でも油絵でもない精密な絵。光沢のある紙に書かれているのは、鉄と木を組み合わせて作った道具。わたしの使っている鉄の筒に木製の取っ手を付けたような道具。
「丁度、木のここの部分を握って、余った長い部分を肩に当てる。驚くほど構えが安定するぞ。立っていても伏せていても大丈夫だ」
指差しながらの説明は分かり易い。でも…。
「木の部品が付くと大きくて困ります。隠して持ち歩けないし…」
「そうだが、それも工夫次第で…」
この議論が続いたおかげで、この後宝石の話題には触れなくなった。組織の秘密は暴きたいけれど、直接聞くのは不可能だ。色々と見せてもらって、変わった発想の人がたくさん居る事が分かった。
わたしの切り札の鉄の粒をひとつ預けて欲しいというので素直に渡した。後で何かを作って贈ってくれるというので、少しだけ楽しみだ。それがもらえるらしいから、他の贈り物は断って帰る事にした。
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