第119話 心地いい言葉

 目を覚ましたジオを見たわたしは、ベッドの傍で息を飲んだ。


 わたしが森で好き勝手にしたせいで怪我をしたジオは、今、目を覚ました。そして、声を出した。目を開けて、少しだけ顔を動かしたジオ。たった今は、目を開ける事と顔を少し動かす事しか出来ないジオ。小さい声も薄っすら開けた目も、息だって弱々しい。


 考えていた言葉は全部吹き飛んでしまって、わたしの中のどこにも無くなった。何故、ごめんって言うのか? 悪いのはわたしだ。急に謝らないで欲しい。


 止めるのを振り切って遺跡に向かってしまって、ご免なさい。いつも助けてもらってばかりで、ご免なさい。何も出来なくて、ご免なさい。ご免なさい。ご免なさい…。身を挺して助けてくれて有り難う。謝罪の気持ちと感謝の気持ちとが一緒になって、わたしの心と体を震わせる。


 彼が助かって良かった。今、声が聞けて良かった。


「…。良かった、よ…」


 わたしの声は、ジオの声より弱々しい。何が良かったのか? この言葉だけでは、本当の意図は伝わらない。


 知らないうちに頬を伝って落ちた涙が、床に小さな染みを作った。涙が左右交互に落ちる度、謝罪と感謝の言葉も交互に浮かぶが、声にはならない。ご免なさい、有り難う。両方を言いたいけれど、今は出来ない。


 感情を言葉に出来なかったわたしは、両膝を床についてベッドの端に縋りついた。両目を閉じてベッドの敷布に顔を埋め、嗚咽を繰り返す。


「何だ? あの男から逃げ切って、森から無事に帰れたんだろ? 泣かなくてもいいぞ」


 ジオの記憶は、あの森の出来事で止まっている。その時から今まで、わたしの中の不安だった気持ちは心の中に堰き止めていたけれど、ジオの声を聞いたらもう止まらない。感情は、行き場を失って溢れ出す。


 ジオが無事だったらと何回考えたか分からない。もっと他に出来る事は無かったかと、何度も考えた。後悔の感情は、いつ思い返したって明瞭で色褪せていかない。何度も何度もわたしを襲う。わたしは、声を上げて泣き出してしまった。涙と一緒に感情を吐き出すしかなかった。


「ご免、なさい……」


 有り難うとは言えなかった。謝罪の言葉だけは、涙と一緒に出す事が出来た。


 この謝罪の言葉を発する行為は、わたしにとっての区切りでしかなく、自己満足ではないのか? そう思うと顔を上げられない。彼に何か伝わったのか? 彼はどう思っていて、何と言ってくれるのか? 彼のためになったのか? 分からない。


 森での自分勝手を赦すと言ってもらえたら、ほんの少しだけ後悔の感情が和らぐ。わたしは、わたしが助けて欲しいから謝罪している。どこまでも自分勝手だ。本当にご免なさい。この事を叱ってもらってもいいから、何か言って欲しい。


 ジオは、何も言わなかった。代わりに手を延ばして来て、頭を撫でてくれた。この手は、どんな言葉よりも優しかったし、色々な言葉の代わりだった。とても心地が良かった。わたしは、また彼に助けてもらってしまった。

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