第118話 優しい男
今日は、ルオラとわたし、あの子も揃って病院に来ていた。
ジオが処置室から一般の病室に移動するらしくて、目を覚ました彼と話が出来るらしい。いつもの待合室で呼ばれるのを待つ。皆が黙って考え込んでいる。
この数日、色々な事があった。彼に伝えたい事があり過ぎて困る。ジオを知っているお爺さんの事、この先は組織に追われずに済みそうな事、このふたつは、絶対に言わないといけない。
ジオ。ごめん。わたしが森で余計な事をしたから…。
ジオが寝てる間、大変だった。でも、頑張ったよ、わたし達…。
ジオ。心配したんだよ。怪我したところは痛くない?
目を覚ました彼に最初に掛ける言葉は、どれにしようか…。怪我をする前は毎日話をしていて、その後、五日間話せなかった彼に掛ける言葉…。感謝も謝罪も一言で表せる言葉があれば教えて欲しい。
ジオの事を知っているという医師は、簡単に説明する。
「治療魔法自体は三日間しか使っていなくて、経過は順調だった。本当は、昨日の昼には目を覚ましていたんだ。もう少し寝ていて欲しかったから、そう言ったら彼は目を閉じた。様子を見るのに処置室に居てもらったけれど、話が全く出来ない訳じゃなかった。そこは、病院の都合という事で許して欲しい」
世界中の医師は、全員が飛び抜けて優しい性格だとしか思えない。疲れた目をした医師に対して、不平も不満も言う気が無い。
「じゃあ、今から移動するから」
処置室に入った医師は、看護師と一緒にベッドを押しながら廊下に現れる。
車輪のついたベッドを発明した人も、医師と同じくらい優しい人に違いない。段差の無い病院の床を作った大工も同じだ。今までこんな事を考えた事が無かった。
「四人部屋なので、お静かに。ベッドの傍で待っていて問題無いので、目が覚めたら看護師を呼んで欲しい」
病室に運ばれ、固定されるベッド。ジオは穏やかな顔で眠っている。そう言った医師は、立ち去った。
彼はわたしが知り合う前からジオを知っているんだから、わたし達より心配していたっておかしくない。目が覚めた時に、すぐに掛けたい言葉だってあると思う。忙しくてそれが出来ない彼には、何か言葉を掛けないといけない。廊下に出た医師を追わないといけない。
「有り難うございます」
この言葉に代わる言葉は無かった。医師は振り返って小さく微笑み、歩いて行った。
俺が目を覚ましたのは、明るい部屋だった。
深い眠りだった。どれくらい寝ていたのか全く分からない。少し前に起きた時は、周囲の状況を見ていなかった。声を掛けてきた誰かは、知っている顔みたいに見えて夢みたいだった。改めて状況を整理しないといけない。
遺跡で殴られたんだった。その後の事は分からない。明るくて静かなこの部屋は、落ち着いた様子で安心出来る。今すぐ戦ったり逃げたりしなくていい事は分かった。きっと色々な事があったんだろう。
首を少しだけ動かして周囲を見る。ルオラとリージュが居る。小さいのは誰か? ああ、あの子供か。
そういえば、軍の訓練場で魔法が解けて間も無いリージュに対し、すぐに立てるかって聞いた事があった。逃げるぞって強要したんだった。今の立場で思うのは、あれは間違いだった。
声が出るだろうか? たった今謝ってもいい気がした。
「ごめんな…」
小さい声だった。続いて出た吐息も小さかった。
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