第128話 街の二人と森の二人その3

 俺の相談は、簡単な内容だった。


「旅の途中に雨が降って困った事があって…。まあ、もっと以前からそうなんですが…。風の魔法で雨を止ませる方法を聞いた事ありませんか?」


 先生は、黙って考え込む。


「その発想は、色々な人が試している。収穫時に晴れて欲しい農家、洗濯物が溜まった市民、誰だって晴れを望む時があって、色々な方法が試されているんだ」


 旅の途中、あの二日間が無ければ、馬泥棒に追いつかれてなかったかもしれない。危険な賭けに出ずに済んだかもしれない。あの雨の足止めが無ければ…。


「百人分の火の魔法で雲を焼こうとするとか、風を空に送ってみるとか、大勢が集まって色々と試した結果…」


「どうだったんです?」


「どれも駄目だったようだよ。天気の変化には、今のところ出来る手立てが無い」


 やはりそうか。


「ただ…」


「ただ?」


「風の魔法で体に当たる雨粒を少しだけ逸らせば、ほんの少しだけ濡れずに済む」


「なるほど。でも…」


「うん。そうだね。劇的な事は出来ない。いずれ出来るようになるといいね」


 ひとつ勉強になった。成功事例を書いた本は有りそうだが、こんな風な失敗ばかりを書いた本は出回っていそうに無い。博識な誰かに聞かないと分からない事だった。






 私は、預かった剣を持ち、動物の側面に回ります。


 いくらなんでも頭の鎧を切ったら大暴れでしょう。背中の辺りを切って鎧の一部を剥がし、注射を打ってもらいましょう。


「行きますね」


 言われた通りの操作をして、剣を鎧に押し付けます。刃を引かずに押し付ける? そんなので本当に切れるんでしょうか? 小刻みに揺れる刃は、小さな音を立てています。


 刃が触れた瞬間、鎧が溶けるみたいに切れていきます。仕組みは分かりません。


「すごいです。これ…」


 そう言った時、動物は球体の姿勢から元に戻って、大きく暴れ始めました。






 わたしは、ルオラが飛び退くのを見て叫ぶ。


「他に有効そうな剣や斧はあるの? 無いの?」


「暴れ出したら、もう駄目です」


 フランさんは、お手上げといった表情で返事をした。


 網は破れそうにないけれど、それを固定する杭が外れそうだ。もう一度剣を使おうとしても、近付けないルオラ。今逃がせば、もう次は無い。もしかしたら、もっと大きく成長していくかもしれない。


 動物を無駄に殺したくはない。でも、今は決断の時かもしれない。


 彼に向かって、きつく言う。


「何か隠しているでしょう?」


「森で狼を見たでしょう? あんな風に寿命が短くなっているかもしれない。でも、こいつは死ぬまでに堤防を壊します。きっと」


「理由はいいの。武器の話」


「武器はあります。ありますが…」


「使う。使うから出して」


 彼が躊躇う理由は、わたしと同じ。動物を殺したくないから。分かるけれど、ここに仕事をしに来たのだから、やらないといけない事がある。あの森で出来なかったから、病院で人質になった看護師さんが怖い思いをした。この動物を何とかしないと、溜め池の水が溢れ出す。今は決断の時だ。


「さっきの鉄の筒を取り替えますね」


 彼はわたしの武器を受け取ると、言った通りに木の部品から鉄の筒を外し、鞄から出した方の筒に取り替えた。見た目は変わらない。


 ルオラが新しい杭を打って、動物にかけた網の上から縄をかけている。少しの間でいいから逃がさないで欲しい。


「最初のは、筒の中に螺旋状の溝が切ってあったのですが、こっちは何も無いです。ただの筒です。溝があると抵抗になるので速度が落ちるんですが、回転が掛かって真っ直ぐ飛びます。反対に、無い方のこれは、速くなって威力が少し上がります。そして、狙った所に飛びません。風の魔法で、飛ぶ方向を細かく制御して下さい。飛ばすものは、これです」


 渡されたのは、縫い針を少し太くしたような細いもの。金属だけれど、鉄とは少し違うように見える。羽が付いていて、小さくて短い矢みたいだった。


「これ、飛ばないよ。細過ぎる」


 筒より細い針を飛ばそうとしても駄目だ。針の周りから風が抜けていくだけで、筒から押し出す事が出来ない。


「針にこれを組み合わせて下さい」


 次に渡されたのは、筒に合う大きさの部品。卵の殻みたいに中が空洞で、針が収まるようになっている。


「その殻は、飛んで行く時に外れます。細い方が刺さりやすいって、想像出来るでしょう? きっと鎧を貫通出来ます。痺れ薬を塗ったので、刺されば効くはずです」


「仕組みは分かんないけれど、使うから」


「念のため、防毒面を付けて下さい。思いきり飛ばして下さい。どこに飛んで行っても、針は絶対に回収しますから注意して下さい」


 変化を強いられたこの動物は、本来なら痛い思いをする必要なんて無かった。この武器がどれ程の痛みをもたらすか分からない。本当は、やりたくない。けれど、この動物は、ここに居てはいけない奴だ。わたしは決断した。わたしにしか出来ない仕事だ。

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